第32話 (閑話)ケンの謁見
毛足の長い絨毯、高そうな壺や絵画、触り心地の良い革張りのソファ、重そうなシャンデリア。通されたのは豪華な客室のような部屋だった。てっきり石造りの大広間で赤い絨毯が敷かれていて正面の壇上にゴテゴテの椅子が置いてあるような謁見の間みたいな部屋に案内されるかと思っていたが。
今回の謁見というか面会が非公式なものであるからかもしれない。非公式に内密に行われるように手配してくれたシモンじいさんには感謝だ。
扉が開かれ第一王子らしきガタイのいい金髪の男が部屋に入ってきた。左右に騎士と、部屋の中にも数名騎士がいる。全員がムキムキで筋肉集団みたいだなと思った。扉の外には美形で細めの体をした騎士がいた。そんなに警戒しなくてもこの若い男は強そうで、襲撃があっても一人で戦えそうな雰囲気があるのに。
「そなた達が召喚された者達か。挨拶が遅くなってすまない。第一王子のヴィルヘルムだ」
「ケンと申します。この度はこのような機会を設けて頂き感謝します」
「ギンタと名乗っている」
「本日のこの場は非公式である。楽にしてもらって構わない」
第一王子ヴィルヘルムがごつい右手を差し出してきたので握手する。不用心すぎないだろうか。銀太にも手が差し出されて、銀太は迷わずその手を握った。王子が弾かれなくてホッとする。全員が革張りのソファに腰かけてから会話が始まる。
「では遠慮なく。お話の前に、先日提出した水は飲んで頂けましたか」
「ああ、あの水だがな。毒見係が昨日飲んで結果を待っていたのだよ」
王子ヴィルヘルムがそう言うと、再び扉が開き騎士が水瓶とコップを持って入ってきた。テーブルの上に水瓶を置くとそのままの位置で告げる。
「数名が毒見し一日経ちましたが異常はありませんでした。鑑定した者からも異常なしと報告があります。しかし頭痛や腰痛を患っていた者から何故か痛みが減ったと報告を受けております」
タケは痛み止めかよと思って笑いそうになるのを我慢した。
「なんだそれは?薬草でも溶かしてあるのか?」
「そちらは召喚されたベニテング・タケが状態異常回復の能力を込めた、ただの水です」
王子ヴィルヘルムは不思議そうにしながらもコップで豪快に水をすくい、がぶがぶと飲んだ。飲み終わると傍にいた騎士が水瓶を部屋の隅に移動させ、その場で待機するように壁際に立った。
「銀太、この部屋に結界とか張れるか?」
「もう張っている」
「結界だと?それはどういったものだ?そういえば聖界とかいう能力があると聞いたような気がするぞ」
「悪意のある者はこの部屋に入れない」
銀太が部屋に結界を張れるかは知らなかったが、聞いてみたらもう張られていた。きっと出来るか分からないけどやってみたとか言うんだろうな。部屋の中にいた騎士たちは何ともないようだから悪意はなさそうだ。扉の外でキンキン音がしてうめき声が聞こえる。外にいた騎士はそういう事だろう。
「今日の面会は、俺と銀太とベニテング・タケが元の世界に還る方法を探しに北部辺境まで行きたいから、許可が欲しくて希望しました」
「元の世界へ還るだと?北部辺境に何があると言うのだ。しかしギンタといったな。そなたは剣聖を持つ勇者であろう。聖女と共に魔王を倒してもらわねばならん」
「魔王を倒すのはちゃんとするとして、その後は自由ですよね。むしろ用無しですよね。まだ魔王は現れてないと聞くので、銀太のレベル上げ……訓練も兼ねて辺境で帰還方法を探したいのですが」
「うーむ。魔王討伐は引き受けてくれるのか。だとすると辺境で魔物を倒して訓練するのは良いと思うが……しかし聖女の許可を得んとな」
「それです。なぜ聖女の許可が必要なんですか?第一王子の貴方か王が許可すれば良いのではないでしょうか」
「そろそろ水の効果が出てくる頃だろう。その体に聞いてやれば良い」
銀太の言い方がなんかやらしいな。しかし銀太の言葉に、王子ヴィルヘルムはハッとしたように目を開く。
「なんだこれは?急に視界が開けたように……何故王子のオレが平民出の聖女に許可を必要とするのだ」
「それは王子が状態異常にかかっていたからだと推測します。飲む前と比べて聖女について認識に変化はありますか?」
「誠に不思議な事だが、今までは何故か聖女の存在と聖女の行う事が意識から締め出されていた様な気がする。そうだ、弟のテオドールに聖女の全てを任せていたが、その行いが妙であっても意識に入ってこなかった」
