第83話 糖分
「……という訳で、魔王さんは悪い人ではなく帰還方法も今日教えて貰えるそうです」
『そうですか、それは良かったですね。それよりも――――』
また私達の帰還方法についての話が流されてしまった。魔王さんも銀太のお兄さんも私とケンが日本へ還る事について興味が薄すぎると思う。イヴァンさんはその美しく輝く銀色の髪を肩から払いながらゆったりと微笑む。
『――――弟のヴァレンはどこにいますか?』
「ああ、銀太なら私の……」
言いかけたところでケンに足をつつかれた。こちらからイヴァンさんの上半身しか見えないのと同じように、私達も相手側に上半身しか映っていないらしい。だから私の隣で眠る銀太の事を伝えようとしたのに、ケンに画面の外で止められてしまった。
「……昨日の夜遅くまで魔王さんと話してたから疲れた様でまだ寝てます」
『そうですか。貴方は魔王の事を悪い人ではないと仰いますが、弟を深夜まで引きずり回すなどという所業、どう考えても悪人だと思えてしまうのですがそのあたりはいかがお考えでしょうか。貴方がたが帰還する方法というものは私の大切な弟を寝不足にしてまで知らなければならないものでしょうか。私の愛する弟を犠牲にしてまで成さねばならない事があ――――――』
イヴァンさんとの通話を開始した時と同じように、バングルを銀太の手元に持っていき指を石に這わせる。指紋認証になっているのか知らないが石は反応してくれて、唐突に3D映像が消えた。すぐさま着信音のような機械音が鳴り響くが荷物の奥底へと押し込む。イヴァンさんの大切な弟が寝ているのだから起こさないようにしないと。
朝食は無線機に向かって朝食っぽいものをとざっくり注文したところ、ご飯・味噌汁・漬物・だし巻き卵・焼き魚という旅館の朝食そのものが届いた。無線機の向こうからははい喜んでという声が聞こえたし、もちろん小型ドローンが届けてくれた。ケンは大型のドローンを見て気が反れたのか、小型ドローンについては横目で見るだけにしているようだった。ゲーム機も分解してたし、目を離したらドローンも分解しそうな気がするけど気づかないふりをしよう。
「ぷりん」
「銀太ごめんね、氷がないからプリン冷やせないの。キッチンもないし……」
「肝心の砂糖や卵ももうないぞ。この国の奴らは甘いもんを食わんらしいから、砂糖がそのへんで売ってるかも分からん」
銀太は分かりやすく不機嫌になった。あとで魔王さんの側近の人に聞いてみるから機嫌を直してほしい。何で私は銀太の世話役みたいになってるんだろう。イヴァンさんに相談してみようか……いや命は惜しい。
陸を出発してからイヴァンさんから頻繁に連絡があるが、私としては海辺で分かれたきりのレオさんと連絡を取りたい。フレデリックさんはまあいいや。レオさんは仲間を亡くしているし近所のおばあちゃんもボケちゃってるし、そんな状況で引っ張り回してしまい挙句の果てにはいきなり上からの命でパーティ解散をしてしまったのでとても気になっている。私達と別れた後も元気に過ごせているか確認したい。
「お迎えに上がりました。昨晩はトトが随分と怖がらせてしまったようで申し訳ございません。本日は低空飛行致しますので、街の様子も宜しければご覧ください」
「よかったー。暗かったから余計怖かったんだよね。ケンが手を離せば重力に逆らわないからとか何とか言ってたから手を離したりもしてみたけど、横移動だからそもそも重力関係ないし」
私が愚痴るとケンはニヤニヤと笑い、側近の人は苦笑いをしていた。銀太はまだ拗ねている。
「あの、この国の角の生えた人達って甘いものを食べないんですか? 銀太が甘いものが好きで、砂糖もしくはケーキとか完成品が売ってればいいかなって思うんですけど。いろんな食文化を取り込んでるって聞いたし甘味も何かないかなって」
「甘味ですか……そうですね、探せば手に入るかもしれませんが……」
「甘い物食べないんですか?」
「私達の種族は糖分を分解できない体の仕組みとなっているようです。米やパンからの糖質は少量ですので分解できるのですが、菓子など糖分そのものを摂取しすぎると腹を下します。少量であれば問題ないので甘味を好む者は自身の許容量を測りながら摂取したりしますね」
犬なのか。小学生の頃、友達の飼っていた犬がチョコレートを欲しそうに見ていたのであげようとしたところ、分解できないからダメと怒られてしまった事がある。それと同じなのか。あれ、そういえばソルさんにチョコをあげたことがあったような気がするし、普段からもお菓子あげてた。毎回お腹壊してたのかな。
「じゃあお店とかで甘い物売ってないんですか?」
「詳しいものに聞いて探せばあるかと。しかし王に甘味を渡せばゲームを作ってやるなどという提案はなさらないでください。またお顔を見れない日々が続いてしまいますので……」
魔王の引きこもりっぷりは筋金入りの様だった。昼夜逆転してるし。人族と呼ばれている王国の人々は本当にこんな魔王を恐れているのだろうか。集団心理とか刷り込みとか洗脳とか、そういったものは恐ろしい。銀太、甘いものはしばらくおあずけだよごめんね。
私達を乗せた巨大ドローンはふわりと浮き上がり、二階建ての家の屋根に当たらない程度の高さでゆっくりと進み出す。眼下には私達のイメージしがちな火星人ぽい家、瓦屋根の古民家、西洋っぽい外観の家、アパートみたいな建物などが見える。それらを楽しい気分で見下ろしながら巨大ドローンは進み、やがて魔王の住むマンションのバルコニーに到着した。
道中すれ違うドローンはおらず、下方に見える道行く人々が手を振ってくれたりしていたので、このドローンは地球における気球のような特別な存在なのかもしれない。
ふと気づいたが、この島についてからケンは異音について何も言わなくなったし銀太も今までの様に手を繋いでくれなくなった。もしかしてこの島は人間の住む場所より安全なのだろうか。魔王がいると言うのに二人とも全く警戒してないみたいだし。バルコニーに降り立ちながら側近の人に質問してみた。
「昨日も思ったんですけど、セキュリティー甘くないですか? 私達が武器持ち込んだりして魔王さんにいきなり襲い掛かったりしたらどうするんですか? 魔王さん強いって言ってたけど危ないと思ったら魔法とかで部屋ごと吹き飛ばすんですか? ゲーム作れるかもしれない人達を吹き飛ばすんですか?」
「ああ、お気づきではなかったでしょうか。部屋への入り口に結界が張ってあります。数代前の勇者が開発した赤外線という装置を応用したものでして、金属製の武器などは通行時に警戒音が鳴ります」
飛行場の保安検査場だろうか。金属を身に着けて結界を通過すればアラームが鳴るのだろうか。スマホは武器じゃないから鳴らなかったのだろうか。どこまで異世界のイメージを覆してくれるのだ。
「あれ? ということは、銀太。レオさんから借りてた大剣どうしたの?」
「かえした」
「返しちゃったの?! そりゃそうだけどさ。じゃあ武器何もないじゃん! 海でどうやって魔物倒してたの? 何を武器にしてるの?」
「ひのきのぼう」
出たひのきのぼう。盗賊を突きまわしたりお米を突きまわしたりしたあの木の棒だ。同じ棒だろうか。出来れば二代目とか三代目であってほしい。
「なにぃ?! ひのきのぼうだと!? 魔王を倒すゲームの初期装備ではないか!!」
会いたいのに今はややこしくなるから会いたくない人ナンバーワンなお方が登場した。今日はタキシードではなく上下紺のジャージを着ていた。