第74話 情報収集
「一番近い島までは船で数日かかるそうだが、詳しい事は知らんな。海の上には魔物がうじゃうじゃいるし、中級冒険者のオレでも途中で体力が尽きちまう。向こうに行こうとも思わんよ」
「オレは船で遠くまで出たことがあるぞ。でも肌の黒い奴らが海の上をうろついてて気味が悪いからそこで引き返してきたぞ」
「黒い肌の奴らには話しかけたことがあるんだ。角が生えてる奴だろ。お互い船の上だったからか攻撃はしてこなかったが、えらい剣幕で怒鳴られて追い返された」
「じいさんから聞いたことがあるぜ。百年前の聖女様と勇者様に丈夫ででかい船を造るように言われたって。じいさんが船造りやってたから、オレも跡を継いで今でも船を造ってる。当時よりいい船が出来てるぜ!」
「オレのひいじいちゃんは旅商人だったから、百年前には船旅用っつって勇者様が大量購入してくれたって自慢してた。二度に分けて買って貰ったからかなり儲かって、ここで家を建てたんだ」
「うちも商人やってるからその特需は聞いたことがあるよ。でも三度目を見込んで用意してたってのにそれ以来音沙汰がなかったらしい。おかげで在庫を抱えて今でも商人のままだ」
「聖女様と勇者様がここにずっと住んでいたわけはないだろう。そんなことがあったならひいじいちゃんが自慢してたはずだ」
「ワシが……小さい時……だったかのう……覚えとるよ……二度船に乗ったんじゃ……聖女様が船に……しかし戻らん……かった……美しく……もう一度……お会いした……かった……」
冒険者や街の人に聞き込みをした結果が出た。最後に話してくれたおじいちゃんはもうすぐお迎えが来そうだったからその前に話を聞けて良かった。いや良かったのか? 老衰は治せないようだからそのままにしておくしかなかった。しかし何歳なんだ。
ルイーズさんも言っていたけれど、見ず知らずの女に当時の事を語る人はいないだろう。だからノアの店を利用した。この数日私達はずっとこの店を出入りしているし、お客さんとも顔見知りのようになってきていた。同じ店を利用する客同士、話すこともある。
当時の聖女様に関わった人達にかけられていた認識阻害のようなものは強力であったようで、それを伝え聞いただけというお店のお客さんも曖昧な事を話す人が多かった。
試しに私の能力を込めた水を飲ませて状態異常を治してみると、幾分か証言がハッキリし出した。この認識阻害は遺伝するのだろうか。それともこの地に住む人には効果が出続けるとかだろうか。
私の能力を込めた水を、ノアの店でお冷として出して強制的にお客さんに飲ませる。それから当時の話を聞く。立案したケンには感心してしまった。犯罪ではないと信じたい。断じて犯罪ではない。
証言が足りなければ、店に手伝いに来る子供たちに知ってそうな人を見繕って連れて来てもらう。この辺りの子供たちは王都の子達に比べてとても逞しかった。王都の孤児たちは弱っていたのはもちろん部分欠損などが多く居たけれど、この辺りの子供たちはそれがない。不思議に思っていたが、ケンが言うには王都には貴族が多く集まるからだろうとの事だった。動物の中で人間が一番残酷なんだとか。
そして曖昧な話の切れ端同士でも、つなぎ合わせれば一つの仮説が出来上がる。
「海の向こうには魔王と魔族の住む島がある。聖女と勇者は、魔王討伐後にもう一度海の向こうの島へと旅立った。そしてその後は戻ってきていない。おそらく島に永住したか、元の世界へ戻ったかだ」
「レオさんのおばあちゃんの話とも一致するよね」
「しっかし、よく見る召喚モノの王様が、元の世界へ還る方法は分からんが魔王を倒せばおそらく還れるだろうとか言うだろ。何で王様がそれ知ってんだよって胡散臭いやつだ。それと同じような話になってきたな」
今期の魔王が復活したという話は聞かないので、ケンはこの際だから魔王復活の前に島まで行きたいと言ってくる。だけど安全面はどうだろうか。そして本当に復活していないのだろうか。
「島に元の世界へ戻る手掛かりがあると仮定して、魔王だけがそれを知ってるとは限らんし、魔王配下予定の奴とか側近候補の奴が知ってる可能性もある。せっかく近くまで来てるんだから様子見だけでもしに行こうぜ。危ないと思ったら銀太に結界張ってもらって帰ってくればいい」
「そんなに簡単に配下とか側近に会える?」
「それは召喚モノのご都合主義としてだな……」
