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第88話 魔法陣

 城の裏庭に着陸すると、懐かしい顔ぶれの騎士さん達がお迎えに来てくれていた。イヴァンさんが手を回していてくれたらしく、空から大きな機械が降りてきても大した騒ぎにはならなかった。街からも遠くてよく見えないだろうし、爆速で降りたから誰にも見えなかったのかもしれない。急降下した羊角のトトさん許すまじ。


 すぐに返還の儀が行われると聞いたのでこの世界に来た時の服装に着替えたけれど、ぽかぽか陽気にタートルネックとコートは暑い。ジーパンに黒の革ジャンのケンが涼し気で羨ましい。銀太は華美な貴族のような服を着ていた。そういえば皇子だった。



「ただいまー! おひさしぶりー! えーと、名前わすれちゃった、誰だっけ?」

「モブ男AとBだよ忘れんなよ」

「ヨハネスとアレックスです。皆さまお久しぶりです。召喚の間へご案内するように言われておりますのでこちらへどうぞ」

「着いて早々? 早くない? 名前忘れた事怒ってる……?」


 数カ月過ごした家が目の前に見えているというのに、すぐにお城の裏口へと案内される。お城の裏口を入れば長い階段がありそれを降りれば召喚の間だ。羊角のトトさんは姿を見られると困ると言って、ヘリからは下りずにそのまま急上昇し帰ってしまった。ヘリを見られたのだから羊角を見られたくらいどうって事ないと思うのだけれど。魔王さんからもらった二本の角は私のバッグからはみ出てて皆に見えてるし。羊角のトトさん、短い間だったけど容赦のない人だった。



「あちらにお知り合いの方がおられますよ」

「あっあの人知ってる! こんにちはー!」


 裏口までの道を歩いていると道から遠く外れた場所に東屋があった。騎士さんに言われて目を凝らして見てみると、そこに見たことのある人が座っている。この国の王だった。私が最後に見た時はベッドに横たわっていて痩せ細っていたけれど、今は背筋を伸ばして座り私達に軽く手を振ってくれている。あの時よりもふっくらとして顔色も良く見える。完治したのかもしれない。横に座っている年配の上品そうな女性は王妃様だろうか。


 なぜ遠くからと聞いたけれど、私達と国王が面会した事は伏せられているらしく直接会話する事は出来ないらしい。国王が病に侵されていた事は一部の関係者以外には秘密にされているそうで、対談したことが表沙汰になると貴族達にバレてしまう可能性があるとか。でも国王がどうしてもと言って、この距離での再会となったそうだ。この距離が限界らしい。私達はこの国に召喚されたのだから少しくらいと思ったけれど、いざ話せと言われたら何を話せばいいか分からないしこのままでいいかな。


 こういう感じで今まで関わって来た街の人達を見ながら帰りたかったんだけどな。



 裏口へとたどり着き、何度か歩いた長い長い階段を降りる。この階段を登る事ももうないのかもしれない。召還の間の扉付近では、また懐かしい顔ぶれである第一王子と側近のマルクスさん、ムキムキの騎士さん達が待ってくれていた。


「三人とも久しいな、無事で何よりだ。勇者殿より報告を受けたが、此度の魔王討伐感謝する」

「ただいま戻りました。 ヴィルヘルム殿下もお元気そうで」

「ケンが敬語使ってる……じゃなくて、お久しぶりです! はい、魔王さんの角を忘れないうちに渡しておきますね。二本あるのでオシャレに飾ってインテリアにでもしてください。魔王さんは倒しておいたのでもう召喚とかしちゃダメですよ?」

「倒されたのはどっちなんだろうな」


 銀太を見ると胸に片手をあてるポーズをとっている。どこかで見たことがある。そういえば今回も王子様相手にお辞儀の一つもしてないけれどまあいいか。第一王子も周りのマッチョな騎士さんも苦笑いしているし。マルクスさんだけがアワアワしていた。


「父も体調が戻り、傾きかけていた国政も戻りつつある。あのままでは国が危なかった。礼を言うぞ」

「王様の様子をさっき見れましたけどお元気そうで良かったです。王様より今度は騎士さん達の顔色のほうが悪くないですか? なんか疲れてると言うか……」

「こいつらはなぁ……だらしのない奴らで……」

「実は二日酔いでして……取り寄せた清酒が美味くてですね。宜しければタケ様の能力で治してもらえませんか?」

「私ウコンじゃないんだけど」


 言いながらも一番顔色の悪い騎士さんに手をあてて力を注いでみると、騎士さんの体が淡く光った。この能力ももう使えなくなるかもしれないしと思い最後の大盤振る舞いとしてムキムキ騎士さん全員と、王子様とマルクスさんにも手をあててみる。皆が淡く光ったのでどこかしら悪かったのかもしれない。マルクスさんは私が王子様に触れたことでアワアワしていた。この能力、心配性には効かないんだごめんね。


「体と頭がすっきりとした感じがあるな。あの水を飲んだ時と似ている。この力を失うのは惜しいが……仕方がないか。異世界から人間を召喚するといった事が間違った行いなのだからな。勇者殿にさんざん詰められたのだ。さて、部屋の奥に待ち人がいる。早く会いに行ってやれ」


 王様との遠目からの面会も王子様との面会も一瞬で終わる。出発前に会った時間を考えるとこんなものなのかもしれない。むしろ見送りに来てくれたことに感謝すべきなのかも。




 第一王子に促されるまま召喚の間へ足を踏み入れ奥へと進むと、部屋の奥には見たことのある魔法陣が描かれており黒いローブを着た人たちが大勢待ってくれていた。そしてその中に見知った顔を二つ見つける。


