第42話 護衛
昨夜はお酒どころではなくて皆シャワーを浴びたらすぐに寝た。宿のご主人に無理を言って、狭い部屋に毛布を運び込んでソファや椅子を使って固まって寝た。銀太の結界があるからそんなに警戒しなくていいと思ったのに。
朝食にみんなでお米と味噌スープを食べていると、昨日の女性と護衛達がまた来る。
「まああぁぁぁ、貴方達はまたそのような粗末な家畜の餌を食べさせられているのですか。可愛そうな方たち。今から私と一緒に王都へ向かいましょう。私はその下賤な女とは違い、貴方達を人として扱って差し上げますわよ」
「なあ、牛乳買って行こうぜ。村の奥に牛いただろ? シモンじいさんに貰った砂糖と卵とか混ぜたら俺でもカスタードができるかもしれん」
「それはタルトに乗っていたやつか?」
「でもお米を結構買っちゃったから液体はあんまり乗せられないかも」
気にせず会話していると、女性の護衛の人達が武器を構えて怒り出す。武器の先っちょは私の顔のすぐそばへ集中していた。だから沸点低くないかな。まず名乗りなさい。
「そこの女、さらに無礼を重ねるのか! さっさと膝を付け!」
「座ったままとは! 死にたいのか!」
「そこの女! この女性を誰だと心得る!」
「存じております。フィッツロイ伯爵家のご令嬢ですね」
食卓を一緒に囲んでいた騎士さんがずいと進み出る。立ち上がる三人のマッチョ達に護衛さんたちは押されるように下がった。騎士さん達はずっといたのに、目に入ってなかったようだった。
「昨夜はずいぶんと世話になったようで。殿下には昨夜のうちに報告を入れております。こちらのお三方は第一王子ヴィルヘルム殿下の大切な客人でございます。ザーロモン陛下からも丁重にもてなすようにと厳命されております」
「なっ、王子……? 陛下……?!」
「疑われるようでしたら城へご確認ください。お父様とやらに直訴して頂いても構いません。王都へ戻られた際にその方がお父様のままでおられるなら、ですが」
騎士さんが怖いことを言った。この女の人は勘当とかされるのだろうか。こんな事で、ケンと銀太に声をかけただけで?
「どういう事ですの? 平民は口を慎みなさい」
「お嬢様、お控えください。この紋章は確かに王家の……」
騎士さんが印籠のように掲げた金属プレートを見て、護衛の人達は武器を投げ捨てて遠目で見ても分かるくらい震え出した。自分たちがやらかした事を分かっているみたい。でも女の人は何が悪いのかが分からないようだった。この国の貴族はどうなっているんだ。
「私どもは平民のような身なりをしておりますが、お忍びの旅の為致し方なくです。平民に見えるからと言いましてもそのような物言いは貴族の令嬢としてどうかと」
「私を侮辱するんですの? そのような事をしてただで済むと思っていますの? お父様は伯爵ですのよ」
「同じ伯爵家でしたらご存知でしょうが、ブランドン伯爵家がその後どうなったかをお伝え致しましょうか?あれから王都の貴族のご子息ご息女には再教育がなされていると聞き及んでおりますが、まだまだ甘いようだと痛感しました」
「お前たちはどうする。王都へ帰ればこの女性は伯爵家のご令嬢ではなくなっているだろう。加担したお前たちに伯爵は賃金を支払うだろうか。それに第一王子の賓客に刃物を向けたのだ。王族に楯突く者だと邪推されても文句は言えんだろう」
騎士さんが女性を無視して護衛の人達に問いかけると、皆が青ざめて首を横に振った。そして悲愴な目でこちらを見てくる。その中には私に長剣を突き付けてきた人もいた。私は虎の威を借りるつもりはないけれど、常識的に考えて丸腰の女性に武器を向けるのはダメだと思う。
「殿下の賓客である方々の客室を奪った事も報告済です。この村には足の速い馬がおりましたので昨夜のうちに走らせました」
「王都では貴族の横領などが明るみに出たことで、爵位についても見直されております。一つの伯爵家が降爵した所で誰も気にしないでしょう」
「我々はどうすれば助かるのでしょうか?」
「雇われて致し方なくしていただけです!」
「お命だけはお助けください!」
ぽかんとする女性を放ったらかしにして命乞いが始まった。騎士さん達は少し考えてから、ふと妙案が浮かんだように言った。
「村長宅の離れの小屋に、道中捉えた盗賊どもをつないでいる。その者たちを王都へ輸送し衛兵へ引き渡すというのなら王族への反抗心は認められないと追加報告を入れてやろう。その令嬢も、ああ、もうただの女性だが、その女性も連れて行ってくれ」
騎士さんが良い感じにまとめた。十人の盗賊たちの処理をうまい具合に押し付けた。これが出来る部下か、第一王子意外とやるな。
「あの女の人どうなっちゃうんだろう。ぽかんとしてたよね」
「あのやり取り聞いて、理解できてないってのはちゃんとした教育が出来てないんだろ。平民としてやり直してちょうどいいんじゃないか」
「そもそもケンと銀太がイケメンなのが悪いんだよ。私が何発か殴ってブサイクな顔にしてあげようか?」
「米を侮辱された憤りを俺らで解消しようとするな」
瓶に入れた殻付きのお米をひたすら突きながら馬車は進む。精米機があれば楽なのに、あの村の人達は手作業で突いたり玄米ご飯を食べたりしているらしい。暖かな日差しの中、お米をざくざくと突きながら、歌いながら馬車は進んでいく。単調作業をしている時は歌で気を紛らわせたらいいってケンが言ってた。
宿の料理人さんにおにぎりを作ってもらったので、今日はこのお米は食べないでおにぎりが昼食になる。でも暇な時にしておかないとこの殻をむく作業は数時間かかるらしい。おにぎりのおかずとして川で魚も釣ったし。釣ったというか銀太が素手で鷲掴みしていた。川魚で臭みがあるからか、村の人達はあまり魚を食べないらしい。なんて勿体ない。
ケンは宿でキッチンを借りて、カスタードもどきを作っていた。作りたては熱々だったのでお昼頃には冷めて食べごろになってるらしい。お米の話で料理人さんと仲良くなって、ポップコーンの作り方とかを教えてあげて、代わりにカスタード作りを手伝わせていた。銀太はカスタードを楽しみにお米を突くという単調作業を手伝ってくれている。人に手伝わせる能力でもあるのだろうか。
「家に居たときに作ってくれてたらパイに乗せられたのに」
「あの家だと材料とか器具が揃わなかったじゃないか。それに作ったとしたらシモンじいさんが入りびたるだろ」
「そうか、シモンさんの健康を考えてあげてたんだね」
「いや面倒くさかったからだけど」
魚を釣ったり料理をしたりしていたのに、ちょうどお昼ごろに休憩所に着いた。銀太の結界があるから馬の負担が減っていて、私が状態異常を回復させているから馬も元気だ。疲弊した馬はあの村で乗り換えたりすると聞いたけど、このまま辺境まで同じ馬で行けそうだと騎士さんが言っていた。