第34話 買い物
辺境へ出発前の最後の孤児院訪問となった。子供たちと約束したから守らないとね。今日もケンは大きなリュックを背負っている。馬車でお尻が痛いのはなくなったけど、リュックの中からツンツン突いてくるのはこそばゆいからやめて欲しい。
第一王子から辺境までの日用品代として追加のお小遣いを貰ったから、今日はいつもよりたくさん買い物が出来る。外出のたびに私達へ出ていたお小遣いも、間違えて召喚した人に支給する額ではなく少なかったらしい。間違えて召喚しておいて還せないとか、本来なら手厚いサポートがあって然るべきと言われた。
その支給されるはずのお金がどこへ行ったかというと、語るに落ちる。辺境行きも極秘で進められていて聖女様には直前に知らせるらしい。妙な画策をさせない為とか。第二王子も魅了の様なものに罹っていたが、あのお水を大量に飲んで正気を取り戻したらしい。でもそれも聖女様には内緒で今までと同じように振舞っている。
第一王子には気軽に握手しないように言っておいた。驚かれたけど、私も触れないと治せないから可能性は潰さないと。
「このスマホ、動画投稿サイトの曲とかも入ってんじゃん。今日これ歌おうぜ」
「隠してたのに!……ツインボーカルの曲だったら歌えるかも。その歌の作曲した人がメジャーデビューしたからCMでその歌よく聞くんだよね」
「えっ……デビュー?」
「あとその次の曲はグループ解散記念で発表された曲で」
「このグループ解散すんの?!マジで?!」
「解散後にメンバーが若手俳優と結婚して話題になったし、それもよくテレビで聞くよ」
「結婚したのか、俺以外のヤツと……」
「その次の曲は」
「もうやめてくれ!何で終わっちまったんだ……平成……」
肩を落とすケンの背中をぽんぽんと叩いてやる。つい笑みがこぼれてしまうではないか。
「元気出しなよ!」
「タケのせいだからなっ」
街に着くと、まずは旅支度のため普段着を売っているお店へ向かう。ドレス屋と比べてかなり品数が少なくて、選ぶこともなく地味目な服をそれぞれ数着購入する。全体的に白とか茶が多いのは、護衛もつけない平民が派手な色の服を着ていたら物取りに狙われたりするらしい。自分で染めたり、刺繍縫って貰ったりしようかと思ってたけど怖いからやめた。
そして馴染みのお店へ。もう気にしてないけど、最初の頃は馬車を降りる時に騎士さんが手を貸してくれてたのに、シスターにまとわりつくようになってからは放置されている。騎士さんよ、そういうとこやぞ。
「お姉さん、また来たよ。いい香辛料ある?」
「あらアンタ達、毎度ありがとね。仕入れてあるからどんどん買っとくれ!」
ずらりと並んだ見慣れた香辛料の瓶。何度か購入したカレーのスパイスとかニンニクとかもある。
「旅途中の食事事情ってどうなんだ?町に寄りながら行くって聞いたけどメシは美味いんかな」
「やっぱパンとスープじゃない?内容は王都から離れる分、それなりになるんじゃないかな」
「ならスープにちょい足しで美味くなるモンないかな」
「おやアンタ達、旅に出るのかい?」
「そうなんだ。しばらく来れなくなるからいっぱい買わせてもらうぜ。だからまけてよ、お姉さん」
「それとこれとは話が別だよ。でも寂しくなるね」
香辛料店のお姉さん(おばさん)はお金に厳しかった。第一王子が言ってたらしいけど無意味な増税が行われたそうで平民の生活は厳しいのだろう。今は見直されてるそうだけど、早く緩和されたらいいな。
「そうだ、主人がまた変わった商品入れたんだよ。見てくれるかい?」
お姉さん(おばさん)が取り出したのは瓶に入った茶色いどろっとした物と、ゴツゴツした植物の根みたいな物だった。ケンは迷わず瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。私は植物の根の匂いを嗅いでみた。
「これ!タケこれ匂ってみろ!はやく吸い込め!」
「ケンもこれ!早く吸ってみて!」
「味噌だ!!」
「ワサビじゃん!!」
嬉しくてハイタッチして喜ぶ。おばさんと騎士さんはまたもきょとんとして私たちを見ていた。味噌があるとは思わなかった。この世界の人も食べ物を発酵させたりして作ったのだろうか。醤油があったんだからあるか。それに味噌作りには米麹がいるって聞いたことがある。米があるのか?
「ねえこれってどうやって作ったか知ってる?やっぱ豆から作ったのかな?」
「アタシは作り方は知らないよ。見たことないモンだからね。海辺の町から仕入れたって聞いたから旅の途中に海に寄ることがあればそこで聞いてみな」
「海かぁ!この世界にも海があるんだね!ということは」
「魚だな、刺身に寿司にカルパッチョだな!ワサビがあれば最高だな!」
また嬉しくてケンとハイタッチしてしまう。この嬉しさが分からないとはもったいない。もしも辺境までの道のりで海がなくても、川の一本くらいはあるだろう。川魚にワサビが合うかはわからないけど。そういえば異世界に来てから魚を一度も食べてないかも。これはますます期待が高まりますなあ。
教会へ移動し中へ入り女神アウローラ様の像の前へ立つと、光った。ケンに背負われたリュックに目が行く。銀太のせいで光っている事はこれで証明された。
「ちょっと、光ってるんですけど」
「俺に言うなよ。俺だって目立ちたくないし。あ、神父来た」
前回と同じく教会内には貴族が大勢祈りを捧げていたが、女神像が光ったことでアルス神父が気づいてこちらへ歩いてきた。貴族達と騎士さんからガン見される中、アルス神父は挨拶をしてくれる。
「タケ様、ケン様、ようこそおいでくださいました。本日も女神様から聖なる祝福の光が与えられているようですね」
「ホント何なんでしょうねぇ。私もよく分かんなくて、もしかしたらこの中の貴族の人のせいだったりして。あはは……」
私の空笑いが教会内に響く。デジャヴを感じた。
「先触れの方からお伺いしましたが、お二人は旅に出られるのでしょうか」
「そうなんですよ。カルロスさんから聞いた北部辺境に行くことになりまして。でも馬車で数日って聞いたのでそんなに遠くないですよね。その間ここに来れなくなるのは残念だけど、マーガレットさんも言ってたように今生の別れってわけでもないから気楽に行こうと思ってます」
「さようでございますか。子供たちは慰問をとても楽しみにしておりますので、ぜひまたお元気なお姿をお見せください。本日は重い症状の子供を孤児院の二階に集めております。いつも感謝しかございませんが、何卒よろしくお願いいたします」