第43話 おにぎり
「お昼ご飯だ! おにぎりに焼き魚にクリームパン! たき火しよう!」
「枝に魚刺して焼くとかファンタジー感があっていいな! おにぎりも醤油つけて焼くとかどうだ?」
「なっ……ケンって天才だったの?」
「先にかすたーどを出せ」
たき火や魚の事は騎士さんに任せて、私とケンは火にかけたおにぎりと魚に醤油を垂らす係をした。銀太はカスタードを挟んだパンを丁寧に食べている。盗賊たちもこれくらい油断しているところを狙えばいいのに。野外だとマッチョが丸見えだから襲ってこないか。
「米は最初は抵抗がありましたが、食べ始めると美味いもんですね」
「この塗りつけている黒い液体も米に合っていますね。焼いた魚にも合います」
「馬も牧草よりも米を食べさせたほうが元気があるように見えます」
お米は騎士さん達にも好評だ。味噌とか醤油も一度食べたら抵抗がなくなったみたいで何より。
「米ってのは可能性を秘めてるんだよ。牛に食べさせると肉の味が良くなるって聞いたこともあるし餅とか団子も作れる。焼いた餅に海苔を巻いて醤油をつけて食べる……甘いタレをかけたみたらし団子……」
「やめて! 食べたくなっちゃうから! けどもち米と普通のお米って違うんじゃないの?」
「甘いだんごとはどういうものだ」
「酒だって造れる。日本酒ってネーミングはおかしいから、商品化するならそうだな、清酒だな」
「米から酒が造れるのですか?!」
「それは前の町で飲んだような酒とは違うのですか?!」
「どのような味ですか、美味いのですか?!」
騎士さん達がヒートアップしてしまった。筋肉にお酒は良くないのでは。でもあれだけ飲んでこの筋肉を維持できているなら大丈夫なのかな。
「さっきの宿の料理人に酒の造り方も話したんだ。道具とか人手とか手配する事を考えてるみたいだったし、数か月後にはもしかするかもな」
「お酒ってそんな簡単に作れるの?」
「甘酒なら難しくないと思う。でもちゃんとした酒は手順が複雑で器具とか設備がいるし、手間と時間がかかると思う。酒蔵の見学に行ったことがあるんだが、造り方がワインとかと全く違って難しそうだった」
「では我々が皆様を送り届けて帰る頃にはまだ出来ていないのですね……」
すぐ飲めると思っていたらしい騎士さんたちはがっかりしていた。騎士さん達は私たちを辺境の街まで送るとそのまま王城へとんぼ返りする予定になっているらしく、その帰り道で飲めると思ったらしい。
銀太が三つ目のクリームパンを食べ終わったあたりで昼食時間を終了して次の村へと出発した。またお米を突く作業が始まる。騎士さん達はお米がお酒に変わると分かったからか、真剣に突き始めた。そのお米がお酒になるわけじゃないのに。次の村に着く頃には真っ白になったお米がたくさん出来上がっていた。また今度炊いて食べよう。
「村の規模は昨日と同じくらいだけど、こっちは小麦か」
「小麦畑っぽいねぇ。ってことは夕食はパンが出るかな。銀太が三つも食べちゃったから買い足さないとね」
「かすたーどが悪い」
村のお店を見て回ったけれど、やはりお店の数は少なく珍しい物も売ってなかった。夕食も見慣れたパンとスープと果物。小さな宿で他に泊っている人も食堂には来ていなかったので、匂いがするからと控えていたガーリック粉末を投入した。宿のご主人に何事かと見られたけど、テーブルを囲むみんなはニコニコしながらスープを飲んでいた。
シャワー後に私たちの部屋へ集まり、ケンがカクテルを作って酒盛りが始まった頃に外が騒がしくなった。耳を澄ますと宿のご主人の声と男性数人の声が聞こえる。騎士さん達が武器を持って扉の外を警戒し始めた。
「宿泊客か? それにしては様子がおかしい」
「この時間だと強盗の可能性がある」
「男が複数いるな。何かを要求しているようだ」
騎士さん達は口々に言って部屋を飛び出して行った。私達も野次馬根性丸出しでついていく。銀太が私とケンの手を握ったので結界を張ってくれたみたいだった。でも街道で銀太だけ馬車から飛び出した時の馬車の結界はどうなっているのだろう。
