第62話 おばあちゃん
「なんだいユリウスお友達かい。人見知りするあんたが珍しいね。あんたら朝食を食べていくかい? ユリウスの貴重な友達なんだから遠慮することもないさ」
「……おばあちゃん、もう夕方だろう」
「なんだいアタシが用意してやるって言ってんだ。黙って食べて行けばいいんだよ。昨日沢山買い物をしてきたからね。腕を振るってやるさ。ほらあんたら突っ立ってないで早く家に入りな!」
おばあちゃんはレオさんの姿を見るなり陽気に話しかけてきた。自己紹介とかもまだなんだけど。レオさんは困ったように低く優しい声で諫めているが聞いてもらえてない。
「ユリウスって誰?」
「…………自分の父だ。既に亡くなっている」
「ばあさんボケてんのか?」
「なんだいあんた失礼な奴だね! アタシゃまだ耄碌しとらんよ! さっきだって毒消し草を沢山作って治療院の奴らに褒められたってもんだ」
おばあちゃんはプリプリ怒りながらも家に入って行って朝食の支度を始める。私達お昼ご飯食べたしもうお腹いっぱいなんだよ。言われるままに小さな家に入りそれぞれ椅子に腰かける。
「なんでレオさんの事をユリウスって呼ぶんだろう? どう見てもユリウスって顔じゃないよね。それを言ったらレオナルドって顔でもないか! アハハ……」
「俺は知らんぞ」
レオさんにギロリと睨まれて私の顔が引きつる。人を見かけで判断してはだめなんだよごめんなさい。おばあちゃんは何やらバタバタと用意をしてくれていたけれど、結局出来上がったのは一人分の食事だった。私達が見つめる中、楽しそうに話しながら一人で朝食を食べ始めるおばあちゃん。
「本当にボケてんのか? これで薬草の加工とかできんのか? 生活すら出来んレベルじゃないのか」
「待って、ボケてるとしたら認知症って事だよね。認知症は脳の病気って聞いた事があるからそれを治すイメージで……」
「なんだいあんたら失礼な奴だね! アタシゃまだ耄碌しとらんよ! さっきだって毒消し草を沢山作って治療院の奴らに褒められたってもんだ」
さっきと同じセリフを言うおばあちゃんの背後に回り、頭に手をあてて念じてみる。認知症って治るんだっけ?そもそも状態異常なのかな。看護師さんの話では進行を遅らせる薬を飲ませてるって聞いたから根本的な治療はできないのかもしれない。原因にもよるよね。脳梗塞とか起こしてからの認知症とタンパク質とかが増えて起こる認知症があると聞いたような。
頭に手を当てられているのにおばあちゃんは気にもせず陽気に喋り続けている。レオさんはこの近くに住んでいて小さな頃からこのおばあちゃんの世話をしてきたらしい。おばあちゃんはレオさんのお父さんの世話をしていると思ってるようだけど。こんなに一方的に喋る人が近くにいると、レオさんが無口になるのも頷ける。
手が温かくなり、おばあちゃんの頭部が光り出した。反応があるという事は何かが悪くなっているという事だ。光っているというのにおばあちゃんは気にせず元気に喋っている。
「おや何だか暖かいね。レオナルド、そちらはお友達かい? なんだいあんたら腹減ってないんか? あんたらの食事も用意してやるからちょっと待ってな」
「…………今の光は何だ?」
「正気に戻ったっぽいね! これで話が聞ける」
おばあちゃんがいそいそともう一度食事を作り出し、今度は人数分が出来上がった。見た目に変化はないし喋り方も変わらないから分かりづらかったけれど、レオさんが言うにはかなり調子が良くなったらしい。最近は今と昔が区別つかなくてユリウスと呼ばれ続けていたそうだった。
