第71話 うに
「一昨日は誕生日、昨日はノア開店十周年祝い、今日は子供の成人祝い。明日は『なんでもない日』にでもするか? それにしてもタケは棒読みセリフやめろよな、客にやらせってバレてるじゃないか」
「それがため息店主さんが言うには、評判を聞きつけてノアの店でお祝いをしたいって人がいるんだって。さすが娯楽のない町は噂が回るのが早いね!」
「悪意を感じるぞ。それと都合の悪いところだけ流すな」
海上で魔物退治をしながらイカやタコを捌く。ここ数日はこうしてノアの店の仕入れを担当していた。銀太の聖界は船全体に使えて、波が高くても船は揺れないし魔物以外のサメとか見たことのない生き物が襲ってきても何の被害も出なかった事から、かなり沖へと出て狩りをしている。他の冒険者たちは結界がないから浅い場所でしか狩らないらしい。おかげで魔物狩り放題、食材仕入れ放題だった。
「今日帰ったらご飯炊いてもらってウニ丼にしようよ! 薬草から取れた醤油もまだあるし。いやむしろこのウニここでそのまま食べたらどう? 試しに一口……」
「なっ?! 生で食うというのか?! さすが平民女、何でも食うな! しかし俺様もそのイカというのは触るのは勘弁だが焼いたものはなかなかに美味だと思ったぞ。料理として確立した平民女には褒美をくれてやらんでもない。ギンタが次々と討伐をするから補佐役だというのに懐が潤っている。俺様に感謝すべきだな!」
「フレデリックさんもわけ分かんない事言ってないでウニ食べる?」
「卿を付けろと言っているだろう! フレデリック卿と呼ばんか! ……むぐっ」
ウニをスプーンですくって、喚くフレデリックさんの口に押し込むと微妙な顔をしながらもぐもぐと食べだした。口に入れたものを吐き出すのは貴族として美しくないとか前に言ってたけれど、睨むレオさんが怖いからだと私は思っている。
「……独特の味だが、食べられんこともない。だが異性に手ずから食べさせるというのは感心しないぞ! 貴族の間ではあり得ん事だ。さすが平民女だな! しかしそれを言えばあの店の元貴族令嬢が客に食べさせているというのは未だに信じられん事だが」
「でしょ?! ウニは美味しいんだから! はいもう一口どうぞ!」
「むぐっ……。ふんっ、貴族の俺様に臆する事もないとは……おもしれー女」
そうだった、私はこういう残念な男にモテるんだった。
冒険者組合にドロップした石と普通の魚だけ渡すと、軟体動物や気持ち悪い系の海の食べ物はノアの店へと持っていく。そこには街中でスリをしていた子供たちが手ぐすねを引いて待ち構えていた。
「おにいちゃん遅い! 今からさばいてたら昼飯にまにあわないだろ!」
「パンやコメだけじゃ腹は膨れないんだよ! 早くタコくれよ、かるぱっちょにしてもらうんだ!」
「ボクはエビを入れたぴらふを作ってもらうんだ! 殻剥くから早くちょーだい!」
「遅いから冒険者組合から捨てられるイカかっぱらってきた!」
わいわいと子供たちが群がってきて、私達の手から軟体動物を奪ってノアの店の裏口へと入っていく。初めは気持ち悪がっていた子供たちだったが、すぐ慣れた。子供の順応能力は凄い。
ノアの店を復興するために、私から財布ごとお金を取って行った子供たちを利用できないかとケンが言い出し子供たちの居場所を突き止めた。意外にも街の人達は子供たちの事を容認していて、ため息店主もねぐらを知っていると言っていた。
あのスリの子供たちはお金を取られても困らないような見た目の旅人からしかスらないらしい。普段は魚を釣ったりなどして食に困っていないが、たまの贅沢としてスったお金をお肉などに変えているという。街に住む平民は被害に遭わないし、街の経済も回るから黙認しているそうだった。私の取られたお金が経済を回すならそれでいいよ……。
「お前達今日は全員来てるんだな。もう阿呆な旅人はいないのか?」
「ボク達、グニグニした食べ物にハマってるんだ! 肉はこの前おねえちゃんがくれたお金でいっぱい食べたし!」
「ここでちょっと手伝っただけで食べものが貰えるからみんなこっちに来てるよ!」
「自分たちの食べてる物がこの気持ち悪いやつだって知った時のあいつらの顔を想像するだけで……ふふふふ」
「逃げたらそのでかい男の人とちっこい男の人がどこまでも追いかけてくるし……」
スリの子供たちに復興を手伝わせるために銀太とレオさんが活躍してくれた。街の人みんなが知っているという子供たちの秘密基地へ行き、スったお金の分の働きをしてくれとケンが交渉した。あんまりお金持たせてもらってなかったけど、あの巾着には日本円にしたら数万円くらい入ってたんだよ。全部銀太が魔物討伐したお金だけど。
逃げ出そうとした子供は銀太とレオさんが追いかけては連れ戻し、追いかけては連れ戻しとしていた。ちぎっては投げちぎっては投げみたいな感じだった。あと銀太は走って追いかけているはずが足音がせず無表情で、逃げる子供の背後にスーっと近づいて捕まえていた。追いかけられる方からしたら恐怖だと思う。
