妹のクラスにやって来る兄
その日の最終限の終了チャイムが鳴って、そそくさと教科書やノート、ペンケース類を鞄に突っ込むと姫崎妙はキョロキョロしたり、立ったり座ったりなどなどをし始めた。
「あれは、一体何してるのだろうか?」
ドア付近に立っていた金井は、教室にいる友人のその不審な姿を生ぬるく見ていた。その横で、
「お兄さん待ってるみたい。晩御飯の買い出しに手伝ってくれってラインが届いたみたいで」
北山はせめてものフォローを試みる。
「なら、すぐ行きゃあいいのに」
「そういういかにもってのが恥ずかしいんじゃない?」
「いや、私らの方が見てて恥ずいって」
「ええ、コミック読まなくても、毎日目の前でラブコメるようなことしてくれるからね」
「兄さん、優しそうだなって言っただけで睨まれたことあったからな」
「親代わりのお兄さんだからねえ、私らには分かんない感情なんだろうね」
やはり二人の視線は生ぬるくなってしまう。そこへ、
「あのー、妙いる?」
「あ! ラブコメ兄!」
教室に近づいた姫崎見からすれば、出入り口付近にいた二人に声をかけるのは容易。しかも、妹の友人であるのは幾度となくあっていれば、それもなおさらである。それにもかかわらず、実に心外な応答。
どの時点で気付いたのか、それを漏れなく見やった姫崎妙は、鞄をガシッと掴むと、床を踏み鳴らす勢いで近づいた。
「みんなに見られるからって言ってるじゃん」
ひとまずクレームを言ってから兄の制服の二の腕の辺りを握って引っ張る。
「いや、だって。妙が」
言い返そうにもズンズンと引っ張られて行く。
「妙、バイバイ」
「妙ちゃん、また明日」
級友からの挨拶である。ちょっとだけ振り向いて頷いた。
「ちゃんとあいさつを、妙」
「いいの、もう言ってるから」
兄はそれでも悪いと思ったのか軽く手を振る。二人も応答の代わりに手を振るが、
「行くの!」
やはりズンズンと歩く姫崎妙は振り向いていた兄を向き直させた。
その一連の様子を目撃して、金井なぞは
「いやあ、今日もいいもん見れましたねえ」
孫を慈しむ老人のような目になり、
「目の保養ですねえ、そして、ネタを提供してもらってありがたい」
北山は燃える目で、もとい萌える目でメモを取る始末であったとさ。




