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魔力回復はおにぎりで  作者: 金子ふみよ
第三章

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フィフェティがやって来た⑤

 ちなみに、事情がどうであれ、ラワタが危機ならば、いつの時点かは知れないがフィフェティは戻らなければならない。その際に姫崎見が同行するかは一旦保留しておいて。憂国の騎士はすぐにでも帰還を言い出すだろうが、

「その秘術っていうか、怪しい術はこっちでも使えるの?」

 奇術なら小学生でもできそうだが、姫崎妙のシンプルな質問は、どうやら

「で、できない模様だ」

 どんな魔術を使おうとしたかしれないが、可能ではないと判定されたようだ。それはそうだ。フィフェティに魔力があろうがなかろうが、地球の生態システムはおろか、神話体系が現代での魔術の行使をフルオープンにしてないのだ。魔力を感知する装置もアプリも開発されたというニュースは伝達されていない。VRもARもまだその領域には達してない。

「どうすればいいというのだ」

 絞り出す声のまま、組んだ手に額をつける女騎士。

「つうことはだ。誰かが転移魔術とかフィフェティを帰還させる魔術を使わない限り戻れないということか」

「そういうことになる。一応話しは通してあるから」

 何をそう断腸の思いでいるのか知れないが、そこまで切々と低音で答えなくても。それ以上絞ったら繊維が切れてしまう雑巾くらいにもう水分は含まれてない。この期に及んで「一応」とか、そんな雑でよくもまあ異世界転移をしたもんだ。

「いや、師匠には相談してある。師匠ならきっとなんとかどうにかこうにかしてくれるはずだ、きっと」

 まったくもって根も葉もない自信である。そんな支払いの基準があいまいな保険のような話を続けても仕方ない。

「そもそもさ」

 姫崎妙の疑問は実に根本的でもあった。すなわち、

「ラワタってどこ?」

 姫崎見の認識では異世界だったのだが、実は宇宙のどこかの惑星かもしれないのだ。見た目はちょこっとやんちゃな女子に見えなくもないが、さすがに学年五番を下回ったことのない優等生の質問は鋭い。二度渡航経験のある兄にも、まさにその国の騎士にもそこはまだ確定的でない。女騎士なんぞは秘術を使っただけで、その効果の結果異人の往来の距離なんぞに頓着はないようだ。致し方なく、姫崎妙が天球図や星座を聞き出す。天文学はこういう場合にも役に立つのだ。それにしても、

「テンモン、ガク? いいや、そのようなものはない」

 フィフェティは否定した。国の軍に準ずる騎士が言っている以上、地球人二人は「そんなものか」と受け入れざるを得ないのだが、

「だったら、時間とか暦とかはどうなってんの? それがないと耕作も収穫も、それにそれこそ軍の指揮とかにも影響するんじゃないの」

 姫崎妙が驚嘆になるのは、科学的英知を抜きにしての人類史はありえないだろうという確認であった。一方の兄の方は地球とラワタでは時間の流れに長短の差があることを知っていた。しかも、教会の鐘みたいな音を聞いた覚えがある。ということはラワタにもそういう概念があるのではと推測できるのだが、住民がないと言うのなら、ないのだろう。

「いや、それは叶えられている」

「「……? ん、はい?」」

「ん?……、ああ、……そういうことか」

 天井を見上げて遠い目をする女騎士。一人で納得されても地球人には皆目見当がつかない。

「妹君が言ったのは、……ああ、あるさ。ラワタにテンモン・ガク」

 眉を寄せて首を傾げる姫崎妙の横で、姫崎見の首がうなだれる。

「フィフェティ、お前、天文学をなんだと思ったんだ。まさか、食いもんじゃねえだろな」

 姫崎妙はハッとして目を見開いて兄を見た後、異世界の女騎士を凝視した。

「いや、……。そ、の……」

 魔獣と対峙する騎士が女子高生の視線にいたたまれなくなっている。さらにはその横の男子高校生が「言えよ」を雄弁に語る視線を送っている。彼への義理が記帳されない税金並みに重みがあると自覚する騎士は、

「け、獣の類かと……」

 渋々かつ恥ずかしそうに下を向いて言った。地球人二人にとっては、まさに「どんなモンだよ、どこでゲットできるんだよ、それ!」以外にはないほどの通過儀礼としてアニメ番組の視聴経験があるのだが、肩身の狭そうな女騎士をこれ以上責めても仕方ない。

