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魔力回復はおにぎりで  作者: 金子ふみよ
第四章

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墓地にて

 墓地は、バスで二十分ほど走った後に着いた。墓地に人気はなかった。真新しい墓もあればそうでない墓もある。立ててある花も新しい物もあれば、そうでない花もある。

 遠くでカラスが二度三度鳴いた。

 歩く音が響きさえしているようにも聞こえる。その足三つが止まった。姫崎家の墓。弱々しくなった花を取り、花立てを持ってきた水で一度洗い、注ぐ。妹はしゃがんで新聞紙でくるんでいた花の組を括っていた輪ゴムを外し、花立てに挿した。その傍らで線香にチャッカマンで火を点け、各人に数本ずつ姫崎見から分けられた。自分の分の線香を立てると、姫崎妙はアイラップの口を大きく開けて米を取るように各人の前に差し出した。それから順番に水を墓にかけた。輪ゴムで止めたフードパックを供えた。姫崎兄妹は数珠を手に合掌。フィフェティはただ指まで組んだ格好で手を合わせていた。高校生はお経を唱えることはできなかった。ただ目を閉じて、声にならない口を小さく動かして手を合わせていた。新聞を開く音も、花立てを水で洗う音も、チャッカマンをつける音も、アイラップを開く音ももうない。カラスの声も聞こえない。風さえも音がない。姫崎兄妹は聞きたい声を待っているわけでもなかった。

 一人目を開けて、組んでいた手を解いたフィフェティは、手を合わせる二人の背中を見つめた。

「コッホ、コッホ」

 風が吹いたせいだろうか、フィフェティは慣れない線香の煙に喉を鳴らせてしまった。合掌を解き、振り返り見る姫崎兄妹に、

「す、すまない……」

 間が悪かったのを悔いるように目を逸らした。

「いや、そんなことはない」

 もう一度墓を見てから数珠をしまった。姫崎妙は黙ったまま数珠を片づけた。

「行こうか」

 穏やかに妹の肩を叩いた。

「また来るね」

 姫崎妙の静かな声は少し震えていた。

 人気のない墓地に歩く音が三つ再び鳴り始めた。

 鳥のしゃがれた鳴き声が小さく聞こえた。

 一言も話さないまま墓地をもう出ようとした時である。姫崎見の肩に一羽の小鳥が停まった。

「ちょ、なんだ」

「お兄、何やってんの」

 びくついて軽妙な声が出た。あまりにも場所に不釣り合いな、インコだったからである。

「俺じゃねえよ。人懐っこいつっても」

「近くの家から逃げて来たのかな」

 いつもと同じ姫崎兄妹のじゃれあうようなにぎわいに、思わずフィフェティの頬が緩んだ。

 そんなのも束の間、というより一瞬だった。なぜなら、

「ようやく会えたか」

 インコがしゃべりだしたからである。それっぽく聞こえたとか、実はオウムなのを誤認したとか、そうではない。まさに、そのように口を開閉し、咽喉を震わせたのだ。和気藹々の兄妹が一瞬にして固まった。とりわけ、その肩に、そのインコを停まらせている姫崎見などはまるで幽霊にとり憑かれたかのように血の気が引いた顔になっている。フィフェティでさえも常備しているはずの剣が腰元にないことを失態の極みみたいな表情になっている。

「いかがなさいました、浮かない顔をして」

 浮かない顔どころか浮かばれない鳥をどうにかしなければならないとさえ一同が思うのは必然である。しかし、除霊のノウハウのない兄妹が手も足も出ないのは致し方ないとして、魔術を使える異世界の騎士がいまだ一言さえ発してないのは、いかがなものか。

「宿代の代わりに、ボディガードくらいしてよ!」

 そうっとフィフェティに近づいて揺さぶる姫崎妙に、

「霊は……ちょっと……」

 青い顔を見せるフィフェティ。

「触れって言ってんじゃねえ。てか、もう触れられている俺はどうなる。遠距離魔術とか、なんか」

 体を振るってインコを落とそうとしてもいいようなものの、口だけ動かしている。いや、動いていたのは脳内もそうで、要望を出してみたものの、ラワタでもないのでフィフェティが魔術を行使できないことを思い出し、言葉が止まった。

「ああ、やはりこちらでは魔術は使えないのだな」

 インコは納得したように首を縦に振る始末。

「あれ? なんで魔術を、……ん? いや、お前は」

 フィフェティはインコを指さす。震える指先。

「ああ、フィフェティ。それにケン殿。実に久しい」

「やはり」

 インコのあいさつにフィフェティは合点がいったようだが、地球人の高校生がそれで納得できるはずも、面識もあるはずがない。妹はもうフィフェティの背後に隠れ、礼服の裾を握ってさえいる。

「フィフェティ、知り合いならとっとどっか行くように話しをつけてくれ」

「知り合いというなら、ケンもそうであろう」

「だから! 俺はこんな人語を流暢に話す鳥なんぞ知らん」

「ケン殿、私だ」

 身に覚えもない。そこいらで見たことのある鳥類が、低音で丁寧な日本語を話す珍獣として現れるなんてことは。

「……珍、獣?」

 だがしかし。物珍しい獣の類であるならば記憶にないことはない。しかもいささかでも冷静になれば、その声でそう呼ばれたこともあるのだ。

「あの……もしかして」

 姫崎見はようやく肩のインコを見ようと顔の角度を変えた。背筋がゾワッとするような緊迫感がなくなったのを感じたのか、恐る恐る姫崎妙もフィフェティの背中越しに兄の肩の動物を見つめた。

「しかし、一体どうやって」

 女騎士はもうすでに霊相手ではないと安堵して腕を組んで騎士っぽさをいかんなく醸し出そうと自問自答のようにつぶやいた。

「いやいや、事情が分かってんなら、何者だとか分かりやすく!」

 激しく背中を揺さぶられて、

「ああ、そうだな。あれは」

 フィフェティは柔らかい表情で背後の姫崎妙を覗いた。

「魔獣だ。正確に言えば元魔獣。ケンによって清められたのだ」

 女騎士を揺さぶる手が止まった。ゆっくりと静かにインコを覗く姫崎妙。その視線が兄に向けられた。雄弁に問いかけて来ていた。「マジ?」と。

「インコは魔獣である」

 この命題の真偽を論理学的に証明しようとする場合ではない。まさに姫崎妙が陳情したように一体全体どういう経緯なのかをはっきりさせるのが先決である。

「じゃあ、まあ」

 肩からインコを取って、フィフェティの肩に乗せると、姫崎見は

「とりあえず家に帰ろうか」

 人様に見られないうちにとんずらをこくことを優先させた。


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