「聖女は魅了や認識阻害の様な能力を使うか、もしくはそういった効果のある道具を使用していたのではありませんか」
俺の言葉に、部屋に控えていた騎士がざわつきだす。王子ヴィルヘルムは部屋を見渡すと、張りのある声で告げた。
「お前たちもこの水を飲め。聖女に接触した事のある者は全てだ。オレは自分の判断が正しいか分からん」
「私がお配り致します!もしも殿下に魅了を使用したとあらば一大事でございます!」
水瓶を持ってきた騎士がコップに水をすくって部屋中の騎士に配り始めた。全員が飲み終わった所で王子が騎士たちに問う。周りの意見も参考にするとは、独裁者ではなく中々いいやつかもしれない。絶対音感スキルで聞いても言葉に嘘がなかったし。
「頭がすっきりとした感じはないか?良く考えなくともおかしいのだ。たびたび開かれる夜会や舞踏会は魔王討伐に何の意味があるのだ?聖女が身に着ける宝石に意味はあるのか?城に男性しか残っておらんのは何故だ?テオドールは何故止めない?此度の孤児院の件も、合わせて見直された無意味な増税も、指摘されるまで誰も気づかないのは異常だ」
「恐れながらヴィルヘルム殿下、私も頭が晴れる様な感覚がございます。聖女様の妙な行動がより鮮明に頭に入って参ります」
「殿下、私は聖女様とお会いした事はございませんので思考に変化は起きておりませんが、最近霞んでいた目が良く見えるようになった様に存じます」
老眼かよ。第一王子付きの騎士は高齢化が進んでいるのか?そういえば聖女の周りはキラキラした若いイケメンばっかりだったが、この王子の周りの騎士は顔や年齢よりも実力重視といった感じがするな。全員ムキムキだし。
「ケンとギンタよ。この水は何なのだ?妙な効果が解けるし、体の悪い部分も治すのか?」
「ベニテング・タケが力を込めただけの水です。その効果はまだ実験段階ですが、効いたという事は何らかの異常があったのだと思います。能力を水に溶かす事で効力はかなり薄まっていますので、おそらく皆さんの異常は軽度であったかと」
「実験か。これで薄いとは可能性を秘めておるな。しかし聖女が何かしらを仕掛けたと断定するのはどうか。聖女は魔王討伐に必要であるぞ」
「それは慎重に調べて頂ければ。あとはお任せします。水も追加で必要ならタケに用意させます」
聖女が何を考えているのかは知らんが、聖女は魔王を倒すために要るんだから残しておいてもらわないとダメだろう。易々と決めつけて処分するのはどうか思うしな。魅了に気づいたと知られれば強硬手段に出るかもしれん。でもこの王子なら下手は打たんだろう。
「今の状態でもう一度聞こう。そなた達の望みは北部辺境への遠征であったか」
「はい。三人で北部辺境へ赴き、銀太の訓練と俺らの帰還方法を探る事の許可が欲しいです。旅の物資などの支援もお願いしたいです」
「では許可を出そう。しかし条件がある。辺境までの護衛として騎士数名を付ける事と、逃走などせずに定期的にオレへ連絡を入れる事。それと……」
「先ほどの水を多めに提供しますし、庭で育てた珍しい薬草も置いて行きます」
俺がそう言うと、ヴィルヘルム王子はふっと笑った。いかつい顔だと思ってたけど笑うと爽やかだな。もしかして聖女がこの第一王子に取り入らずに第二王子に取り入ったのは、ヴィルヘルム王子が好みのタイプじゃなかったからか?
「そうして貰えると助かる。第二王子であるテオドールに飲ませて目を覚まさせてやりたいし、王である父も最近体調が芳しくなくてな。そのせいもあってオレとテオドールが国政を任されているのだが、一人の女にこうもかき乱されるとは」
「王の体調が悪いなら水ではなくタケに直接触らせればいい」
銀太が喋った。ヴィルヘルム王子は置物になっていた銀太を見てふむと唸った。二人の視線がバチバチと交わされる。何となくこの二人なら互角に戦えるんじゃないかと思った。
「直接触れた方が効果が高いのであればすぐにでもそのベニテング・タケを呼び寄せてくれ。聖女に悟られぬようにな。聖女の調査も内密に進めてくれ。三人の遠征の手配についてはマルクスに任せる」
「畏まりました。ケン様ギンタ様、マルクスと申します。以後お見知りおきを」
水瓶を持ってきた騎士が進み出た。彼がマルクスらしい。今後のやり取りや申請はマルクスに直接すればいいのか。王子に近い騎士と連絡がとれるのはかなり好待遇だな。
その他諸々を取り決めて、最後はまた握手してからヴィルヘルム王子は部屋を去って行った。警戒心薄いけどやっぱりいいやつだな。