「つまりは、科学の基礎はあるってことか。地球とは違う概念なんだろうな」

 ため息をついてから姫崎妙は小さく確認をした。誰に尋ねるわけではない、自問自答のようだ。

「妹君は物知りなのだな」

 小声で称賛するフィフェティ。

「俺も驚いた。妙、宇宙に興味あったんだ」

 姫崎見が話題を帰るものだから、ほっと安堵に表情から硬さがなくなるフィフェティ。

「お兄が小さい頃話してくれたんじゃん」

「ああ、そう言えば、そうだな。天体望遠鏡とか使って月とか土星とか見てたこともあるもんな」

 ぷいと顔をそむける妹をなだめる兄。

「それでだ、ケン、妹君。オニギリの件だが」

 ラワタがまだ観測されていない惑星の国であろうが、それならば結局は宇宙船に乗る手段が皆無だからどうしようもない。ラワタの何某さんが魔術を行使しなければ往来できない距離感だと確認できた以上、フィフェティが秘術を行使した根本的な窮地の話題となる。

「いや、ここに、ニホンに来られたのは秘術のおかげではない」

 すでに首をかしげる姫崎兄妹。この金髪は一体何を言い出しやがるのだろうと言わんばかりである。

「師匠の魔術によって、ケンの所在へ到着できたんだ」

 兄と妹が火の車の家計のためではないのに、頭を抱えるのは何度目であろう。まったくもって話しの順序がド下手である。とはいえ、秘術だろうが、師匠の魔術だろうが、ラワタのフィフェティがそうまでして姫崎見に会いに来たその理由に話を進めよう。それはあっけなく、また非常に簡明な一文に還元することができた。

 すなわち、最強クラスに狂暴な魔獣はオニギリが原因ではないかと。

 まったく国語のテストの記述設問よりもぐっと短い文で完了する案件が公開されるのに、どんだけのボケとツッコミを繰り返したことやら。

「お兄のせいで魔獣?が進化してもさ、全部が全部なったわけじゃないでしょ。それにもともとお兄が行かなくったって戦ってたんだから、それこそ戦術とか戦法とか魔術とか使うならどうにかなるんじゃないの?」

「妙、俺の“せい”じゃないからな。いいか、それにそもそも進化というのは自然選択的……」

「で、打開策がないって早々に決めて秘術使ってお兄に頼るのは軽率じゃない?」

 クラスで優等生とは見られないキャラの外見とは裏腹に姫崎妙の指摘はこれ以上もないくらいに妥当なもので、妹ほどではないにしろ家事のせいで勉学にいそしめないとそしりを受けるような事態を良しとはせず、どうにかこうにか学年十位前後を維持し続ける兄が、一部否定と語彙の定義を披露しようとするものの、ものの見事にスルー、かつフィフェティにとってダメージを与えるには多大な一言を告げる。妹に講釈をたれていただけのことはある。文系クラスを選択したとはいえ生物学的見識を聞き逃せないでいる。

「実は私も妹君と同じ意見を上申したのだ」

「なんだ、それなりに頭は使えるのね」

 実際大多数を占めた、姫崎見に頼らざるを得ないという意見を結局は覆すことはできなかったことに変わりはないが、と同時に元凶をもたらした姫崎見をこれ以上関わらせるのは危険という少数意見もあったと言う。

「まさに逆恨みだな」

 まったくもってオニギリの使者の言うとおりである。何をどうしたらおにぎりをドーピングみたいな扱いにしていけるのか不明だが、それならそれでオニギリを悪用したのはラワタの連中である以上、そちら側の責任である。オニギリの秘密を開示してもらいたいと言われても、国家機密で秘匿しなければならないどころか、家事を担っているだけの高校生には皆目見当がいかない。

「オニギリが……オニギリが……」

「おにぎりを呪文のように言うな」

 片言の発音で呟きながら頭を抱えるフィフェティに、げんなりしたいのは現代日本の高校生の方である。

「それじゃん? お兄のおにぎりでフィフェティ?さんが魔力?アップして、魔獣?が浄化されたんでしょ。ならさ、お兄の手料理……日本料理とかをさ、せっかくこっち来たんだし学んで進化した魔獣に対抗できないか、したら? どうせ、すぐには帰れないんでしょ」

「いくらなんでも、それは」

 妹の提案に難色を示す兄。異世界云々はもう起こってしまった以上仕方ないと片づけておくとして、いざ身内に関わる事態となれば、長兄としては危機管理上回避すべき問題はそう対処しなければならない。

「いや、良い案かもしれない。先ほどのオヤジも味わって感じたことなんだが、実は料理長なんかが言っていたんだ。ケンの料理には秘密があるんじゃないかと。そのケンが習得している日本の料理というものの実態を学ぶのはその秘密の解明に光明をもたらすことになるだろう」

 決然として騎士らしい意見を朗々と述べたはいいが、この節は姫崎見の嘆きで締めてもらおう。

「おにぎりを大層なことにするな。それと、おじやだ」

 異世界の騎士は恥ずかしそうにうつむいてしまった。


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