第73話 性根
冒険者組合を通してルイーズさんに連絡を入れてもらった。領主の息子であるルイーズさんは領地を守るために冒険者組合によく討伐依頼を出すらしく、海辺の支部でも名前を言っただけで通じた。たしか辺境伯って侯爵と同じくらいの権力を持っているとかだったから何とかなるかもしれない。
フレデリックさんはお父さんに連絡を入れているようだった。いくら放り出した出来損ない息子であっても可愛いのか、ちゃんと返事と手ごたえがあったと言っていた。
「別にフレデリックさんのお父さんに頼らなくても、フレデリックさんが男爵さんに直接バシッと言えばいいのに。息子だとしても侯爵家なんでしょ?」
「貴様は貴族の事を知らんのか? その男爵の後ろにも貴族がついているかもしれんし、家を継ぐ予定のない三男では無茶が出来ん。仮に嫡男だとしても親の権力を振りかざすのは俺様の意に反するのだ。俺様が何をしたわけでもないというのに威だけ借りることは格好が悪いではないか! あと、卿を付けろ!」
「その卿を付けろってのがまさに威を借りているのが分からんかなあ……」
そして数日後。
男爵さんは姿を消した。お店も売上金も令嬢も全てそのまま残して居なくなった。ヤドリギの店主に連絡もなければなんの音沙汰もないという。私達一度も会ってないんだけど。ルイーズさんや辺境伯さんが直接注意したりしたのかな。ケンは男爵の断罪劇を見たかったのにと嘆いていた。
「もう男爵様と連絡も取れんし、店を元に戻してまた一から料理人としてやっていきたいんだが……。行き場のない令嬢も抱えているし令嬢を目当てに来てくれる客もいるからどうしたもんかと」
ヤドリギの店主はなぜかノアの店に相談に来ている。私達も食事を作ってもらったり子供たちの指導をしたりしている。ヤドリギの方針やお客さんを今後どうしていくかは私達が口を出す事ではないけれど、私達が関わってしまったがゆえに放り出されてしまう令嬢達をそのままにはしておけない。ケンと二人で相談に乗っているが、案はまとまらない。
「俺らだけで決めずにさ、令嬢達がどうしたいかを直接本人達に聞いたらいいんだ。ティナもそうだが、もうあいつらは家に縛られずに自分の意見を言う事が出来るようになっているだろう? 本人の意思も尊重しないとな」
「そう言うなら令嬢たちを呼んでくるとするよ」
ヤドリギ店主が呼んで来た令嬢は八人もいた。狭い店内にたくさん女性がいるなと思っていたけれどこんなにいるとは。令嬢たちは接客をしなくても良くなる事に喜んで良いのか、放り出される事に悲しんで良いのか複雑な表情をしていた。
全員が揃うと、それまで子供たちに遊ばれていたフレデリックさんが慌てながらも得意気な顔を作り進み出てきた。
「ご令嬢が揃ったのであれば、俺様から伝えたい事がある。ああ、楽にしたまえ。調べて手を回したのは俺様の父上だからな。俺様には少しの感謝でいいぞ」
「フレデリックさんに感謝する必要ある?」
「黙れ平民女! そうだな、まずはティナといったか、マルティーナ嬢。貴女の御父上のパーシー伯爵によると、他の女にうつつを抜かして貴方を捨てた元婚約者が改心して戻って来ているらしい。元婚約者はもう一度貴女と婚約したいと言っているが、伯爵は追放した手前呼び戻すのは外聞が悪いとして躊躇しているようだ。だが心の内では愛娘に戻ってきて貰いたいと思っているそうだ。どうするかね」
突然名を呼ばれたティナさんはびくりと体を震わせて脅えていたが、フレデリックさんの言葉を聞いて表情を引き締めた。
「私は家を追い出された身です。戻る気はございません。男性と接する事には慣れませんが、ようやく自分の身の回りの事を一人で出来るようになりましたの。女性のうわべだけを見てふらふらと彷徨っている男性など今の私には必要ありません。家族も必要ありません。ヤドリギが方針を変えたとしても、給仕なり掃除なり何でもしますので、このまま雇って頂きたいと考えていますわ」
