魔獣を連れて来た
城では誰しもがあっけにとられた。魔獣が人体化したのだから。当地の研究者、現代社会のカテゴリーで言うなら生物学や生態学の教授連中はこれまでの研究データとにらめっこするはめになった。ましてや、文献に記載もなければ、伝承や民話、昔話にさえ記録になかったのである。まさに史上初の事象で、戦わずして引き起こしたのが異人ときたもんだ。
その張本人は事情聴取を行うことになった。聴取される側ではない、する側である。姫崎見に見慣れた取調室で務めた。なぜか。魔獣当人の所望で。かといって下手人にゲロさせるノウハウもマニュアルもない姫崎見が言えるのは、
「好き勝手にしゃべっていいから」
丸投げであった。とはいえ、当然公的記録として残しておかなければならない以上書記を務める官僚は同席しており、これまた当然のごとくフィフェティも同室にいた。他には何事かが起きても対処できるように室内には兵士が四名。部屋の外および、周辺には兵士が列をなして控えていた。
「どうやらあの戦闘で食した物によって私の心身が変異したようだ」
姫崎見の推測は妥当だったようだ。室内の視線がすべて男子高校生へ。
「私の中にあった淀みのような感覚がすっかり洗われてしまった、そういう感覚だ」
「浄化、ということか」
フィフェティの判断に思わず姫崎見は振り向いて見やってしまった。
「いや、魔術を習う時にそれも教わるんだ。私は苦手なのだがな、私の不器用さは師匠お墨付きで、いやそれはどうでもいい。つまりだ、空腹で食事をするのとは違って、魔に感化された時にそのままでは心身が汚染されてしまうから魔を祓う、という……まあ、そういうのが浄化なのだ」
まったくたどたどしい。おそらくその師匠とやらに聞けばより厳密で簡潔な説明をしていただけるだろうが、
「つまり、この目の前にいる元魔獣はすでに魔ではなくなっているってことだな」
「そういうことだ、ケンは得心が早いな!」
安堵しつつ、なぜか胸を張って偉そうになっている。そんなフィフェティにかまっている場合ではない。
先回は話しが途中だったため、改めて聞いてみると、薬草と果物をブレンドすると一応魔力の低下を遅くしたり、体力を回復させそれが引いては魔力を回復させることがあったりする。それでも微々たるもの。魔力自体が何倍もの自分の容量を超えるなんて聞いたこともないそうだ。あの後各種実験と研究を進めたそうだが、実態解明には至らず。その上、今回は魔獣を浄化させてしまったのである。
「ところでケン。魔獣に放ったオニギリの具はなんだったのだ? 私が食したオニギリとは違ったのだろ?」
戦闘中のテンパりですっかり失念していたが、魔獣が食ってしまったおにぎりをフィフェティが食べていたら、一体どうなっているのだろうかと単純に疑問を持っていたので、
「おかかだよ」
あっさりと言ってのけてしまった。まるで無反応なので、フィフェティを見れば、みるみる内に険しいどころか心底信じられないといった具合の血の気が引いたような表情で、
「おか……お前は母親をオニギリに詰め込んだというのか」
などと声を絞り出していた。これを地球の日本の高校の同級生男子が言い出したとしたら、うんざりしていたかもしれないが、
「かつお……、魚を燻して乾燥させて薄く削った食材をおかかといい、そこに、大豆……豆を加工発酵させた液体をかけたのが具材だ」
なんといっても異世界の女騎士がせっかくおとぼけをかましてくれているのだから、わかりやすく応答しておくしかない。そう幼稚園児に教えるみたいに。
それにしても。今まで違和感さえもなかった具材についてフィフェティに分かるように改めて説明していく。回りくどいことこの上ない。仕方ない。ボケならツッコむかスルーするかできるが、真顔の疑問なので紹介するしかない。
「魚を、燻す? ……お前は何を言っているのだ」
やっぱりなフィフェティは眉根を寄せて仰々しい。このコントが文化祭で演じられるとして、台本を書いたのが同級生男子なら、脚本家および演技指導を含めて盛大なクレームをつけるのは火を見るより明らかである。
「そういうのがあるんだよ」
面倒なフィフェティをあしらおうとしながら、この国では鰹節の類がないのかもしれないとそちらの方が興味深くなった。未熟な芸人の足元にも及ばぬ女騎士のことはさておき、具材云々の身体への影響についての検証は後日に回すとして、目下のところは元魔獣からの聞き取りなのだが、それを異世界の男子高校生に委ねてしまっている点において、
「つってもなあ、俺がこれ以上何を」
愚痴るのも無理はない。ところが、聴取の続行をどうしようかと思った刹那、
「なんで大人しくついて来たんだ?」
単純な疑問が出た。
「勝負に負けた私が従うのは必定」
あの戦闘。フィフェティの剣によってダメージを与えられたわけでもないし、かの魔獣が講和条約を持ちかけてきたわけでもない。勝負と呼ぶに相当するような均衡といえば、
