第55話 孤児たち
隣に建っていた建物の扉を押して中へ入ると、シスターとたくさんの子供たちが笑顔で迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。慰問に来られたのでしょうか?」
「こんにちは!」「あたらしいかお!」「だれ?」「ようこそ!」
王都の孤児院とはまるで違う。室内は日光が差し込むように窓が大きくとられ、子供たちに元気がある。赤ちゃんの泣き声があちこちで聞こえるのは同じだけれど悲壮感がなかった。
「はじめまして、慰問にきました。少し見学させてね」
「いいよ!」「ゆっくりしてね!」「ボクのしごとぶりを見て!」「おにわもあるよ!」
人見知りしない子供たちに手を引かれるままに中を案内される。まだ名乗ってもないのだけど……。広い室内には薬草を選別しているらしき集団と、草をぐつぐつと煮込んでいる集団がいた。煮込んでいるのは火を使うからか中学生くらいの子たちだ。
「薬草って煮込むの? 煮てるの薬草だよね? 煎じて飲むと思ってた」
「色が真っ黒でやばいな。これポーションか? ってか何で緑色の草が煮込むと黒くなるんだ?」
「これは草」「やくそうじゃないよ!」「このくろさがいいのだ」「しょっぱい」
煮込んでいた子が私たちに気づき、出来上がって冷ましている方の鍋からスプーンですくって手渡してくれる。シスターもニコニコと見ているので、遠慮せず受け取ってぺろりと舐めると、知っている味がした。
「これ……醤油だ!」
「え、マジで? ちょっとくれ! ……醤油だ。どうなってんだ? 草から醤油? ファンタジーすぎるだろ」
「その草は特殊でして、薬草ではないのですが数種類を混ぜて煮込むと調味料になるようなのです。特定の方々を中心に人気があり、昔から作っているのですよ」
ついて来ていたシスターが教えてくれる。レシピについては昔から孤児院に伝わっており、代々孤児たちが作っているとのこと。行商人が他の街へも売りに行ったりするけれどあまり売れないらしい。海辺へ売りに行くのが一番の売り上げになるとか。醤油は魚につけるのが美味しいから納得できる。スープに入れても美味しいのに。
「醤油の他にも草から何か作れるのか?」
「はい、他には草を乾燥させてから粉にする物や、野菜をすり潰してそこへ草を混ぜ込み数日置いておくと出来上がる物もあります。もちろん薬草はそういった事に使えませんので、それとは別の種類の草を加工しております。今は完成品はありませんが……」
「完成品はどこで手に入る? この近くで売ってる店はあるか?」
「完成したものは商業組合へ納めています。この近くのお店ではあまり売られていないようですし、商業組合がどこへ卸しているかなどは分かりかねます」
ケンの目がキラリと光る。これは商業組合に行く気だ。今日はまだ許可が出ていないから後日になるだろうけど。王都の露店で売ってた香辛料はここで加工されたものなのかもしれないし、私も見に行きたい。
「この作り立ての物をこの場で買う事はできるか?」
「えっと、大量にお渡しする事は出来かねますが非公式にこっそりと……でしたらなんとか」
「言い値で買おう」
その後子供たちに案内されるままに裏庭に行くと、そこでは小さな子供たちがたくさんの武器や装備を洗ったり磨いたりしていた。危なそうな武器は指導役らしき子供が付き添っている。
「この武器は誰の物ですか? まさか子供たちがこれ持って討伐に行ったりするとかですか?」
「いいえ、これらは冒険者組合で貸し出されている武器などです。毎日たくさんの武器や装備が汚れて返却されてきますのでそれを洗ったり磨いたりしています。もちろん修理などはできませんが、ほつれた装備などは縫ったりもします」
「王都の孤児院にも行ったんですけど、そこでは掃除をしたり薬草を納めているだけだったんです。ここではこういった作業もしてるし、草も加工の段階までしてる。納品とか寄付の関係は王都とはまた違うんですか?」
「私はここで生まれ育ったので王都の孤児院の事については分かりかねます。ですが神父様からお聞きしたところ、王国からの寄付金だけでは子供たちの食費などが足りず、領主様が規則の抜け道を探して代々支援を続けてくださっているようです。この作業はその支援を受けるためにしています」
「りょうしゅさま!」「たべものがとどくの」「ろうどうのたいかだ」「しえん!」
王都と比べてかなり緩いようだった。視察に来るにも遠いからあまり来ないのかもしれない。ルイーズさんの家族は辺境だという事を利用して支援しているのだろう。でも子供たちがあんなに痩せ細るよりここくらい元気でいてくれたほうが安心する。
体調不良の子がいたら治したいと思ったけれど、ここには重篤な症状の子供はいなかった。魔物が出る地域だから、子供たちは怪我などしないように街から出ないよう厳命されているらしい。薬草や草も冒険者組合から持ち込まれるから、危険な草を直接触ることもないという。
部位欠損はいるみたいだったけれど、命にかかわるような子もおらず現状困っているわけではなさそうで、目立つとセシリアさんに怒られるし心苦しいけれど何もしないことにした。そのうち、許可が出たらそういった子達を治せたらいいな。
慰問に来たのだからと、今までに歌ったことのある童謡を二曲ほど披露した。ケンはベースを弾きながら歌い、私も結局歌わされる。もうだいぶ慣れてきたけど出来るならケン一人で歌って欲しい。
私の下手な歌でも子供たちは喜んでくれて、また来て欲しいと言われながら辺境の孤児院初回訪問は終わった。