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第70話 (閑話)ある冒険者の呟き

 さて今日も『ヤドリギ』に行くか。

 海上での魔物退治はなかなかに難しくて気が乗らないものだったが、依頼料が上乗せされるから金の為に仕方なしにやってた。それほど大きな魔物を倒さなくとも依頼料が出るから、たまにこの辺りに来て海で魔物を狩っていた。


 だが『ヤドリギ』が出来てからはもうずっとこの辺りにいて、宿も長期滞在で申し込んだ。街の中心部にはこんな店ないからな。


 今日はどんなご令嬢が付いてくれるだろうか。貴族のご令嬢と近くで話せるなんて、これまで生きてきた中で経験した事がなかった。長くてサラサラとした髪も透ける様な白い肌も、町娘には絶対に居ない。いつも思わず触りそうになるが、小太りの店主が素早く割り込んでくる。


 店の列に並んでいる時に他の奴らが話していたのが聞こえたが、ご令嬢と仲良くなればあわよくば店の外へ連れ出したり、交際できるのではないかと言っていた。それを聞いてからますます『ヤドリギ』に通うようになった。


 料金が高いのはもう慣れた。料理も酒もべらぼうに高いし、追加料金も高い。でも酌をしてもらわなければあの店に行く意味がない。何匹か魔物を倒して『ヤドリギ』にそれをつぎ込む。魔物を倒す時の話は、ご令嬢にもよるが喜んで貰えるから一石二鳥だ。



 見慣れた行列にいつもの様に並ぶと、なんだか様子がおかしい。いつも静かに並んでいる奴らがざわめいていた。並んでいる時に煩くすると、小太りの店主が飛んできて注意されて来店拒否されちまうから大人しくしているっていうのに。


 そうか、いつもと違うのは向かいの店だ。確か『ノアの店』だったか。何度か食べに行った事もあって美味かった記憶があるが『ヤドリギ』が出来てからは行ってないな。もう行くつもりもないが……なんだ? 窓と出入り口の扉を開け放って何をやるってんだ。



「記念日だからお祝いだって!」「ふるまいざけが貰えるらしいぞ」「盛大にお祝いするんだって」「立ち見すれば酒が貰えるらしい!」「見た事のない食べ物もらっちまった」


 どこからともなく誰かの言葉が飛び交う。列の前のほうを見ると、子供が何かを配って歩いている。さっき聞こえた見た事のない食べ物とやらを配り歩いているようだった。すぐにオレの目の前に子供がやってくる。このガキはスリの常連と顔が似てるな。しっかりと見た訳ではないし、そんな奴がこんな事をしてるわけもないが。


「しきょうひんですー。無料ですー、どうぞー。そのまま手で持って食べて下さーい。噛めば噛むほど味がでてきまーす」

「何だこれは? 白と赤でぐにぐにしてるし変な匂いがする。食いもんなのか?」

「はい、ノアの新しい商品です。今日は記念日なのでタダで配ってまーす。さっきボクも食べたけどおいしかったです!」

「そうか、なら貰っとくけどよ……」

「その食べ物には酒が合います。今からノアの店でお祝いをするので、店内で立ち見をするとお酒も一杯だけタダでーす」


 子供は白と赤の良く分からないものを数個オレの手に押し付けながらにこやかにそんな事を言う。そうやって『ヤドリギ』から客を奪おうって魂胆か。でもオレはご令嬢の為に討伐に出て稼いで来たんだ。違う事には金を使いたくない。


「オレはもうこっちに並んでるんだ。そっちの店に行く気はないぞ」

「この列、どれくらいかかればお店にはいれるんですか? 立ち見は無料だしお酒ももらえるし、ちょっとだけノアの店に顔を出してからすぐに並びなおせば時間のせつやくになりませんか?」

「節約…? うーん、言われてみれば待ってるだけよりもタダ酒を貰った方が……」


 ガキに説得されるというのもどうかと思ったが、確かに並んでる間は暇だ。そうこうしているうちに周りからも少し抜けて見てくると声が上がり出した。何人かで来ている奴は相談して、誰か一人をその場に残して順番を取られないようにしてからノアの店に向かったりしている。俺は一人で来ちまったし、抜けられないか……。



「お兄さん、良かったらワタシが代わりに並ぼうか? ワタシまだお酒飲めないから待っててあげるよ。でもその貰ったやつ、一つくれない? 何個か貰ったでしょ」


 小さな女の子が声をかけてきた。言われて手の中を見れば、さっきガキに押し付けられた赤と白の良く分からないものが三つある。この子はコレが欲しいのか? そんなに美味い物なのか? しかしタダで貰ったもんを渡せば代わりに並んでくれるというならくれてやろう。


「よしじゃあ二つやるから絶対にここから離れないでくれよ。酒だけ貰ったらすぐ戻るから」

「うん、まだ進みそうにないしゆっくりしてきてね」



 女の子をその場に残してノアの店の店内に入った。店の入り口側がいっぱいになったあたりで、ずいぶんとでかい男が酒を配り始める。低い恐ろしい声で合図があるまで飲むなと言われたので、手の中の酒の匂いを嗅いだりして待つ。白ワインのような匂いだった。