ねぐらもバレているし逃げても連れ戻される。観念した子供たちは捌く作業や演奏やサクラ行為などを数日間限定でやってくれることになった。歌や演奏は楽しそうにやってたけど。
「おやあんたら戻って来てたんかい。白ご飯が炊けてるよ。あんたらも子供たちも食べるからもう貰った米がなくなりそうだよ、はぁ」
「お米がなくなっちゃう!? じゃああの村に戻ってまた買ってこなきゃだね! ついでにもう少し戻ってシモンさんとソルさんの顔でも見に行く?」
「タケはこの街に来た目的を思い出そうな」
ため息店主はため息がもはや癖になっているようだった。表情は生き生きとしているのにため息をついていた。初日にサクラを仕込んだ誕生日イベントを仕掛けたところ、思ったよりも上手くいってその日の売り上げは久しぶりに黒字になったという。材料の仕入れが廃棄予定のイカタコだし無料だから、振る舞い酒を配っても利益が出たらしい。
二日目も同じようにサクラを仕込んだイベントをしてみると、お客さんから明日は何をするのかとかまた寄るよといった声が出るようになり、ため息店主はたいそう喜んでいた。子供たちの歌や演奏の腕も日に日に上達している。サクラの演技も上達している。サクラとバレているけど。
元来自分の作った料理を美味しく食べてもらう事に喜びを感じていた店主は、黒字が出なくてギリギリでもいいからお店を続けたいと言っていた。だから黒字は誤算らしいけれど表情は明るい。
「この街に来た目的ってなんだい? あんたら何かしにこの辺にきたんか?」
「俺たちは百年前の魔王討伐の時の聖女と勇者について聞き込みにきたんだ。店主何か知らないか?」
「魔王? ううむ、そういった話はこの辺では聞いた事がないような。魔王とか聖女は伝説のもんじゃないのかい? 百年前に何があったんだい、はぁ」
「ええっ聞いた事もないの? 店主さん移り住んできた人とか? 海の向こうに魔王がいるんじゃないの?」
「うちは代々この辺りに住んでてかなり長いよ。しかし親からもそういった話を聞いた記憶は……」
ため息店主さんは魔王自体を知らないような言い方をする。聖女様と勇者様はこの地から海を越えて魔王討伐に行ったんじゃないのか。遠くに住んでいる西部辺境のカルロスさんやシモンさんは知っていたのに、当事者らしき人達は知らないというのは謎だ。
「なあ、おかしいと思わないか? 聖女と勇者に近かったはずの人達がこぞって知らない覚えてないと言う。辺境伯息子のルイーズや第一王子だってそうだ。第一王子は俺たちが辺境へ行きたいと言った時になぜ辺境かと不思議がっていた」
「よく考えなくてもおかしいよね。魔王復活を前に聖女様が現れて勇者召還をしたっていうのに、魔王の居場所すら知らないって」
「……もしかしたら! なあ店主、じゃあ聞き方を変える。この街から船に乗って海を渡ったとして、一番近くには何がある?」
「そりゃあ大きな島があるよ。人も沢山住んでるって聞く。人なのかどうか、肌は黒くて頭に角みたいなんが生えてるとも聞くがね、はぁ」
「カーラさんが言ってた魔王だ! 沢山いるなら魔族とか? 店主さん魔王の事知ってるじゃないの!」
「ええ? 島の人達が魔王なのかい? 見た目は黒くて恐ろしいが悪さはしないって聞いたんだがなぁ」
どういう事なんだろう。魔王について聞いても知らないといった店主が、聞き方を変えただけでスラスラと答えることが出来ている。ケンを見ると納得のいったような顔をしていた。
「聖女のスキルが関係していると仮定してみた」
「治癒能力……じゃないほうの魅了能力のこと? それって聖女様の周りのイケメン男子が聖女様のいう事何でも聞いてたってやつ? 第二王子は治ったんだっけ」
「そうそれだ。魅了の他にも認識阻害のような効果もあった。第一王子は聖女のする妙な行動を自然と認識していなかったと言っていた。……例えば、百年前の聖女も同じような認識阻害のスキルを使えたとして、この街の人や重要人物に対して魔王の事を認識から外すようにスキルを使ったとする。すると今のような妙な状況にならないか?」
フレデリックさんが、第一王子だと?王子と知り合いとでもいうのか、貴様らは何者なんだと背後で喚いているけど気にしない事にした。銀太は黙々とウニ丼やカルパッチョを食べている。お気に召したようでパイだなんだと言わなくなった。
そして私達はフレデリックさんの騒がしさも気にならないほどの重要な証言を得られた。ケンの立てた仮定で、今までもやもやしていたこの気持ち悪さに説明がつくような気がする。レオさんの近所のおばあちゃんがボケている時にだけ聖女様の事を話してくれたのも、ボケている時は認識阻害をすり抜けたからではないか。第一王子は私の能力を混ぜ込んだ水で阻害が解けたし、同じ方法を使ってこの辺りの人に話を聞いてみると詳しい話が聞けるかもしれない。