「オニギリか!」
フィフェティの絶叫に、
「何? あれはオニギリと呼称するのか。なるほど、オニギリ」
言語を話し始めた元魔獣までもが片言で呼ぶおにぎり。その製作者は元魔獣の真ん前で顔を両手で覆ってしまっていた。胃袋を掴んだたどころの騒ぎではないと。ましてや昔話みたいに桃から生まれて野生動物たちにお腰につけた小腹を満たす程度の食料を分け与えたわけでもない。だんごよりかは確かにエネルギーになるだろうよ、おにぎりは。とはいえ、
「従う、っても!」
赤面を誤魔化すほどの大声で、
「何をどう従うんだ? 俺はこの国の、というかこの世界の住人でもない。とっとと元の世界に帰りたいくらいだ」
触らぬ魔獣に何とやらで片づけようとした。
「ならば、私も貴殿とともについて行こう」
本格的に鬼退治にでもついて来そうなことを言い出す。どっちが鬼かわからないが従者になってももらっても困り者だ。よって、
「却下。俺の世界には魔獣はいないし、ましてや人体化した上に喋る生物すらいない。よって、要望は受け入れられない」
即効で聞き届けられない事案であると示さなければならない。
「そうか。貴殿の意に逆らうことは本意ではない。この国に留まる事にしよう」
「てかさ、能力とかどんなのある? あとできる職とか……。いや、ちょい待ち。あのさ、この国で過ごすなら、どんなことが出来て、どんなことが出来ないかをしばらく見極めさせてくれないか。主にあっちの指示で」
人体化したばかりの魔獣が本人のポテンシャルを語れるかどうかが不安だし、この国の研究グループによる実験とか研究とかに携わる形式をすれば人間尺度でこの魔獣の適性が判別できるはず。そのため、姫崎見はフィフェティを指さしたわけだが、
「ちょっと待て、ケン。それは……」
慌てた様子で寄ったフィフェティに、
「いいか、これはお前というかこの国のためでもある。あいつを使った実験や研究でデータがそろえば魔獣への対抗策もこれまで以上に見いだされるんじゃないか?」
小声で耳打ちする。
「それも、……そうだな」
女騎士は納得して姿勢を正した。それを見て心の中でしれっと舌を出す姫崎見。なにせ面倒事を押し付けることが出来たのだ。
「了解した。貴殿の提案を享受しよう」
魔獣の承諾を聞いて今度は内心で片手のガッツポーズをする姫崎見。ただ彼はそれで満足しているわけではなかった。
「一つ提案がある。魔術によって私を呪縛してもらいたい。というのも、人間にとっては私は忌避する対象であろう。私が浄化されたとはいえ不安視する者も少なくないだろう。よって、私が不穏な行動や危害を加えそうな場合に未然にそれを防ぐように」
姫崎見は魔獣の提案に今度こそ渾身のガッツポーズをした、内心で。
「その言葉だけで結構だ。お前の処遇についても捕虜または見習い兵並みだと考えておこう」
フィフェティが自分よりも的を射た案を提示し、姫崎見は心底歓喜の舞を踊らんばかりだった。
ところで。
「元魔獣とか呼びにくいよな。名前とかあるのか?」
「個体名はない」
「呼びにくいな。どうする」
改めると、人体化した魔獣をどう呼ぶかも検討する議題に上げられ、
「貴殿が呼びやすい語句をあてはめればよい」
と本人はさらりと言うのだが、子供の命名はおろかペットを飼ったこともない姫崎見は頭を抱える始末。これは結論に至るまで長時間を要すると思えた瞬間である。沈黙になった室内に鳴り響く低音。フィフェティの腹部から。間の悪い沈黙。女騎士はいたたまれなさで挙動不審になっている。
「フィフェティ、あいつのことで一つ頼みがある。司法関係や裁判関係、商取引に関する教授をしてやってくれないか」
ここで女騎士の胃袋へと話題が変わってはまとまりかけていた締めが瓦解してしまいかねない。かといって時間をかければ女騎士がキレかねない、空腹が理由で。よって、早目に話しを進める。
「なぜ」
語調がとげとげしい女騎士を早く説得しなければならない。
「通訳みたいなもんだ。意思疎通が他の魔獣との間にできるに越したことはないだろ。他に喋れる魔獣が出てくるかもしれんし、対魔獣との交渉役に適任と思わないか?」
「そういうことか、分かった。手配しておこう」
まんまと姫崎見の策略に落ちてしまったフィフェティ。まったくそんなこととは考えも及ばないのは座学が足りないのだろうか、などと姫崎見にとってはどっちでもいいことが浮かんだので、考えないどころか確かめさえしないことにした。なぜと言ってもどっちでもいいことだからだ。
魔獣の処遇が決まっただけで、聴取という本来の目的がまったくもって形骸化していることにこの部屋の誰がいったい気付いているだろうか。形式上でも体裁はとりつくろわなければならないのだろうが、ここで。
またしても、非常に聞き覚えのある、しかもせっぱつまった蠕動運動の音が鳴り響いた。
「とりあえず、食事をしてからにしないか」
女騎士はこれ以上堪えることはできなくなったようである。




