第68話 捌く
「本当に元伯爵令嬢があんな店で働いてるとはね。他に働いてた女の人達も望まずにあの仕事をしてるのかな。楽しそうに働いてる人もいるように見えたけど。あのヤドリギの店主はどこからティナさん達を探して連れて来たんだろう。元は平民らしいし伝手とかないよね」
「ティナもそうだけどさ、あの店に俺らの知ってる奴がいたぞ」
「え? だれ?」
顔を上げると、イカを捌いていたケンと目が合った。見慣れてきたが相変わらずイケメンで、少し伸びた黒い前髪が顔に張り付いていて妙に色っぽい。銀太もその銀髪が伸びていて、元々少し長めだったから肩につきそうになっている。肩の上で切り揃えたらフレデリックさんと色違いになってしまいそう。
「米を売ってた村で会った令嬢が働いてた。米を家畜の餌とか言って、父親が確か伯爵とか言ってたような気がする」
「ああ! ケンと銀太を連れて行こうとしてた女の子かぁ。あの時刃物突き付けられて怖かったんだよね。ケン守ってくれないし。銀太だけだよ、私を守ってくれるのは。で、その女の子があの店にいたの? あの子が働けるの?」
今日は朝から海上の魔物討伐に来ている。聞き込みはどうしたとかそういうのは後回しでいい。辺りを散策してみた所、宿の近くに冒険者組合の支部があった。海の上にも魔物が出るらしく冒険者は小舟に乗って討伐に行くという。
足場が悪いし倒してドロップするのも魚介類ばかりで人気のない狩場らしい。けれど定期的に討伐しないと魔物が街に近づいてくるから依頼料が上乗せされて冒険者が派遣されるという。
鯛とかハマチなどの美味しい魚がドロップすれば組合に買取して貰えるけれど、イカとかタコとかクラゲとかが出ても誰も食べないから廃棄されてしまう。そんなの勿体ない、ということで冒険者組合から小舟をレンタルして討伐に来てみた。小舟は帆とプロペラがついているようで、仕組みは良く分からないけど動く。でも地球で動いている船だって仕組みは分からないし、人が造るのだから行きつく先は同じだと思う事にした。冷蔵庫が出来るのももうすぐかな。
討伐に関しては冒険者登録はしているし、中級冒険者のレオさんとフレデリックさんを補佐役にしたらすんなりと許可が貰えた。フレデリックさんこんなのだけど貴族出身で中級冒険者になるまで頑張ったのはすごいと思う。中級冒険者になるまで性格がそのままなのも凄いと思う。
「あの女、昨日はおっちゃんの相手してて嫌そうな顔してたぜ。父親に勘当されるみたいな流れだったけど本当に辺境に来て平民の店で働いてるとは思わんかった。あんなのでも貴族の令嬢だから平民には大人気なんだろうな」
「という事はあのお店は本当に元令嬢たちの集まりなんだね。料理の美味しいノアの店が潰れて、美味しくないヤドリギが生き残るのはなんだか微妙だね。他にはこれといって飲食店なさそうだし」
魔物が遠くに見えると船を寄せて銀太が戦う。レオさんとフレデリックさんも後方から見守っているが銀太は特に危なげなく討伐できていた。聖界があるからか船は揺れないし足場が悪いとかそういうのも関係ないようだった。全然訓練になってない気がする。魔物を倒すとやはり不思議な色合いの石と魚介類をドロップするので、買取してもらえそうな魚はよけておいて廃棄される軟体動物をその場で捌いていた。ちなみに小さめの魔物でも黒い靄が破裂するとドサドサと魚介類が落ちる。大漁だ。
ケンがイカの内臓を取り除いてくれて、私が外側の食べられる部分を洗ってから塩水に漬けていく。しばらく漬けたら日光で数時間乾燥させてその後火で炙ればおいしくいただけるらしい。その場でのお刺身を希望したけれどアニサキスがこわいから、薄く切れる道具や人が見つかってからと言われてしまった。私の能力で寄生虫がどうにか出来るかどうかも実験できていないから冒険はできない。
海上が人気のない狩場というのは本当で、街に被害が出ない最低限の魔物を間引いている感じがする。少し陸から離れたら結構な確率で魔物に遭遇し、その都度銀太が高速斬り込みをして倒していった。
「血抜きをしてくれるなら魚の内臓も食べやすいように抜いておいてくれたらいいのにね」
「やはりギンタは腕利きであったか。俺様と互角か? いや俺様は経験を積んで中級になったのだ。それにしても貴族で腕利きだというのに名が知れ渡っていないとは。どこかの家で隠匿されている存在なのか? おい平民男、次はどちらの方向に魔物がいる? 次は俺様が倒してやろう。平民どもは黙って見ているが良い!」
銀太が次々倒すとイカタコの他にウニとかも出てきたのでケンが器用に中身をくり出す。ウニに口があることを知らなかったから感心してしまった。作業をする私達にフレデリックさんはそれをどうするのかと何度も聞いて来て、気味悪そうに距離を取って眺めている。レオさんも同じような目で見てくる。銀太は私達のする事にもはや抵抗を示さなくなっている。見た目は気持ち悪くても美味しいんだからね。
「ウニは白ご飯の上に乗せて丼にしたいし、イカも乾燥できたら焼いて食いたいな。小舟の上じゃ危なくて無理だし宿も煙が出て無理だから……昨日のノアの店で炙ってもらおうか! あの店なら暇そうだし頼めば米も炊いてくれるかもしれん。今日の討伐料入るから作業代渡してもいい」
「でもこの見た目だと嫌がられるんじゃない? イカとタコの本体はどう見ても魚じゃないし足は吸盤あるし。私、足のほうが好きなんだけど」
「そうだなあ。そしたら体の部分は小さく切り分けて、足は吸盤が分からないように刻むか。銀太、全体を刻んでくれないか? こう細長くなるように。大きい吸盤はそぎ落としてくれ」
「まかせろ」
銀太はさっきまで魔物を倒していたレオさんの大剣で器用にイカを刻み始めた。レオさんがショックを受けたような顔をして眉を下げて見つめている。自分の剣が軟体動物を刻むのに使われてショックなのだろうか。私も小型ナイフで刻むものだと思ってた。魔物を斬った剣で魚刻むのってどうなんだろう。