 配られた赤と白の食べ物は食べるなと言われてなかったから、端の方を(かじ)ってみる。ぐにぐにとした食感で嚙み切れない。本当に食べ物かと思いながらも手で持ちながら奥歯で噛み続けていると、じんわりと味が染み出てきた。そういえば配っていたガキが嚙めば噛むほどとか言ってたな。これはそういう食べ物なのかもしれん。


 見れば周りの男たちも同じように貰った赤と白のものを齧っていた。この染み出てくる何とも言えない味は酒が欲しくなるな。配られた白ワインはもしかするとこれに合うんじゃないか。あの大男が怖いから誰も飲んでないが早く飲みたいぞ。


 ジリジリと酒を見つめて待つことしばし。急に楽器が鳴りだし、そこら中にいた子供たちがゆっくりと歌い出した。店内にいつの間に子供が入り込んだんだ。この店は子供を雇っているのか?



「はっぴばーすでーとぅーゆー。はっぴばーすでーとぅーゆー…」


 音の鳴るほうを覗き込むと数人の子供が楽器を弾いていた。貴族の店で売ってるような豪華なもんじゃなくて質素で手作り感が出ているがきちんと音はなっているし、何人かで色々な種類の楽器を弾いているから聞いていて心地よい。貴族の夜会では音楽の演奏もあるらしいが、平民の店で聞けるとはちょっと得した気分だ。



 歌声と共に店の奥から店主らしき痩せ型の男が皿を腕いっぱいに乗せて持ってきた。皿の上には料理はもちろん、なぜか大量の花で盛りつけがされている。遠目で見ても分かるほど華やかな皿だった。


「はっぴばーすでー、でぃあー、ミーズノー。はっぴばーすでーとぅーゆー……」


 店の真ん中の椅子に座っていた小柄な黒髪の女の前に、華やかな皿が並べられる。女の背中しか見えないが動きが大きく、喜んでいるのが伝わって来た。


「本日はミズノ様の誕生日ですので皆様を巻き込んでお祝いをしました。さあ皆様、お手元のお酒をどうぞ召し上がってください。そちらはうちの店からの振る舞い酒です。では、乾杯!」


 店主の声掛けで、周りの男たちが一斉に酒を飲み始める。みんなこの赤と白のやつを齧る事で酒に飢えてらしい。予想通り酒に合う。ぐにぐにとした食感も少しすれば慣れてきて、染み出てきた味が残っているうちに酒を飲むと美味い事に気づいた。あの女の子に二つも渡すんじゃなかった。


 その間も聞いたことのない音楽は演奏されているし、その優雅な雰囲気の中、小柄な女は料理を食べ始める。



「うわー! これ初めて食べた! なんていう料理なの?! すっごくすっごくおいしい! お酒にもあうね! えっ? こっちもとってもおいしい! これも初めて食べる食感だ! ねえ店主さん、これなんなの?!」

「そちらは皆様に試供品でお配りしたものと同じ素材を使っております。原材料は企業秘密ですが、お気に召したようでしたら本日限りで通常価格の半額でお作りしましょう」

「ええっ半額?! こんなにおいしいのに、今日だけ半額?! これはもう一皿注文するしかないね! こんな幸せなのはじめてー!」


 小柄な女と店主のやり取りにごくりと喉が鳴る。この酒に合うやつと同じ素材で作られた料理だと? 皿の上の花に囲まれたその料理は手元のそれとは見た目は全く違うが、白くキラキラと輝いているようにも見えて美味そうだ。酒はもう飲んじまったが、半額ならあの一皿だけここで食べて行っても……いや、金は『ヤドリギ』で使うと決めたんだ……



「なああの店に行く前に一皿だけ食べて行かないか? あの店料理はそんなにだろ」

「ヤドリギは料理があんまりだからいつも一品しか頼まないし残しちまう。ここで腹ごなししていくのはどうだ?」

「半額なんだし、ちょっとくらい食べて行ってもいいんじゃないか。どうせあっちでは酒ばっかりだし」

「腹が減ってる時に酒を飲むと酔いが回りやすいって聞いたぞ。だからいつも制限時間が来る前に酔っぱらって追い出されちまうんだ」


 周りの声に、それもそうかと思う。どちらか一方ってわけじゃないんだ。あとで『ヤドリギ』には戻るし、そこでいつも通り酒を飲めばいい。ここではタダで酒を貰ったというのもあるし今日だけ半額というのも大きい。この店は元々かなり安いようだし、それが半額だと実質タダみたいなもんだ。



 そうしてオレは誘惑されるままに席に着き、小柄な女が食べていた料理全てを注文する事になる。最初は一皿だけと思っていたがあまりに美味くて女が食べていたものは全部注文してしまった。しかし後悔はしていない。



 次からは『ヤドリギ』に並ぶ前にここで腹ごしらえしてから並んでもいいかもしれんな。食べてからだと酒も多く飲めるかもしれんし、その分令嬢に酌してもらえる。冒険者組合で知り合った『ヤドリギ』に通っている連中にも教えてやろう。



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