第82話 ゲーム
「それでだな、お主らに聞きたいことがある。お主らは……」
「ちょっと待って魔王さん! いえマニさん! 私達も聞きたいことがあってここまで来たんです!」
「……聞きたい事? なんだ、申してみろ」
魔王マニの話を遮ってしまったが、せっかく魔王さんから召喚の話が出たのだ。帰還方法について聞いておかなければソルさんの話みたいに流されかねない。
「私達は元の世界への帰り方を探しに来たんです。魔術研究所の人達は召喚方法は分かったけど帰還方法は分からないって言うし、私達も調べたけれど見つからなくて。それで聞き込みをした結果、この島に百年前の勇者様たちが渡ったって聞いて、魔王さんなら帰還方法を知ってるかと思って来たんです。知ってたら教えてもらえませんか?!」
「帰還方法が知りたいのか? そんなもの召喚方法と共に見つかったであろう。召喚出来たならば返還も出来る。あと我はマニだ」
「それが誰も分からないし方法が見つからないんですよ」
「そんなわけないはずだがな。返還は召喚と同じ魔法陣を使用する。いや、その話は後にしよう。地球から来たお主らに今帰られては困るのだ。詳しくは我の話が終わってからゆっくり教えてやるから、それよりも……」
また話が流されてしまった。同じ魔法陣を使用する? 召喚の魔法陣ならメモして持ち歩いている。この魔法陣で帰れると言うならこの島で誰かに手伝って貰って魔法陣を描ければ日本に帰れるのではないだろうか。びっしりと大量に文字を書かないといけないから私一人では無理そうだけど。
「お主らはゲームを作れるか? 作れるだろう、何せ日本人だからな」
「……え? ゲーム?」
「そうだ。地球の日本人だから詳しいだろう。作って貰いたいテレビゲームがある」
「どういう事だ? テレビ? オンラインゲームの事か? パソコンがあるなら頑張ればもしかしたら作れるかもしれんが、プログラミングも勉強してからだから……」
「おんらいん? 違う。見たほうが早いだろう。こちらへ来い」
魔王マニが先導し先程の自動ドアの向こうへと歩いていく。魔王マニの背中がガラ空きだ。スーツの人が促してきたので私達も後を追うように付いて行くと、自動ドアがシュンという音を立てて横に開いた。この技術はどこから得たのだろう。これだけの技術があって、日本から来るゲームを作れる人材を待っていたと言うのか。それは血を分けた兄弟や召還された人が還る事よりも重要だというのか。
自動ドアをくぐったその先には、八畳ほどの畳が敷かれた部屋があった。畳職人がいるのか。畳の手前で魔王マニが慣れた様子で靴を脱いだので私達も靴を脱いで畳に上がる。先程までの生活感のない空間から一転、一気に所帯じみた。でもこの世界に来て靴を脱ぐのは寝る時だけだったし、素足で畳を踏む感覚や匂いがなんだか懐かしい。
畳の部屋の奥にはブラウン管のテレビ、そしてそれに繋がった炊飯器くらいの大きさの赤と白の箱が置いてあった。昭和の頃の懐かし映像とかで見た事がある。
「これが、百年前に日本から召喚された勇者ユウイチが遺したゲームだ。三十作程度作って貰ったが遊びつくしてしまい、新作を作れる者を待っていたのだ!」
ピコピコと鳴る操作音と共に、聞いた事のある懐かしのメロディが流れる。ドット絵で構成された画面の中を、ドット絵の赤いキャラクターが動き回る。敵を倒しながらコインを集める主人公らしきドットの塊。魔王のマニさんが操作すると、私の偽名の元となったベニテングタケを食べた主人公が大きくなった。
ゲームは三十作ほどあると魔王マニさんが言っていただけあって、様々な種類のゲームが内蔵されていた。カセットを差し込むタイプではないようだ。横スクロールのアクションゲームから、推理しながら進めていくアドベンチャーゲーム、勇者が魔王を倒す為に世界を旅するロールプレイングゲーム、シューティングゲームにテニスゲームまで多岐に渡っているようだった。
「百年前にユウイチがこれらを作成してくれたので、我はこの数十年ずっとこれをやっていた。それも寝食を忘れるほどに熱中してな。しかしこのゲームの魔王はもう何度も倒したし、そろそろ飽きてきたのだ。ユウイチはこの魔王を倒すゲームの二作目を制作していたが、途中で寿命を迎えてしまい未完成となった。我は続きとなる二作目のゲームで遊びたい。どうだろう、作ってくれないだろうか?」
魔王マニは軽い感じで聞いてくる。しかしテレビゲームをいちから作るなんて簡単には出来そうもない。ケンなら器用だから何とかするかもしれないけれど。