宿屋の入り口へ行くと、痩せ型の薄汚れた若い男の人達がパンを両手に抱えて宿屋から走り出て行く所だった。ご主人を守るように騎士さんが立っていて追いかけようか迷っているようだったが、ご主人がそれを止めている。
「パン泥棒? なにあの人達?」
「弱そうな男だったぞ。俺でも勝てそうだ。追いかけて捕まえたらいいじゃないか」
「パンが欲しかったの? パンが食べられないならお菓子を」
「おいやめろ」
「その菓子とはどういったものだ」
宿屋のご主人が何か言いたそうな顔をしていたので、食堂に移動して話を聞くことにした。他の宿泊客はどうしてるかと思ったけど、今日は他にはいなくて私たちの貸し切りらしい。経営は大丈夫なのか。
「あの男達は強盗です。しかし要求するものはいつもパンなんです」
「いつも? よく来るってことか?」
「顔ぶれは変わりますがね。以前は稀に来る程度でしたが、ここ数カ月は頻繁に来ます。彼らはパンを渡せば大人しく引き下がるので……」
「でも強盗だろ? 悪い奴らなら捕まえてどっかに引き渡せばいいじゃないか」
「それが……あの男達を見ましたでしょう。痩せ細って元気がない。本当に食うに困っているのではないかと。そんな男達を突き放すことはできなくて……。それに、パンを渡した数日後には薬草や野生動物の肉などが宿の入り口に置いてあったりするのです」
「鶴の恩返しかよ」
宿のご主人の話では、おそらくこの辺りで親に捨てられた彼らは大きな町には入れず、かといって小さな村に入った所で仕事はなく稼ぐ方法なども教わらずに育ったため、今の状態になってしまったのではないかと。王都の孤児院もひどい環境だったけどそれでも王都の中で孤児になったことは恵まれていたのかもしれない。
辺境の街に行けば魔物を倒すという仕事があるけれど、そのために必要な体力や装備や知識など何も持ってない彼らにそれを勧めることもできないでいると。
「男達は町に入らずとも受けられる日雇いの仕事もしているようですが、急に納める税が増えたでしょう。どこも生活が厳しくて今まで受けていた仕事がなくなっているようです」
「税については一度は増えたが今は改善されているはずだが」
騎士さんが眉をひそめて問いかけた。少し前に聞いたような気がする。第一王子から聞いたのだったか。お金の動きを見直したところ増税はおかしいと気づいて改めたとか。一時的に増えた税金の使い道は…考えたくない。
「このような小さな村などでは、一度落ち込んだ景気は元通りになるまでに時間がかかります」
「それは大きな街であってもそうだろうな。全く碌なことしねぇなあの女は」
ケンは決めつけているけど増税を決定したのはなんとか大臣とかだと思う。そのなんとか大臣もおかしくなってたのかもだけど。そしてケンはふと考えた後、宿屋のご主人に提案した。
「この村の南に、米とトウモロコシを作ってる村があったよな。その村であることを始めようとしてるんだが人手が足りてないと聞いた。体は動かすだろうが重労働って訳ではない、たぶん」
「もしかして日本酒造りに送り込む気なの?」
「あの村は米なら売るほどあったから寝床さえなんとかすれば食うに困らんだろう。米に慣れるまで時間はかかるかもしれんが」
「でもあの料理人さんが本当に日本酒造りを始めるのかも分からないじゃない」
「いいや、あいつはやるね。そうだ、料理人に宛てた手紙と覚えている範囲の酒造りの方法を書いて主人に託そう。次に強盗が来たらそれ渡して南の村に向かうように言ってみてくれ」
その提案に喜んだのは騎士さんたちだ。宿のご主人は話について行けない顔をしている。
「それでは予想より早く新しい酒が飲めるかもしれないのですね?」
「人が増えれば期間の短縮だけではなく、出来上がる量も増えるのでは?! 手紙なら村へ早馬を飛ばします!」
「ぜひ我々にも協力をさせて頂きたい。寝床や酒が出来上がるまでの生活も、城に申請すれば保障される可能性があります」
「さすがヴィルヘルム王子の騎士たちだ。これがウィンウィンってやつだな」
本当にそうだろうか。