第75話 兄
『あまり時間がありません。そちらの状況説明をお願いしたいのですが……黒髪の男性、手短にご説明頂けますか?』
「俺でいいなら説明するけどさ、銀太から聞いたほうが確実じゃないのか? ああ、俺はケンだ」
『ギンタ? 弟の事でしょうか。弟はそういった事は得意としていませんので。いえ頭は良いのですよ。地頭は良いですし座学も優秀でして、教師からも近年稀に見る天才で神童と語られる程――――』
「ああ分かった俺が説明しよう黙って大人しく聞け」
ケンは簡潔に今までの出来事を説明した。魔王を倒すために聖女様に召喚された事、王城や街の状況、私達の関係性と目的、現在地。そしてこれからの行動の希望として海を渡りたい事も言っていた。
『なるほどありがとうございます、ケン。申し遅れましたが私はイヴァンと申します。そちらのギンタと呼ばれている私の実弟はヴァレンと言う名ですがこの際ギンタでいいでしょう』
「……ひみつにしてたのに」
銀太は不服そうにしているがお兄さんは銀太を見つめて柔らかく微笑んでいる。そういえば私がお兄さんと呼んではいけなかったんだった。
『そのお話を伺って、私がこちらに到着した際の異様さに説明がつきました。すぐに弟を連れて帰ろうかと思っていたのですがそうもいかないようですね。どうやら私が勇者のようです』
「えっお兄さんが勇者?! あっ、イヴァンさんだった。銀太が勇者なはずで影武者まで立てたのにどういうこと? 聖女様に私達の企みがバレたとか?」
イヴァンさんは私の言葉が聞こえていないのか、ケンと銀太を見ていた。そして次はこちらの説明をと言いイヴァンさんの置かれている状況について説明してくれた。
『弟を追ってこちらの世界へ飛んだところ、黒装束の者たちが囲んだ魔法陣の上に着地しました。ケンの説明から推測すると、次の勇者を召喚する儀式の最中だったのでしょう。魔力を流し切っていないのに私が現れたと言って現場は混乱していましたが、やがて白い服を着た聖女が来ました。そして聖女は私を一目見るなり勇者であると告げ、私の腕を掴み何らかの魔力を流し始めました。もちろん無効化しましたが彼女は気づいておりません。ここまでがつい先程起こった出来事で、今は客室のような場所で待機させられています』
「さすが聖女様、お目が高いね! 鑑定もせずに勇者と決めつけるあたり、イヴァンさんの事一目で気に入ったんだね! でも髪の色とか顔つきとかで銀太のご家族だとバレなかったんですか?」
『変装をして来た為、弟と血縁関係にある事を予想する者はいないでしょう。しかしこの世界にも鑑定があるのですね。視られた気配はありませんでしたがこれから鑑定されるのでしょうか。私としては還る準備は整っておりますので今すぐにでも北部辺境へと向かい合流したいところです』
銀太が前に言っていた、帰還の魔法陣を持って来たのだろうか。シモンさん達は一ヶ月くらい魔力をためるとか言ってたけれど、イヴァンさんは到着してすぐ還れるなんて、銀太の世界には魔力をためる道具とかそういったものがあるのだろうか。
「鑑定するとしたら、召喚の時に居たはずの黒いローブを着たおじいちゃんがすると思います。他には鑑定が出来そうな人はいなかったし。銀太の時は召喚されてすぐに鑑定されてたけど、やっぱ人によってやり方が違うのかな。私がすぐに放置されたのは絶対に忘れない」
『なるほどこちらでは特定の人物でなければ行えないのですね。黒いローブのおじいちゃんというのは召喚を取り仕切っていたご老人でしょうか。彼なら亡くなりましたので鑑定は出来ないでしょうね』
「えっ?!亡くなった?! シモンさん死んだの?!」
「じいさん死んだんかよ! 魔力使いすぎて寿命が来たんか?! 無理すんなよなぁ……」
シモンさんの白髪と白い髭を思い出す。人が良さそうに朗らかに笑う顔が懐かしい。思い出が走馬灯のように駆け巡り、涙が出てきた。少しの期間だったけれど茶飲み友達のようでいて大切な友人で、本当のおじいちゃんのようだった。聖女様は蘇生魔法とか使えないのだろうか。銀太やイヴァンさんの世界では蘇生魔法とかないのだろうか。でももし生き返らせたとして、魔力を使い切っての老衰であれば結果は同じか……。
『――――おやもう邪魔が入るようです。夜に人払いが出来ればもう一度連絡をしますので、ヴァレンは腕輪を肌身離さずつけておいてくださいね。ああ、やっと同じ世界に来たというのにもどかしいですね。今すぐにヴァレンに会いに行きたいです。あと少しの辛抱ですから耐えてくださいね、ヴァレン』
イヴァンさんは笑みを含んだ唇でそう言い残し、バングルから出ていた立体映像は唐突に消えた。部屋の中が静寂に包まれる。
「慌ただしい……人が泣いてるって言うのにあの人ずっと笑顔だったよ……」
「まあまあ、死んでタケが泣いてくれたって知ったじいさんは喜んでるだろうよ」
涙でぬれた私の顔をケンが服の袖でゴシゴシと拭いてくれて、銀太はバングルを部屋の隅の荷物の中へと押し込んだ。服の袖じゃなくて刺繍の入った百均のハンカチで拭いてよね……。




