第47話 魔物
「なあアレ、でかくなってないか? 宙に浮くとか物理法則どうなってんだ? ってか音がヤベぇ」
「やっぱりあの黒いのが不快音の原因なの?」
街道沿いに佇む黒い靄は、先ほど見た人の頭くらいの大きさより二回りほど大きく見える。辺りは膝上まで伸びた雑草が生えているが見通しは良く、他に黒い靄は見えない。
「さっきよりだいぶ大きいけど、同じ魔物かな? 違うのがいて全部で二体とか?」
「いやおそらく同じ魔物だ。あいつは何かを吸収するとでかくなる。オレらがここに来るまでに何かを食らったんだ……です」
「アタシがここに残るから、アタシより前に出ないでくださいね」
カーラさんがそう言うと前に出て、騎士さん達が私達の両脇と背後を固めてくれる。ライモンドさんとブロンさんが武器を構えてじわじわと魔物に近寄る。グイドさんがぶつぶつと何かを唱えて杖を魔物に向けると、十粒くらいの石が魔物に向かって飛んで行った。石の後を追うようにライモンドさんとブロンさんが魔物に駆け寄って中央の核と呼ばれる場所らしき箇所を切ったり殴ったりし始める。カンカン鳴るのは当たってるということだろうか。
黒い靄は攻撃を受けても特に変化を見せずにふわふわとライモンドさんの方へと移動し始めた。ライモンドさんが下がりながら斬りつけ、ブロンさんが槌矛で叩く。私たちの前にいたカーラさんが大きな声で何かを叫ぶとライモンドさんとブロンさんが飛びのく。見るとグイドさんが杖を魔物に武器を向けていて、石が飛んでいく所だった。味方に当てちゃダメだもんね。うまく連携がとれてるみたい。
叩き続けて十数分後、黒い靄が破裂するように弾け散った。中央から何かの物体がボトリと地面に落ちたようだがここからでは見えない。ライモンドさんとブロンさんがそれを拾ってから戻ってきた。二人とも肩で息をしている。全力で十分以上斬りつけていたら息も上がると思う。
「音が止んだ! やっぱあの黒いのが音の原因だな。ホントにみんな聞こえないのか?」
「何かの音が聞こえるんですか? 斥候のアタシからしたら音が聞こえると助かるんですけど」
「たぶん俺の体質のせいかな。昔から変な物が見えたり聞こえたりするんだ」
ケンは能力を明かすつもりはなさそうだった。私も念のために近接二人に状態異常回復をかけてあげたいけど、今はやめておいたほうがいいかな。ケンに言われてからにしよう。
「兎と草と石だった。兎食ってでかくなったんだと思う……ます」
「あの黒いの、ウサギ食べるんだね。生きてるまま飲み込むのかな?」
「生き物は生きたまま飲み込まれて黒い靄がでかくなる。倒すと今まで飲み込んだものを吐き出すことがある。昔に飲み込んだものは消化されてる。出てきたものは血が抜かれていて死んでるし、人も飲み込まれてから吐き出されると血が抜かれて死んでると聞く」
「えぇぇ、お肉の血抜きされてラッキーと思ったのに、人間も血抜きされちゃうんだ……」
目の前のウサギは外傷が見当たらないけど確かに死んでいた。しぼんでるように見えるのは血が抜かれているからかも。
「飲み込まれてすぐ倒しても血が抜かれるのか?人間の腕一本だけ飲み込まれた場合はどうなる?」
「全身が黒い靄の中に入らなければ助かるとされている。けど確かではないからみんななるべく触れないように斬る……ます。オレらは噂でしか聞いてないけど、一瞬でも全身が飲み込まれるともうダメらしい……です」
「アタシらは音も聞こえないから、森の中とかで油断してると真後ろに迫ってる時もあるんです。暗くなると特に見えづらくなるから、気づいた時には体の半分くらいが飲み込まれてたこともあります」
それは恐ろしい。ケンが音を嫌がるだろうけど、絶対音感で音を拾ってもらわないと危ないぽいから銀太の訓練の時にはケンをセットにしよう。不快音がどれだけのものか分からないけれど命が大事。
「冒険者組合への報告はどうするんだ? このドロップしたものを持ってけばいいのか?」
「この石はどの魔物からも必ず落ちるので、これが討伐証明になります。あとは出てきた草とか肉を組合が買取してくれるので、落ちた物はとりあえず組合に持っていきます。……たまに飲み込まれた冒険者の装備が出ることがあって、それも遺品として引き取ってもらえます」
生々しい話を聞いてしまった。装備ということは人体から先に消化されたということだろうか。その冒険者には家族がいたのだろうか。装備だけ戻ってきても悲しいだろうに。いや装備が戻ってくるだけマシなのかな。
冒険者の四人は付近の見回りをしてから街へ戻ると言ったので、騎士さんと一緒に先に街へ戻ることにした。街の入り口はやはり列になっていて、騎士さんがプレートを見せると通してもらえた。私達だけで魔物を倒しに出たときはどうするのだろう。さっきの四人は何かを見せて通してもらうのだろうか。
ルイーズさんの豪邸へ戻るとセシリアさんが私たちの住む離れの家に案内してくれた。家は何軒か並んでいて、一つの家の大きさはお城で住んでいた家と同じくらいの大きさでキッチンとシャワー付きだった。一つの家にベッドが三台運び込まれたようだった。
「では我々はこのまま王城へ戻ります。街を出歩く際は護衛を付けて貰ってください。この町では武器を持った者が多くいます。くれぐれもお一人で出歩かれませんよう」
騎士さんが私だけの目を見て言ってくる。そんなに信用無いのか。ケンのほうがふらっと出て行きそうなのに。
夕食を受け取って久しぶりに三人だけの空間で過ごす。食事はお城と同じで毎食持って来て貰えるらしい。パンとスープと果物だけが入っていて銀太が不満そうな顔をした。