背筋を伸ばして返答したティナさんはもう貴族のご令嬢ではなかった。自立した一人の女性だった。そしてそれを見ている他の令嬢達も頷いて同意しているようだった。もしかしたら彼女たちも同じ境遇なのかもしれない。
「うちの店で働きたいと言ってくれるのは嬉しいんだが、これからは原点に返って料理に力を入れていきたいと思ってるんだ。酒の酌なんかは無くして給仕のみになるし、渡せる給与も減ってしまうが、それでもいいのかい?」
「構いません。こちらで働かせてください」
「ふむ。ならそうすれば良い。他のご令嬢も働きたい気持ちがあり、ヤドリギで雇いきれないならば店主が見つけてやる事だな。客の冒険者にでも相談すれば良い。俺様から父上に交渉して働き口を探してやっても良い。それは最後の手段になるが。他にもそちらのシャルロット嬢、アリシア嬢もあの時に顔が判別出来たのでそれぞれの家に連絡を入れて貰っている。状況は似たようなものだったようで、数日以内にはご実家から何かしら連絡があるだろうが、どうするかね」
ティナさんを見て頷いていた二人の令嬢は、名前を呼ばれて驚いたように目を見開いた。お店では別の名前で働いていたのかもしれない。しかし二人の令嬢はティナさんと同じく、家には戻るつもりがないと言った。呼び戻されたとしても捨てられたという事実はなくならず、ヤドリギに拾ってもらった恩もあるのでこのまま働きたいとも。彼女たちは貴族として不自由なく生きてきたはずが、平民として生活することでその意識が変わったそうだ。
「それと、マルティーナ嬢。これは俺様の考えだが、家族とはかけがえのないものだと思っている。一時的に追放されたかもしれんが、元気でいると連絡くらいは入れてやってもいいのではないか。ご家族はとても心配しておられたと聞く。本当に失ってから後悔したのでは遅いのだよ」
フレデリックさんの言葉に、ティナさんは涙を浮かべて俯いてしまった。葛藤とか色々あるのかもしれない。私達にはフレデリックさんの性根を叩きなおすという隠れたミッションがあったけれど、今の彼にはそれは必要がないように見えた。一部腐りきった部分は私達でもどうしようもない。
そしてそんな湿っぽくなった空気を吹き飛ばすかのように、突然ある令嬢が動いた。
「私はこの方たちと共に参りますわ! ねえ貴方、私の事を覚えていらっしゃらない? こんな場所で再会するなんて、まさに運命だと思いますの!」
綺麗な長い金髪を揺らしながらケンの腕に縋りつく女性。お米を家畜の餌と呼んだあのご令嬢だった。彼女は目を爛々と輝かせてケンの腕に文字通り絡まっている。ケンの顔から表情が抜け落ちた。
「ああ、貴方はフィッツロイ伯爵家のご令嬢だろう。いや元ご令嬢か。貴方に関しては追放された後も見張りが付けられており、その者から性根が治っていないと報告が上がったようだ。近々伯爵自ら連れ戻しに来ると言っていたぞ。良い修道院が見つかったそうだ」
「なっ……修道院!? なんですのそれ?! というか貴方は何ですの? 私のお父様は伯爵ですのよ? 私がこの男性達と共に参りたいと言っているのです!」
「追放されたのだからもう父親ではないだろうに。申し遅れたが、俺様はウィンザー侯爵家三男のフレデリックだ。お見知りおきを、元ご令嬢」
肩までの髪を払いながらフレデリックさんがドヤ顔で言った。威を借りないのではなかったのか。しかしお米令嬢はぽかんとしている。いろいろと治ってないと言うのは本当みたい。ぽかんとしたままケンの腕に纏わりついていたがレオさんに剝がされてやっと我に返り、彼女の決め台詞が炸裂した。
「わっ、私にこのような事をしてただで済むと思っていますの!? お父様は伯爵ですのよーーーー!!」