第52話 いのしし
草をかき分け進むと、草の間に佇むようにふわふわとそれは漂っていた。大きさは人間の上半身をまるっと飲み込めるくらい。最初に見学した時に見た魔物よりもさらに大きくなっていた。
「この大きさなら斬り込む時に腕が中に入ります。全身が包まれないように気を付けてください。アタシ達はこの大きさだと組合に助けを呼び行ったり、それか倒すとしたらライモンドの剣が届かないのでグイドとブロンで時間をかけて倒すことになります」
「銀太どう? やめとく?」
「やめるかどうか早く決めてくれぇ! 音がやべぇ! 大きさで比例すんのかコレ?!」
「できる」
「オレ様の出番だぜぇーー! ヒャッハーー!!」
さっきまでぶつぶつ言ってたはずのブロンさんが槌矛を振り回しながら黒い靄に突撃していった。後を追うように銀太も突っ込んでいく。あの人なんなんだろう。
楽しそうに槌矛を振り下ろすブロンさんに長剣が当たらない位置を陣取った銀太は、今回は素振りなしで高速斬りこみを始めた。ずっと思っていたけど言葉には出せなかったこと。二人で叩くと餅つき大会みたいだね。
「ブロンさんの腕が黒い靄にかなり入ってるけど……」
「あのこ戦いになるといきなり元気になって言う事聞こえないんですよね。腕が飲まれるのをライモンドは嫌がるのに、ブロンは気にしなくて。まだ死んでないし楽しそうだから放ってます」
見学した時はこんな感じじゃなかったのに、自分で抑えてたのかな。黒い靄はふわふわ漂っていてブロンさんの上半身を飲み込もうと近づいたようだったけれど、危ないと思う前に破裂するように散った。中心辺りからボトリと何かが落ちる。
「え……? あんな大きな魔物をこんなに速く? しかも倒せるなんて」
「おおぉ、音がなくなった。これは耳栓持ってくるべきだな。この世界に売ってんのか? 百均のでいいんだけど」
「できた」
「これって速いんですか? それより何か落ちた。何を飲み込んでたのかな?」
「(オレ様が強すぎたのだろうか。これが……オレ様の真の力……!)」
魔物がいたあたりへ近寄ると、そこには大きな猪のような動物が倒れていた。実物の猪を見たことがないけれどたぶん猪だと思う。すごく重そうで、人力で運べるか不安な大きさだ。こういうのは冒険者の人達は解体とかしてから運ぶのだろうか。すぐ脇に石も落ちている。
「アタシこんな大きな猪見たことない! どうやって運ぶの? ブロン運べる?」
「むり」
やっぱり猪だった。カーラさん達も見たことない大きさとは、あの黒い靄はお腹すいてたのかな。猪は運べそうにないから放置して次へ行こうかと提案したけれど、他の魔物を倒すよりもこの猪をどうにかして運んだほうが儲けがいいと言われたので今日の討伐は終了になった。
血抜きされたとはいえ重い猪を銀太が背負う。小さな体に大きな猪が覆いかぶさるように背負われていて、遠目から見たら猪が歩いているみたいに見える。ずるずると引きずりながら街へと移動すると案の定、検問に並ぶ人たちの注目を浴びるし門番に止められるしで、カーラさんに頑張って説明してもらった。
「銀太、組合までもうちょっとだから頑張って!」
「くさい」
「報酬ってその場で貰えるのか? 貰えるなら帰りに甘いモンでも買って帰ろうぜ!」
「でも冒険者組合から馬車に乗せられるから寄り道できなくない?」
「あーそっかー。ミズノドンマイ」
棒読みのケンをジト目で見つめた銀太だったが、何とか猪を運んでくれた。冒険者組合では入った途端にどよめきが起こり、買取窓口に猪を出すとすぐさまお説教をくらってしまった。新人と下級冒険者が手を出していい大きさの魔物ではないと。大きすぎる魔物が出たときは退く判断力も必要だとくどくどと怒られた。
冒険者の命を大切に考えてくれている事はとてもよく分かったけれど、他の皆は報酬額に目がくらんであまり話を聞いていないようだった。
「この報酬って多いの? お金の事ケンに任せてたから私良く分からないんだよね」
「書物室で資料読んでたのに知らないのか? 俺と王都で買い物もしただろ」
「だって、お金はこういうのがあって硬貨一枚でこれくらい買えますとかそんな書物ないし。時代によっても価値変わるじゃない」
報酬として渡されたのは銀色と銅色の硬貨が山盛りだった。一人分で山盛りだった。カーラさんとブロンさんはスキップしながら帰って行った。私達は冒険者組合が用意してくれた馬車に乗って帰宅中だ。
「あの猪の肉だけでもいい値段になりそうだろ。大きさが相撲取り二人分くらいだったから三百キロとかか? でも豚とかもっと重いって言うし何キロくらいなんだろう」
「三百キロのお肉! 日本だと特売で百グラム百円として、一キロで千円だから、かける百してえっと……さ、さんじゅうまんえん?! それを五人で割るからえっと…一人六万円?! 戦ったのって一時間もないよね? ぼろ儲けじゃないの?」
「それに討伐報酬もあるし、二体倒したからな」
「だからこんなに山盛りなんだ。硬貨が大きくて分厚いから多く感じただけだと思ったけど。私何もしてないけど貰っていいのかなぁ?」
「パーティだからな。何もしてなくても権利はある。何もしてなくても」
「ケンだって痛がってただけじゃない」
家に帰るとまだ昼過ぎだったのでセシリアさんに遅めの昼食を用意してもらった。セシリアさんは私たちの事を既に聞いていたようで凄い怖い目をしていた。目を合わせたら怒られるやつだ。ルイーズさんにも報告されるんだろうな……思わず遠くを見つめてしまう。でも倒したのは銀太だし退かなかったのはカーラさんだし飛び込んでいったのはブロンさんだ。私は何もしてない。そう、本当に何もしてない。