「あんたら何かしに来たんかい? ああ毒消しの薬の事だろう。アタシの作る毒消しの薬は評判がいいからね。あれを作る方法は秘伝なんだよ。レオナルドが育てている七色の花の赤い花びらだけを混ぜ込むとあの毒消しの薬が完成するんだ。アタシの最大の秘密だよ」
最大の秘密をペラペラと喋っていいのだろうか。その他にもおばあちゃんは麻痺解除の薬の作り方なども秘伝と言いながら詳しく話し出した。これでは認知症が治っているのかどうか判断がつかない。元々こういう人なのか。
「それでユリウス、腹減っとるだろう。朝食を用意したげるからちょいと待ってな。おやあんたらはユリウスのお友達かい? 人見知りするあんたが珍しいね。あんたらも朝食を食べていくかい」
「なん……だと……」
「元に戻った! なんで? 治るのは一時的なの? そもそも治ってたの?」
おばあちゃんがいそいそとまた食事を作り出したので、その背後をとって頭に手をあてて力を注いでみた。
「おやアタシは何で食事の用意をしとるんだ。さっき食べただろう、うっかりうっかり。ええっとどこまで話したかね。薬草を乾燥させた後の事は話したかね」
「正気に戻った! これで話が聞けるね」
「フラグとしか思えんな」
しかししばらくするとやっぱり元に戻ってしまった。効果は五分くらいだった。
「何ですぐ元に戻っちまうんだ? なるべくしてなったから、か? 老化は治せないのかもしれんな」
「ボケるべくしてボケたってこと? 脳が老化した状態は異常ではないから治らないってことかな。よく分かんないね」
「なんだいあんた失礼な奴だね! アタシゃまだ耄碌しとらんよ。さっきだって毒消し草を沢山作って治療院の奴らに褒められたってもんだ」
「…………それでも一時的にでもおばあちゃんが戻るのは、嬉しい」
レオさんはお父さんの名前で呼ばれて自分を自分と認識されなかったのが辛かったらしい。一瞬でもレオナルドと呼ばれたことで嬉しそうにしていた。
おばあちゃんのような認知症の人が多くいれば、老人ホームみたいなのを建てて保護したほうがいいかと言ってみたが、この世界は平均寿命が短く大体の人がボケる前に亡くなるらしい。このおばあちゃんはかなり長生きで珍しい部類だった。
私が何度も頭に手をあてて光を注ぎ、ケンが質問を繰り返す。聖女様と勇者様の事について聞いていた。タンポポの綿毛の事とかを聞くのかと思っていたけれど、目的は聖女様と勇者様が魔王討伐したその後の事だった。
「確かにこの地へ来たと聞いたことがあるが、アタシが実際見た訳でもないしね。おぼろげに誰かから聞いたことを覚えておるがそれもはっきりとは思い出せん。人間、歳を取るとこういった事が増えて嫌んなるね」
「海に向かったとかそういった話を聞いたことは?」
「ん? あんたはユリウスのお友達かい? そんな話を聞いてどうするんだい。そうだ朝食がまだだったろう。作ってやるからそれ食べながら話してやろう」
「わー戻ったー。私もう疲れたよ」
「どうしたんだいあんた。聖女様の事だろう。海に向かったとは聞いたことがあるよ。魔王があっちのほうに住んどるからね。船を造らせたって話だ。それよりあんたらの食事も用意してやるからちょっと待ってな」
「えっ?! どういうこと?! ボケてる方が詳しい! いやホントの事言ってるのか判断がつかない!」
「なんだいあんた失礼な奴だね! アタシゃまだ耄碌しとらんよ! さっきだって毒消し草を沢山作って治療院の奴らに褒められたってもんだ」
おばあちゃんは何故かボケた状態のほうが聖女様や勇者様についての詳しい話を聞かせてくれた。最近の事は思い出せないのに子供の頃の記憶は覚えているとかそういった現象なのかな。
ボケた状態だとすぐプリプリ怒ってしまうので、なんとか宥めすかして情報を手に入れた。銀太は出されるたびに朝食を平らげていた。