傍に立っていた側近らしき二人の男性を見ると、疲れたような表情をしていた。寝食を忘れるほどにゲームにのめり込む魔王に呆れているのかもしれない。
「勇者ユウイチは昭和のゲーム製作会社で働いていたのか? レトロゲームの原理なんて俺は知らんから説明書でもなければ出来んぞ」
「なっ?! お主は日本から来たのだろう? 日本人なら朝飯前だとユウイチは言っておったぞ!」
「ユウイチは何者なんだ……」
ケンでも出来ない事があったのだとしみじみ思う。勇者ユウイチさんはハードの作成からソフトの作成まで全てを一人でこなしたのだろうか。ストーリーとかは覚えているもので模倣品を作ればいいとして、それを形にしてしまえるとは、恐るべし昭和の人。
ゲーム機を分解して中身を観察する事と、勇者ユウイチさんが使用していた道具などを見せてもらう事を約束し、この件は保留となった。
「魔王が人間を攻めてくるってのはどうなったの? 魔王が魔王を倒して遊んでるなんて……」
「千年前にじいさんが暴れたからな。人族の間ではそれが伝承となり残っているようだ。父さんと我は穏健派だから人族をどうこうしようとは思っておらんぞ」
「魔物が増えてきたから魔王が復活するかもしれないっていうのは?」
「じいさんが暴れた時、運が悪いことに魔物が多い時期と重なったようだ。魔物はいつでもいるし、我らの王もいつでもいる。人族は魔術を使えるものが少なく、大きく育った魔物を倒しきれないようだから我らが倒してやっているというのに。何故か我らと魔物を仲間だと信じているようだ」
「そしたら勇者が送り込まれてきた時に訂正したり説明したらいいんじゃないですか?」
「我もそう思ってな、勇者と聖女に問いかけてみたことがある。毎回送り込まれる勇者の相手をするのも疲れるしな。しかし奴らは反対した。分かりやすい悪の象徴がいなければ人族間で余計な諍いが起きると言うのだ。現にお主らの召喚された国は隣国との諍いはなかったであろう?」
言われてみれば国境があり他の国と接しているはずなのに、戦争しているとかそういった話は聞かなかった。魔王がいつ復活するか分からない事で抑制されていた部分もあったのかもしれない。
「我らとしては百年に一度でも勇者と聖女が我を倒しに来ると言うのは至極面倒臭い事なのだがな。しかし中には話し合いで済む奴もいる。この部屋へお主らが乗って来た機械も過去の勇者が作った物であるし、食文化も勇者の影響を多く受けている。何よりゲームを開発してくれた勇者ユウイチと出会えた事は、何百年にも渡る面倒臭さを吹き飛ばすほどの奇跡であった!」
マニさんはうっとりとしながらそう語った。ユウイチさんの作り出す昭和のゲームがよほど楽しかったのだろう。三百年以上も生きているというし、娯楽の少ないこの世界では何十年も熱中できるほどに楽しいものだったのかもしれない。側近の人達は呆れ顔だけど。ゲームばっかりして引きこもってたりするのかな。
「ゲーム機の中、覗いてみたけど理解するのに時間がかかりそうだ。銀太がもう寝てるしまた今度来てもいいか?」
ケンはゲーム機を分解して格闘していた様だったが、夜も遅く疲れた顔をしていた。ケンの言う通り銀太を見るとこちらは我関せずと言った感じで夢の世界へと旅立ってしまっている。銀太が畳の上でうつ伏せになって寝ている。銀髪の美少年が畳のあとを頬に付けながら寝ている。なんてミスマッチな光景なんだ。
「我にとっては今は昼のようなものなのだがな。ならば明日迎えをやるからまた来てくれ。お主らの知りたいと言う帰還方法はその時に教えてやるぞ。だから必ず来い」
「分かりました。宿に帰るからスマホ返してもらえます?」
「ああこれか。確かこれでもゲームが出来ると言っていたが、小さいし大した事はできんのだろう。であれば興味はない」
魔王マニはずっと握りしめていたスマホを返してくれた。ここで反論する事も出来たけれど、そうするとスマホを取られてしまうかもしれないからやめておいた。ゲームアプリ入れてないし。
傍で見守っていた側近さんが大きなドローンで宿まで送ってくれた。帰りは比較的緩やかなスピードで低空飛行してくれたので怖くなかった。行きのあの高さとスピードはわざとだったのだろう。許すまじ羊角のトトさん。
ずっと側近をしているという彼が、王様は昼夜逆転してるし数日顔を見せないこともあるんですと悲しそうに語っていたのが印象的だった。