フィフェティがやって来た③
フィフェティが目を覚ましたのはその日の昼過ぎだった。ラワタ国ではないことを確認するまで数分間呆けていたが、すぐに正気に戻った。記憶をたどったせいではない。魔術によってナビよろしく現在地を検索したわけでもない。他でもない。ただ単に彼女の腹の虫が鳴ったからである。姫崎兄妹があきれるほどにため息をついたのはこれまた言うまでもない。
「ほら、寝起きだし、疲労気味だからおじやにしておいた」
フィフェティは起きたままソファで、待つこと十数分。土鍋から茶碗によそられたおじやを、ミジンコを見るようにして凝視し続けるフィフェティ。とっとと甲冑を脱げばいいのに。
「腹減ってんじゃねえのかよ」
エプロンをたたんで姫崎見も着席。
「ケン、おじ……おや……」
茶碗を震える指で指すフィフェティに、
「父親やどっかのおっさんは入ってねえ」
先手でボケ殺しをしておくに限る。おかかを盛大に誤解したくらいである。それくらいは容易に予想できる。
「確かにごはんが溶けそうな……」
「いいから早く食べなさいよ、お兄がせっかく作ったんだから」
姫崎見の横でじれったそうな妹。実際女騎士は腹が減っている割にああだ、こうだとまどろっこしい。とげとげく聞こえたのは気のせいではない。
「ああ、ではいただく」
世界を異にしているとはいえ、同性の催促に従う。それでもレンゲを角度を変えて見るものだから、
「スプーン、匙に似たようなものだ」
兄が食器の説明をし、妹は盛大にわざとらしく咳ばらいをした。
レンゲに掬って口元まで持って来ると熱を感じたのか、少し遠のけてから息を何度か吹きかけた。それから慎重に一口。
「んんんッ」
フィフェティはレンゲにとって何度も何度も吹きかけてを繰り返して続々とおじやを口の中、いや胃の中へ消していく。
「ほおおッ」
熱かったのを胡麻化しているのか、異文化の食に舌鼓を打ったのか、何なのかは知れないが、いずれにせよフィフェティが一口で匙を投げる、いや置くことはなく、あっという間に土鍋は空になった。
「食べたら、『ごちそうさまでした』。さっき『いただきます』も言わなかったよね」
合掌をして日本の食事作法を異世界人に教える女子高生。テレビで特集を組まれるカリスマ・マナー講師のような厳しさである。
「ああ、そうか。失礼をした。ごちそうさま、いただきます」
合掌の模倣をした。さすが騎士である。作法に関しての見込みが早い。すでに日本生活が数年に及ぶ留学生のスマートな所作である。挨拶はとっちらかっていたが。
トレーに土鍋と茶碗とレンゲを乗せてキッチンに片づける姫崎見は、人数分の湯呑を持ってすぐに着席をした。フィフェティをダイニングテーブルまで呼ぶ。甲冑のせいで椅子が壊れてしまわないか心配だったが、壊れなかった。魔術とやら荷重操作にまで及ぶのかどうかは、ひとまずさておかなければならない。なぜなら、
「……」
「お茶だ。ラワタにも似たようなものあったろ」
実験中のプレパラートを初めて凝視する小学生のような目の女騎士へ説明をしなければならなかったから。
「……ほう、芳しいな」
湯気を吹いて啜ると懐かしそうな表情をした。
「で、何がどうなってお前が日本に来ることになったんだ?」
「ニホン。そうか。ケンの故郷と言っていた国か。どちらにしてもケンに会わなければならなかったんだ」
見る見るうちに表情がくもる。湯呑を両手でつかむ、いやもう包んだと言った方が正確だ。下手をしたら握力で破壊しかねない。魔術によって抑制してもらいたいと姫崎家の会計を担う兄は渋い顔になる。その渋さを助長するのはほかでもない。
「はあ? 俺が何だって」
渋いどころか、曇ってしまった。というよりもはや困惑である。おそらくは超絶に尋常じゃない理由があるのだろうが、それをフィフェティに言わせてみれば、
「オニギリが世界を滅ぼしてしまう」
というわけである。世界の悲劇のベストテンに入りそうな表情になってしまっている。




