第72話 友情
「あんたらいい加減にしてくれ! 営業妨害だろう! こちとらいい迷惑なんだよ! 店主を出せ!」
『ヤドリギ』の店主である小太りの男性が怒鳴り込んできた。インパクトが大切だと言って、ノアの店ではこの一週間イベントまみれで赤字覚悟でお客さんを呼び込みまくった。私達はタダ働きのようなものだけど、冒険者組合から討伐報酬が出るし持ち込み食材で無料で料理を作って貰えるし不満はない。
ノアの店の店主は料理の腕はピカイチだった。子供たちには給料が出るわけではないが、捌くのを手伝ったり演奏したりすると食事を作ってあげるように店主さんにお願いした。子供たちは食事が貰えるのはもちろん喜んだが、楽器の演奏や歌が楽しいと言って自らノアの店でお手伝いをしたり歌ったり演奏したりしている。中学生くらいの子達は冒険者になって自分で軟体動物を仕入れるんだと息巻いている。
一週間のイベント期間が終わる頃には、あの味を覚えたお客さん達はヤドリギに行く前にノアの店に寄るという習慣がついているだろう。自然とルーティンに組み込んでしまえばいい。会社終わりに飲みに行く人が、牛丼屋で腹ごしらえしてから飲みに行くという話を参考にした。
その後もお客さん達を繋ぎ止めておけるかどうかはため息店主の腕にかかっているが、それは心配いらないだろう。
「俺らが何かしたか? 迷惑な事なんて何もしてないだろ?」
「何を言うか! うちから客を盗っているじゃないか! それを営業妨害ってんだよ!」
「客は少々借りたがその日のうちに返してるだろ? ノアの店の後は皆その足でヤドリギに行くって言ってたぜ?」
「な……確かに返って来てはいるが、ノアの店で食事を済ませて来たからって言って食事を注文しない客ばっかりだ!」
「でもその分、酒の注文が増えてるだろ? サービス料もあるし売り上げ落ちてないだろ?」
「な……確かに売り上げは変わってない! むしろ増えた! しかし、困るんだよ!」
ヤドリギの売り上げは以前と変わらないのに、店主は何かに困っているらしい。すきっ腹にお酒を飲むとすぐ酔っぱらってしまうけれど、何かを食べてから飲むと酔いにくくてたくさん飲めるとケンが言ってた。だからヤドリギのお酒の売り上げは上がっていると予想している。
「店での会話もノアの料理や催しの話ばっかりだ! 他の店の話を堂々とするなんて、営業妨害だろう!」
「そこは話のネタが出来て、毎日代わり映えしない話を聞かされてた令嬢からしたら変化があっていいんじゃないか?」
「な……確かに令嬢たちは嬉しそうに聞いているが、だが! 困るんだ!」
尚も困る困るとヤドリギの店主さんは喚いていたが、結局何に困っているかをケンが誘導尋問のようにして導き出した。こんな時、私は役立たずだ。銀太やレオさんも然り。フレデリックさんは混ぜるとややこしくなるからイカの一夜干しを与えてレオさんに睨んで貰っている。
そして誘導尋問の結果、ヤドリギの店主さんのバックにはあるお貴族様がついていて、そのお貴族様から注意を受けた事が分かった。ヤドリギのお店の方針変更もそのお貴族様が絡んでいて、店主さんは頭が上がらないという。平民だから元々貴族には物申せないけれど。そのお貴族様はノアの店の繁盛が気にくわないらしく、ノアの店に入る収益もヤドリギで回収するように店主に言ってきたらしい。
「でもノアの店もヤドリギも両方の店で売り上げが上がってるんだろ。ノアの店がなくなったらヤドリギの売り上げも元に戻るとか思わないのか?」
「そうは言っても男爵様はノアを潰せと仰る。令嬢を連れて来てくれたのも男爵様だから歯向かえないんだ。もうどうしたらいいか……」
大人しくなったヤドリギの店主のお悩み相談のようなものが始まってしまった。ますます私の出番がない。
「歯向かえないって分かってるのに男爵の話に乗ったのは店主だろう」
「けど儲け話があるって、令嬢まで用意してくれて断れなかったんだ。今まで通り料理を作っているだけでいいと言われたし……」
「あんた、今まで通りの料理を作っているつもりだったのかい?」
そこでノアの店のため息店主が登場した。奥で聞いていたけれど我慢が出来なくなったみたい。
「ノアの店主? 久しぶりに会ったな。何だか懐かしいよ」
「こっちも懐かしいがそうじゃないんだ、はぁ。ヤドリギの料理の話を聞いて呆れたんだよ。ちょっと前まではお互いに切磋琢磨していたじゃないか。それがどうだい、今ヤドリギに通っている奴らは元から料理をほとんど注文せずに酒ばっかり飲んでるって話だ。ヤドリギは料理を提供する店だろう。そしてあんたは料理人だろう? 料理人としての誇りはどこにやっちまったんだ」
「腕が落ちたのは認めるよ。だが急に客が増えたし、令嬢の管理もしなきゃならん。料理にまで手が回らないんだよ。ワシだって純粋に楽しんでやってたあの頃に戻りたいよ……」
小太りの男性と痩せ型の男性はかつてライバルだった。成功したはずの小太りの店主が肩を落としてしまっている。
「今からでも戻ろうや。方針が変えられないならそれは今のままでもいいじゃないか。ただ、料理に対する情熱は捨てるんじゃないよ。ずっと競い合ってきたじゃないか。これからも競い合いたいと思っているのはうちだけかい? あんたの本分は何なのか、思い出しな」
「戻れるか……? もうずっと手抜き料理ばかりやっていたが。それでもまだ、やれるか…?」
おっさん劇場まで始まってしまった。二人のおっさんは料理人同士の熱い友情みたいな熱演をしていらっしゃる。二人の気持ちは盛り上がってきたようだが、やはりお貴族様からは逃れられずどうすればいいのかと二人して肩を落としてしまった。
「あの男爵様がノアの店を潰すのを諦めて下さるならいいのだが……」
「男爵の名は何という? 俺様が父上に聞いてやろう。男爵など一代限りの者ばかりだ。そんな小者に大きな顔をさせているなど、この街の領主は何をしているのだ!」
突然フレデリックさんがしゃしゃり出て来た。肩までの茶髪を得意気に振り払って格好つけている。左手にイカの一夜干し持ってるけど。
「あっ、そういえばフレデリックさんって侯爵の息子だった!」
「「侯爵?!」」
「いかにも、侯爵家の三男だ。だから卿を付けろと言っているだろう!」
男爵よりも上だという侯爵の登場で、二人の店主は震えあがってしまった。ため息店主は今まで貴族と知らずに手伝わせてしまったと真っ青になってブルっている。それを横目で見ながらケンが言った。
「この街は辺境伯の領地だろう? ルイーズの父親はここで男爵が好き放題な商売をしている事を知っているのか? どこかから令嬢を連れてきて働かせている事も知っているのか? それを突いてやればボロが出るかもしれん。それでもだめならフレデリックを使おう。なんちゃらとフレデリックは使いようって言うし」
「言わないよ……」