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第66話 ノアの店

「あの店すいてそうだから入ろうぜ」

「向かいのお店の方が繁盛してるみたいだけど、すいてる方に入るの?」

「なんだこの質素な店は! 俺様にこのような廃れた店で食事をしろとでもいうのか? このような外観で食事を提供しているとはさすが平民の店だな! 高級な店しか利用しない俺様からしたらこのような店で食事をするなど言語道断!」

「ラーメン屋だってさ、客が入ってなさそうな店こそアタリだったりするだろ。実はこういう店のほうが美味かったりするんだよ」


 通りには飲食店が二店舗、向かい合いように建っていた。片方はフレデリックさんの言う通り質素で何となく廃れた感じがしていてお客さんも入っていないようだった。対する向かい側のお店は質素さは同じようなものだったが何故か人の列が出来るほどに繁盛していた。


 すいているノアの店と書かれた店の扉を押して店内へと入る。通りに面した窓は大きく作られており、陽の光が差し込んでいた。店内は明るいのに廃れた感じがするのはなぜだろう。テーブルも多くあり大人数で食事が出来そうだったが、人はパラパラとしか入っていなかった。


「いらっしゃい。好きな席に座っとくれ。注文が決まった頃に聞きに来るよ、はぁ」


 店主らしき初老の痩せ型の男性がため息をつきながら話しかけてきた。お客さんにそんな態度で大丈夫か。メニューを見てみると、品目は多くなくどれも魚料理だった。この街では恒例の肉野菜スープから解放されそうだ。


「煮魚に焼き魚に照り焼き、香草焼きとかアクアパッツァみたいなのもあるな。タケどれにする?」

「オシャレだね! 一通り頼んで分け合わない?」


「平民は食べ物を分け合って食すというのか? そんな事せずとも全て人数分注文すれば良かろう。食べたい物を全て揃え食べたいだけ食べるのは貴族として当然の行いだ。そもそもこのような店で俺様が我慢してやっていることを忘れていないか? これだから平民は!」

「…………食事を残すのは許さん」

「ヒッ……あっ余れば先ほどの孤児にでも分けてやれば良いだろう。この女は施しがしたいのだろう?」


 フレデリックさんが文句を言い出し、レオさんが睨んで黙らせるという構図が確立されつつあった。フレデリックさんはレオさんに任せておこう。何でこの人ついて来るんだろう。あ、護衛か。


 品数が少なかったのですべての品をため息をつく店主に注文する。デザート類はなく銀太が不満そうだったが、それは後で売ってそうなお店を探そう。



「おまたせしました。熱いうちにどうぞ、はぁ」


 しばらく待つとため息店主が食事を持って来てくれた。調理と給仕の両方を一人でやっているようだった。だけど食事は全て湯気が上がっていて作り立てで美味しそう。熱々で美味しそうな食事を前に言葉はいらない。冷めないうちにとせっせと取り分けてさっそく頂く。焼き魚にナイフとフォークというのも妙な気がしたけれど気にせず頂く事にする。


「この焼き魚、身がホクホクしてて凄くおいしい! ホッケかな? 形は違うような気がするけどホッケの味がするよ、ケン食べてみて!」

「ちょっと待て俺はこの照り焼きを食べてるんだ。何でこんな美味くなるんだ? みりんもあるのか? やっぱ川魚とは違うなあ」

「うまい」


 銀太は恒例の高速な動きで目の前の魚料理を片っ端から食べ尽くしている。ご飯じゃなくてパンが付け合わせにされているのだけが残念だけど、ハーブや調味料がいい塩梅で使われていて全ての料理がとても美味しかった。この調味料などはあの孤児院産だろうか。


 廃れているとはいえ宿屋についているような食堂とは違い、お金を取るだけはある完成度の高い料理ばかりだった。このお店お客さんあんまりいないし、持ち込んだお米を炊いてもらう事とかできないかな。一見さんじゃ無理か。


