第76話 兄再び
ピピピッ……ピピピッ……ピピピッ……ピピピッ……
ノアの店で夕食をとり宿へと戻って来ると、部屋の奥に置かれた荷物から呼び出し音が鳴っていた。
「なっ! この音は聞いたことがあるぞ! 昼間は追い出されてしまったが今回は俺様も参加させてもらおう! 一体何が始まると言うのだ? いつまで焦らせば気が済むと言うのだ!」
「レオ頼む」
「………………終わったら呼んでくれ」
騒ぐフレデリックさんをレオさんが引き摺って外へと出てくれた。この世界の住人にこの立体装置を見せるわけにはいかないのだろうか。いや、単に面倒くさいからのような気がする。
銀太がまたもや部屋の片隅の荷物をゴソゴソと漁り出し、付属の石が光るバングルを取り出した。心なしか石の光り方が苛立っているように見える。銀太がバングルについている小ぶりの色石の一つを触ると、昼間と同じように透けた立体映像が浮かび上がった。
『肌身離さず持つようにと言ったはずですが』
立体映像に映し出されたイヴァンさんはその美しい顔で優雅に微笑みながらも、形の良い唇で文句を言っていた。こめかみに青筋が見える気がするし目の奥が笑っていない。
「目立つからはずしていた。すまない。気を付ける」
『なっ――?! ヴァレンが三言以上喋った?! しかも謝罪した上に改善策まで提案するとはなんて素晴らしくて可愛らしい! まるで天使の様です! ――――違います。私と離れていた数カ月間に何があったのですか? 弟が長文を喋る事などありませんでしたし、そのような愛くるしい表情を見た事もありません。貴方がたは私の愛する弟に何をしたのですか?」
分かった。イヴァンさんもアレな人だ。弟を愛するダメな人だ。イヴァンさんの方がよほど長文を喋っているというのに、あの三言がどうしたら長文になるのだ。しかしどうしてこう私の周りに現れるイケメンは癖のある人が多いのだろう。ソルさんは唯一まともだったけれど、恋愛対象というよりペットの犬みたいな感覚だったし。
「そっちの状況はどうなった? 時間がないんだろう?」
『――ええ、やはり鑑定は行われませんでしたが、私が勇者だという事は決定事項の様です。聖女と会う時は髪と瞳を茶色に変えているというのに、彼女の私を見るあの目つき。どこの世界に行っても女というものは欲深く醜い生き物です』
イヴァンさんはその神々しいまでに美しい顔に蕾が綻ぶような笑みを浮かべて残酷な事を言う。綺麗だと思って見つめるだけでそんな事を言われてしまうのか。中身が残念だとしても外見は美形だからこっそり見て楽しもうかと思ったけど、この言いようだから私の視線にも気づくんだろう。怖いから凝視しない様にしよう。
「まさかそのキャラ王城で出してないよな? 俺らの前だけだよな?」
『ええもちろん。聖女には飛び切りの作り笑顔でお望み通りの御しやすそうな人格を演じて差し上げておりますよ。聖女の周りになぜか侍女などがいない為決め手に欠けますがね。当て馬役を探さねばなりません』
「城に女の従業員はいないから無理そうだな」
イヴァンさんはふわりと微笑みながら恐ろしいことを言った。到着してすぐだというのに状況把握能力がすごい。聖女様はイケメンが好きなだけだと思うからあんまりいじめないであげて。
『私が状況説明を求めると、聖女付き騎士から説明がありました。こちらから求めなければ説明もなく、当事者である聖女からではなく騎士からというのはいかがなものでしょうか。まあそれはともかく、この国の状況はケンの言っていた事と変わりありませんでした。聖女の方針としては魔王はまだ復活していないので、復活するまでは王城で待機するようです。魔王復活までは私は王城で軟禁状態になるそうです。訓練などもせず、毎日聖女のお茶会や夜会に連れまわされ、参加した者たちに私の存在と外見を自慢されるようです。全く浅はかと言いますか……』
「想定の範囲内だな」
『私としては別の世界の魔王などどうでも良いですし、一刻も早く弟と一緒に元の世界へと戻りたいところです。しかし心優しい弟の事です。貴方がた二人が元の世界へ還れる方法が見つかるまではこの世界から動かないでしょう。ならば私はそれが滞りなく進むよう手助けするまでです』
そう言ってイヴァンさんは優美な笑みを浮かべた。サラサラの銀髪が肩から滑り落ちる。顔と仕草だけ見れば完璧なのに、さっきから毒舌が過ぎる。
『数日以内に貴方がたが島へ出発できるように手配しましょう。護衛の二人の任務は解き、冒険者組合に長旅用の船を用意させます。船上での食料や生活用具などを揃えてお待ちください。三人でとっとと島へ渡りさっさと帰還方法を見つけて速やかに元の国へと還ってください。私が動くと聖女も動くでしょうから、私は王城で待機し手を回すだけにします。貴方がたが帰還方法を見つける事が私と弟の安寧に繋がります。魔王復活も気になるでしょうが、元々お二人は戦えないのです。元の国へ還った後で魔王が復活しようが関係ないでしょう』
「第一王子に魔王倒すって言ったし、一応関わった奴らがいるから放り出したくはないんだが……そんな簡単にいくのか? 数日以内に? しかし帰還方法が見つからなかったらどうなる。見つかるまで手を貸してくれるのか?」
『島で方法が見つからないようでしたら最後の手段として私達の世界へと連れ帰って差し上げましょう。私達の世界で暮らすも良し、地球とやらに飛ぶ方法を探るも良しです。私達の世界はこちらの世界よりも数段発展しておりますので、還ると言うならばこちらで闇雲に探すよりはまだ確率が上がるでしょう』
強引に決められた感じがしないでもないが、三人で島へ行く手配をして貰えるというならお願いしたい。イヴァンさんは魔王の事をどうでもいいと言うけれど、もしかしたら復活を阻止できるかもしれないし、復活してたなら銀太が倒せるかもしれない。島に行けばあちらの状況も分かるだろうから今はイヴァンさんの話に乗ることにしよう。
「俺はそれでいい。元々帰れなくてもいいと思ってたし、銀太の世界のこの3D技術も詳しく知りたいからな。どっちに転んでも問題ない」
『ではさっそく洗脳に――――いえ、手配をします。また連絡をいれますのでヴァレンは腕輪を肌身離さず持つのですよ。ああ弟よ、早く会ってその体を抱きしめて存在を確かめたいです。その変わらず冷たい瞳、愛らしい唇、狂おしいほどに私の――――』
バングルから出ていた立体映像が唐突に消えた。見れば銀太がバングルについている石に触れている。それがスイッチなのだろうか。
「銀太、お兄さん……変だね?」
「……………」
部屋の中が静寂に包まれた。




