第46話 辺境伯
通されたのは客室のような部屋。家具などは重厚で高級そうな雰囲気を放っているけれど、装飾品はそれほどない。質実剛健という言葉が頭に浮かんだ。部屋の中央に置いてあるソファーセットには茶髪で細身の若い男性が既に座っている。
「やあ初めまして。この家の嫡男のルイーズ・ド・ゾルムス・ヘンドリックという。座ったままですまないな。そちらへ座ってくれたまえ。本来なら当主である父がお相手をするところだが、忙しい身で私が任される事になった。気を悪くさせたなら申し訳ない」
「お忙しいところこのような機会を作っていただきありがとうございます。こちらが先触れでもお伝え致しておりますタケ様、ケン様、ギンタ様でございます。私どもは第一王子ヴィルヘルム殿下の騎士にございます」
騎士さんが紹介してくれたので、お辞儀をする。頭を下げるのとお辞儀ってどう違うんだろうと考えていたら、銀太は胸に片手をあてるポーズをとっていた。銀太の世界での挨拶の格好なのかもしれない。お辞儀が終わるとソファに座った。ちょっと硬い。
「ああ聞いているよ。異世界人だとか。この屋敷の敷地内に離れの家があるからそこを使って貰おうと思っている。今いるこの建物は部署が増えるたびに増築したのもあって人も出入りするし、住むには向かないんだよ」
「ではそちらへ馬車の荷物を運ばせて頂きます。それと取り急ぎお伝えしたいことがございます。街道を通行中に魔物らしきものを発見致しました。大きさは人の頭ほどで、場所はここより南へ馬車で十数分の街道沿いです」
「そのような場所まで出るようになったか。やはり最近魔物の動きがおかしいな……。よしセシリア! 冒険者組合に依頼して本日中に討伐するよう伝えてくれ。近辺の安全確認も依頼してくれ」
セシリアと呼ばれた肩までの茶髪の女性はドアの前に控えるように立っていたが、ルイーズさんの言葉を聞いて頷いてから部屋を出て行った。私と同じくらいの年齢に見えるけれど、動きが洗練されていて出来る秘書みたいな雰囲気が出ている。
「彼女は私の身の回りの事を任せていてね。異世界人という事は父と私とセシリアしか知らない。あまり広める事でもないと思ったので城からの客人という事にしてあるよ。父と私は仕事で手を離せない事も多いので、何かあればセシリアに言ってもらえると助かる」
「分かりました。それより、さっきの黒い靄みたいなのを倒しに行くんですよね。見学について行ってもいいですか?」
急に言葉を発したからか、ルイーズさんが驚いたように私を見た。騎士さんはやれやれと言った表情だ。でもケンと銀太も見に行きたそうにしてたから代表して私が喋っただけだ。
「冒険者の邪魔にならないなら構わないが……今回こちらに滞在する目的は情報収集とギンタ殿の訓練と聞いている。君は魔物を見る必要などないし、怖くはないのか?」
「邪魔にならないようにします! それに異世界の魔物を初めて見たので、どうやって倒したりするのか興味あるんです。もし今回ついて行って、あの黒い靄が予想外の動きとかしてすごい怖い思いしたりしたらもう見たくないって言うかもしれないんですけど。銀太だって戦う事になるだろうから見れるうちに見ておいたほうがいいかなって」
「タケ自重しような」
テンションが上がってきてソファから立ちあがりそうになっていた私の肩をケンと銀太が押さえて止めた。
「ではそうだな、詳しい話は討伐後にしようか。街の入り口近くに冒険者組合がある。そこまで馬車を出すので組合に選ばれた冒険者と共に出発してくれ。冒険者の前には出ない事と、今回は見学のみに徹してくれ。怪我でもされてはかなわんからな」
「良かった! 倒し方が分かれば、明日から銀太も戦えるかもね! ケンは…無理かもしれないけど」
「タケだって無理だろ」
ルイーズさんが指示を出すと、屋敷で働いている男の人が一緒に馬車に乗って冒険者組合へ案内してくれる事になった。ルイーズさんはそのままソファテーブルで書類仕事を始めてしまった。本当に忙しいみたい。
セシリアさんに追いつくように急いで組合まで行くと、ちょうどセシリアさんと私より若そうな四人の男女が冒険者組合らしき建物から出てくるところだった。案内してくれた男性から引き継ぎが行われる。話を聞いた四人の男女はぎょっとしたような表情をして私たちの姿を見た。
四人で出発しようとしたら急にお城の客であるというひょろい三人とムキムキの騎士三人がついて来る事に。それは誰でも驚くと思う。騎士さん達はとんぼ返りの予定だったのに、私が見学を希望したから見守ることになったらしい。ごめんね。
早足で街を出て街道を歩きながら自己紹介する。馬車だと速いのに、調達するのに時間がかかるとかで歩きになった。私たちが乗ってきた馬は飛ばしてきたから休ませないとダメらしい。
「私タケです。この黒い髪のがケンで、銀色の髪のが銀太です」
「オレ達は大地の礫でオレがライモンド」「グイドです」「カーラです」「……ブロン」
「急にごめんなさいね。私達、魔物を初めて見たんです。絶対邪魔しないからいつも通りに倒してくださいね」
「魔物を初めて見たなるほど城からの客という事は魔物の居ない地域で育ったのか……ですか」
「みなさんは倒し慣れてるんですか? あ、その持っている武器で倒すんですか黒いもやもやだったけど剣とか効くんですか?」
「そうだ……です。この四人で戦うようになって一年ほどで、オレは剣を使うけどグイドは土魔術で倒すんだ……です」
ライモンドという男性が話すたびに、カーラという女性が肘でぐいぐいわき腹をえぐっている。そしてえぐられるとライモンドさんは丁寧語になる。このパーティは女性のほうが強いらしい。他の二人は委縮してしまったのかコクコク頷くだけである。
「言葉使いは気にしなくていいですよ。ケンとかいつも失礼な奴だし。それより魔術が使えるのは貴族に多いって聞いたんですけどみなさんも貴族なんですか?」
「ええ? オレらが貴族なわけないだろ。グイドも平民だけど珍しく使えるだけだ……です」
気にしないって言ってるのにわき腹をえぐられている。武器について聞くと、ライモンドさんは長剣、グイドさんは杖、カーラさんは弓、ブロンさんは槌矛と呼ばれる武器を使って戦うらしい。
「黒いもやもやの真ん中くらいに核があってな、それを切ったり叩いたりするんだ。的がかなり小さいから慣れないと当たらんし力もいる。最初はブロンみたいに槌矛でぶっ叩いたほうが倒しやすいと思う。グイドは土魔術で石を飛ばして当ててる」
「それだとカーラさんの弓ではすごい命中率だったりするんですか? 一度に一本の矢ですよね?」
「アタシは斥候役なんで、戦わないんです。森の中とかだと見つけにくいからアタシが見つけてみんなに知らせる。その時に近くに野生の動物で危険なのがいたら矢で追い払うんです。あと、荷物持ちと誰か死んだ時に街まで知らせに行く係です」
カーラさんが軽い感じで言うが、死んだ時というワードに驚く。そりゃあ魔物討伐だから死ぬ事もあるだろうけど街から近い場所って弱いのしか出ないとかないのかな。大丈夫かな。銀太の結界効くのかな。
銀太を見ると手をつないでくれて安心する。違う、これは私の足が遅いから引っ張ってるんだ。引っ張られて早足で進むこと数分、さっきの黒い靄の近くまでたどり着いた。