「ギンタよ、そのように平民と食事を分け合うのは感心しないぞ。貴族としての誇りがあるだろう。俺様とギンタはこやつらのような平民とは違うのだから分別をだな…」

「…………あちっ」

「おいレオ早く食べろよ。熱々が美味いんだから。俺がふぅふぅしてやろうか? フレデリックのも俺がふぅふぅしてやろうか?」

「なっ! 貴様! 無礼だぞ! それくらい自分でできるわ! それに卿を付けろと言っているだろうが!」


 フレデリックさんは騒ぎながらも注文した料理を文句も言わずに平らげていた。その高貴なお口に合ったみたい。私達が食べている間にも、このノアの店にはお客さんがあまり入ってこなかった。お昼のかきいれ時なはずなのにこの辺りではこんなもんなのかなと窓から向かいのお店を見てみると、そこには先程よりもさらに伸びた行列があった。並んでいるのはこの辺りに住む人達だけかと思ってたけどよく見ると武器や装備を持った冒険者のような人たちも並んでる。


「ねぇこのお店こんなに美味しいのになんでお客さんが少ないんだろう? 向かいのお店は繁盛してるみたいだけど、このお店の料理より美味しいのかな? メニューが違うとか、ターゲット層が違うとかかな」

「……そうだな、当事者に聞いてみようか。おーい店主!」


 ケンの呼びかけにため息店主が近くまで来る。トボトボと歩いてきてやっぱり覇気がない。


「どうされましたか。料理の腕には自信があるつもりだが何か問題があったかね、はぁ」

「いや料理はすげぇ美味かった。だからこそ聞きたい事があるんだ。なんでこの店は流行ってないんだ?」


 ケンがストレートに質問をする。初めて来店した客に不躾な質問をされて店主は戸惑っているようだった。


「なんだいあんたら褒めてんのか貶してんのかどっちだい。うちも前はそこそこ人が入ってたけど向かいの店がやり方を変えてからずっとこんな状態だよ。美味いと思うならあんたらが毎日来ておくれよ、はぁ」

「やり方を変えた? どんなやり方だ?」

「どっかからお貴族様みたいな綺麗な女を連れて来て、客に酒を注いだりさせてるんだとよ。前まではうちと良い意味で客を奪い合って、料理だってお互い切磋琢磨してたもんだがなあ、はぁ」


 ため息店主は暇だからか、私達の遠慮のない質問にも答えてくれた。その間にもノアの店にお客さんは入らず、向かいのお店の行列はゆっくりと消化されていっている。ため息店主の話によると、数カ月前に急に向かいのお店の方針が変わり、それまでは立地が向かい合わせという事もあり純粋に料理の腕で競い合ってたはずが、貴族令嬢のような美しい女性を雇い始めて変わってしまったという。追加料金を払えばその美しい女性が席に来てお酌をしてくれたり、話し相手になってくれたりすると噂らしい。


 年頃の平民男性ならば、いや年頃でなくても男性ならば、普段は触れ合うことも出来ないような綺麗な女性と話が出来るという素敵なオプションは追加料金を払ってでも受けたいサービスらしい。そういったお店は他にもある事はあるけれど、貴族令嬢のように美しい女性が働いているという店は聞いたことがないという。


「キャバクラじゃん」

「貴族の令嬢がそのような事をするはずがない! 店主! その噂は誠か? そもそも貴族の令嬢というのが間違いではないのか? 俺様の知る貴族の女は、傲慢で人に(へりくだ)る事など絶対にしない高飛車な女ばかりだぞ! このような平民の飲食店で働くというのも論外だ!」


 高飛車なフレデリックさんがその噂に異を呈す。改めて向かいのお店の行列を見てみると、店主の言葉通り男性ばかりが並んでいた。高校生くらいの若い男性から初老の男性まで幅広い年齢層が、長い行列に大人しく並んでいる。先ほどから進みが遅いと思っていたけれど、なるほど昼間でもお酒を提供していてお酌やお話をしているから遅いのか。あの人たちは待ち時間を覚悟して並んでいるのか。


「ならさ、この店も同じように貴族の令嬢を連れて来て接客させたらいいじゃないか。真似したっていいんだろ?」

「うちだって出来たらしてるけどね、そんなに簡単にお貴族様のご令嬢が転がってるわけないよ。町娘の容姿だとあんなに寄り付かんし。あっちの店主もうちと同じ平民だったはずなのにどこから連れてきたのかもわからん、はぁ」


 ため息店主は尚もため息をついていた。このままではお店を閉める事になりそうだとも言っていた。初めて入ったお店だけど、料理は素晴らしいものだったのでそれが途絶えてしまうのは勿体ない。



 ケンが噂を確かめたいというので、夜に向かいのお店に行ってみることになった。銀太とフレデリックさんは行列に並ぶのを嫌がりレオさんは女性と話すのが苦手だからと嫌がったけど。私も女性なんだよ……。


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