フィフェティがやって来た②
となれば、当然事情の説明ということになるのだが、そこへ移行するにも一悶着が発生した。というのも、正気を取り戻したフィフェティが
「ケン!」
甲冑を鳴らしながら、姫崎見に近づいたかと思うと思いっきり抱きしめたのである。ハグどころの騒ぎではない。今生の別れからの再会みたいなレベルの抱擁になっている。死亡フラグからの大どんでん返しでのハッピーエンドみたいな。姫崎見はただただ甲冑の金属的圧痛で、フィフェティのように感傷に浸るどころではなかったが。
「欧米か!」
さすがの姫崎妹である。異世界に転移し自前のおにぎりによって騎士どころか国家の窮地を救った男の妹である。初見の、彼女にとっては奇怪な女騎士がしでかしたことに適切なツッコミを入れられている。言ってから我に返った姫崎妙はいたたまれなさに顔をそむけてしまったが、とはいえ兄に飛びついた女性の姿を見れば、金髪と、整った顔立ち、若干日に焼けているとはいえ瑞々しさを感じさせる肌はきっと普通にしていれば色白だったとは容易に察せられる――あながち姫崎妙の指摘は間違いではない。
「突然の来訪にもかかわらず丁重なおもてなし感謝痛み入る」
ハグを解いて、そんなことを言い始めるため、姫崎兄妹は顔を見合わせて謎々を解くような顔になる。痛いのは姫崎見のボディである。
「さ、先ほどOH米菓と言われたもので、ケンから教えられた菓子の類のことかと」
口が開いていたらきっと必ず塞がらなかったろうが、幸いなことに兄妹共にこれから喋り出すところだった。
「お兄、この人……」
「みなまで言わんでいい。俺が話す」
乗り上げた暗礁から戻るはずだったのに、
「助かる、ケン!」
もうハグを通り越した抱擁に、姫崎妙が感情の波に乗って激しい説諭を始めた。
ここまで激情化した妹を見たことのない兄は窘める方に精を出なければならなくなり、悪戦苦闘をしているうちに、
「良かった」
なんか良い感じのストーリー展開を堪能するような表情でフィフェティは気を失ってしまった。
「お兄! 一体どういうことなん!」
「話すから、まずフィフェティを寝かそう」
「お兄の部屋はダメだからね! そこのソファでいいでしょ!」
突進を指示する部隊長のような決然さで指をさす。異議をはさむまでもない。適切な提案に従い、甲冑のままのフィフェティを抱えようとしてみれば、
「誰が誰にお姫様抱っこするつもりなの?」
制止命令だった。看護実習も介護実習も受けたことのない男子高校生は膝や腰に負担のかからない抱え方を知っているわけはなく、とはいえ甲冑の加重も加味して二人で運ぶしかなかった。甲冑の脱がし方なぞ戦国時代通でもあるまいし、さらには異文化の装甲のあれこれを高校生たちが知っているわけがない(いや、下手をしたら姫崎妙は知っていたかもしれない。いろいろと知識を吸収するタイプだから)。いくら姫崎見が戦闘時及び事後処理に直面していたとはいえ、武器庫とかに入ったわけではないし、装備に関してあれこれとレクチャーされたわけでもなかった。
フィフェティをソファに寝かせる。毛布を掛ける。姫崎見の物でも姫崎妙の物でもない。客間の物置からいそいそと姫崎妙が持ってきたのだ。
「妙は気が利くなあ」
兄の称賛も複雑な心境だった。それは決して労いで急いだわけではなかったからである。もう自分自身に舌打ちさえしそうになった。
一通り段落が着き、ダイニングテーブルにそろう兄妹。我が事でもないのに、家族会議みたいな緊張感があった。お茶を用意してあっても。どう話しを切りだすか頭の痛い姫崎見。どこか居心地の悪そうな姫崎妙。微妙な沈黙の中、フィフェティの腹が鳴った。シリアスが台無しになったのは言うまでもない。