船で数日かかる道のりも船の揺れや魔物は銀太がいるから海上は心配いらないかもしれないけれど、仮に島に着いたとしてその先はどうだろうか。銀太の聖界が通じないような人たちが居たりしないだろうか。
ここまで来てくれているレオさんとフレデリックさんは海辺での聞き込みの護衛としてついて来てくれているので、そんな場所まで連れて行くわけにはいかないし、島まで連れて行ってしまえば依頼失敗とかになるだろう。
辺境伯息子のルイーズさんとセシリアさんが黙っていないのではないかと聞いてみたが、彼らは足が治った事によって何故か忙しくなったらしく、私達は今かなり放任されているらしい。連絡係はケンに任せていたので知らなかった。
ピッピピピッ……ピピピッ……
全員で話し合いながら宿屋の部屋でくつろいでいると、荷物を置いてある一角から電子音のような音が鳴った。宿屋では寝るだけなので全員の荷物を部屋の隅にまとめて置いてある。
「おいタケ、マナーモードにしとけよ」
「えっ着信?! 電話かかってきたの? 異世界で?! しかも私の着信音こんな音じゃないんだけど!」
「僕だ」
銀太が荷物を漁り出し、しばらくゴソゴソとしていたがやがてバングルのようなものを取り出した。そのバングルは細く金色で小ぶりの色石が数個埋め込まれている。その石の一つが青白い光を放っていた。
「銀太そんなの持ってた? そういえば最初に会った時に豪華な服着てたよね。あの服に合いそうだけど持って来たやつ?」
「そうだ。レオとフレデリックは部屋を出ろ」
「なっなんだとギンタ! 呼び捨て……はギンタであればかまわんが、なぜ俺様が部屋を出なければならない?! それは何なのだ?! そして貴様ら三人は一体なんなのだ?! 第一王子と面識がある件についてもまだ説明を受けていないぞ!」
「…………終わったら呼んでくれ」
喚くフレデリックさんを引き摺りレオさんが部屋を出てくれた。何が始まるんだろう。そして私とケンはここにいてもいいのかな。
二人が退室すると銀太はバングルを胸の前に持ち、小ぶりの色石の一つを触った。するとバングルの上にホログラムのように立体映像が浮かび上がる。3D映像の様で、向こう側が透けて見えていた。
そこには等身大の一人の男性が映っており、その人が言葉を発した。
『おや、出るのが遅いと思ったらお取込み中でしたか。そちらはどういった方々ですか?』
「仲間だ。問題ない」
立体映像に映し出された男性は上半身しか映っていないが、見える範囲での服装は銀太が召喚された時に来ていた服と系統が似ている。そして彼はとてもとても美しかった。髪は銀太と同じ銀色をしていて、その長さは映像の下部で見切れているほど長い。歳は二十歳くらいだろうか。銀太を成長させて髪を伸ばしたらこうなるだろうなといった風貌をしていた。陶器のように艶やかでそれでいて透き通った白い肌に、人の心の内を見抜くような鋭い目つき、スラリと通った鼻筋。形の良い薄い唇は微かに笑みを浮かべていた。
銀太も整った顔をしていて相当な美少年だが、この人は銀太にはまだない完成された美しさのようなものがあり、思わず見惚れてしまう。異世界に来て美男美女は大勢見てきたけれど、その中でもダントツに美しい。テレビで好みの俳優を見た時のように心が高鳴った。
「なんだこの装置?! 銀太の世界の道具か? 俺らの姿も向こうに見えてるのか? どこにカメラがあるんだ! 俺はどこを向いて話せばいいんだ! 銀太の世界の技術はどうなってるんだ! ってかそんな凄い道具を荷物に押し込んで置いとくなよ!」
「ねえねえ銀太、この人がお兄さんなの? 明らかに似てるし従者っていうお兄さんだよね?! あっお兄さん初めまして! 私、ベニテング・タケって言います!」
透けている銀髪の男性は私達が騒ぐ様子をにこやかに聞いていたが、やがてその慈愛に満ちた優し気な瞳を私の方へと向け、形の整った唇をゆっくりと開いた。
『元気の良いお嬢さん、私は―――――――』
その声音は透き通る様でいて甘く爽やかであり、聞いているだけでうっとりとしてしまう。男性が微笑みを浮かべながら首を傾げると、サラサラとした髪が光を反射させながら肩から滑り落ちた。画面越しだというのに溢れ出る色気に眩暈がするようだった。
『―――――――貴方の兄ではありません。兄と呼ばないで頂きたい』
私の恋心に似た何かは儚くも砕け散った。