「ソルさんと……シモンさん?! 生きてた?!」

「タケ久しぶりじゃな。タケに会いたくて蘇ってしもうた」

「誰か蘇生術使えるの? あっでもシモンさんもう糖尿病とかで体ボロボロだろうから生き返っても長くないんじゃあ……」

「相変わらず失礼な奴じゃな。ワシは死亡説を流しただけで生きとったぞ。秘技死んだふりじゃ。まあ新たな勇者殿のおかげで死んだふりせんでも良くなったんじゃが。新たな勇者殿が相当手を回して下さったから、この国では今後異世界からの召喚は行わんじゃろう」


 シモンさんの言葉に頭が追い付かない。死んだふりをしていて、それは召喚を阻止するためにしていたと。良く分からない。今後召喚をしないというなら良しとしよう。


 私達のような不憫な人を……不憫ではなかったけれど、急に連れてこられて戸惑う人がこれ以上出ないならそれでいい。イヴァンさんの存在が話に出ているのに彼がここに居ない事は気になるけれど、会わなくていいなら会いたくない。あのお小言の嵐を直接浴びてしまうと疲れるだろうし。当事者のはずの聖女様の姿も見えないけれど彼女にも会いたいわけではないのでまあいいか。



「シモンさん死んだと思って泣いてあげたのに。そうだソルさん、甘い物食べさせてごめんね。体調悪くならなかった?」

「ワシの復活が流された……」

「お久しぶりです。体調は万全です。シモン様は甘味を与えてくださりません」


 ソルさんの言葉にシモンさんがそっぽを向いてしまう。さては自分だけ紅茶に砂糖入れてたな。無表情なソルさんの顔を見るとやはり魔王さんにそっくりで血が繋がっているんだなと思う。


「ソルさん、甘い物貰えなくて嫌な思いしてるんだったらいい働き口紹介しようか? ちょっと遠いけど毎日甘いお菓子とお茶が出てきてゲームで遊べる場所があるんだ」

「交代要員にちょうどいいな! じいさんの世話よりマニの麻雀相手の方がソルも楽しいんじゃないか?」

「マニ……?」

「ちょっと待ってくれ! ソルはワシのじゃからやらんぞ! 甘味ならこれから与えるからソルはここにおってくれ。ああもうタケ、要らん事言わんではよ還れ!」


 シモンさんはしっしと手を振りながら私を魔法陣のほうへと押しやる。せっかく帰って来たのに、感動の対面だと言うのに酷くないだろうか。皆ともう二度と会えないかもしれないのに。


「あれ? 私だけ? ケンは?」

「タケを送った後に魔法陣に文字を書き加えてケン殿を送る。二人の魔法陣は少し違うからの。そのほうが効率的じゃろ?」






 大理石のような石の床に魔法陣が線で引かれている。細かい文字で形成されたその線を注意深く辿ってみると、文字が鏡文字のように裏返しに描かれているのが分かる。こんなに細かくびっしりと書かれている文字が全て逆向きだなんて、なんて途方もなく気が遠くなる作業なのだろう。これをたった三日で人に描かせてしまうイヴァンさんは何なのだろう。


 魔法陣の中央に立ち顔を上げると、私を追いやったシモンさんと目が合った。準備が完了したことを伝えようと口を開きかけるとシモンさんは困ったような顔になり、私の背後をちらちらと見た。


「タケはその荷物も持って行くのか?ずいぶんとその……大きいし、来た時に持っておらんかったじゃろう?」

「ん?荷物?私の荷物はこのバッグだけ……」


 振り返ると見慣れた大きなリュックが私の背後に置かれていた。さっきまではなかったのに。中身は……なんとなく想像がつく。そっとリュックに近づきその硬く絞ってある口を緩めると、銀色の髪と鋭い目がのぞく。


「銀太、私の世界には連れて行けないんだよ。連れて帰ったらイヴァンさんに怒られちゃうし」

「僕は怒られない」

「いやそうだけどさ……怒られるのは私だけどさ」


 嫌がる銀太をソルさんがリュックごと部屋の隅へと引きずって行ってくれたので再度魔法陣の中央に立つ。私と一緒に来ても銀太を養えるほど稼いでないからケンに付いて行きなよ。ケンなら何とかしてくれるよ。銀太は尚もついて来ようとしたがソルさんに取り押さえられていた。イヴァンさんと還るのがそんなに嫌なのかな。


 その攻防を横目で見ながらシモンさんに向き直り頷くと、呆れた顔をしながらも頷き返してくれた。



「返還の儀を執り行う。魔法陣を囲み魔力を流せ」


 威厳のあるシモンさんの声に、部屋の中にいた黒いローブの人達が魔法陣を囲うように立つ。シモンさんとその他大勢の黒いローブの人達が魔法陣に向かって手をかざし力を注ぎ始めると、それに応えるように魔法陣が光り輝きだした。



「あ、そうだタケ。俺健斗っていうんだけど日本に帰ったら会いに行くから住所教えてくれ。どこ住み? てかラインやってる?」

「こんな時にナンパみたいなセリフやめてよね! もう魔法陣光ってるじゃん! ああもう、そうだ保険証に住所書いてあるから渡す!」


 魔法陣が光っているというのにケンが悠長に聞いてくるので、焦ってバッグから財布を取り出し保険証を探す。還ったら役所で再発行してもらおう。見つけ出した保険証をケンに向かって投げつけ、財布をバッグにしまおうとすると何かが引っかかって転がり落ちた。石の床に金属が当たる音がする。


 光る視界の中、目を凝らすと冒険者組合で貰った銀板が落ちていた。あれがないと街に入れない。いやもう必要ないのか。でも思い出に持って帰りたい。


 屈んで手を伸ばし拾おうとすると、銀板に手が触れる寸前に光が強くなり目を開けていられなくなった。



 ほんの瞬き一回分だった。



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