第29話 辺境と歌
マーガレットさんとカルロスさんには私たちの事情を話すことにした。ケンが任せると言ってくれたのでこの二人は信用できるのだろう。火傷跡が治って興奮状態の二人を落ち着かせてから、私とケンが聖女様に間違えて召喚されてこの世界に来たことを話した。二人とも能力を授かったばかりで手探り状態であるとも伝えた。
「ではタケ様は還る方法を探す為に王城に住んでおられるのですか?」
「というかお城から出してもらえなくて、出たとしても行く当てがないから仕方なくお城に住んでいるんですよね。それで還る方法も探してるんですが書物室の大半は読んだはずなのにまだ見つからなくて」
「王城の書物室にないのでしたら、北部辺境に何かがあるかもしれません」
カルロスさんの言葉にきょとんとしてしまった。王城にないものが辺境にあるのか。
「北部辺境?なんでそんな場所に?」
「百年ほど前、勇者様と聖女様が魔王討伐に向かわれた際、北へと進まれ一時は北部辺境を拠点にされていたと聞きます。魔王討伐後は王都へと凱旋されましたが、その後の行方は不明とされています。もちろん国は王城で丁重にもてなしており二人はその後幸せに暮らしたとされていましたが、二人の姿は王城や王都では見えず何故か北部辺境で目撃されたという噂がありました」
「魔王討伐後にわざわざ北部へ戻ったって事?」
「あくまで噂ですが、我々辺境伯だけの情報網もありますので。辺境には魔物が出ますので、安全のためにもお互いの状況は密に共有しているのです。王城で何らかの情報操作が行われている可能性があります」
なぜその記録は書物室になかったのか、帰ったらシモンさんを問いたださないと。シモンさんもそういう話があるなら教えてくれたらいいのに。
当時の勇者も召喚されてきたと聞いているので、魔王討伐が終われば還る方法を探そうとするだろう。その為にわざわざ北部に行き、返還の儀とやらを行った?いや、聖女と恋仲とかいう王道をいくなら北部で二人幸せに暮らしましたとかなのかな。なら北部で目撃された理由に説明がつかない。王城で暮らしたらいいのに、北部は王城より良い暮らしだったのかな。私だけでは判断できないからケンに相談しないと。
昼食の用意が整い、部屋の中央に大きなテーブルが並べられて子供たちが席につく。貴族の人達や見張りの騎士さんたちが見ている中、神父様の挨拶で昼食が始まった。小学校の給食を授業参観のついでに見るみたいな不思議な光景だった。
貴族の方々はもちろん、私達も子供達の食料を取るわけにはいかないとして、壁際で持参したパイとマーガレットさんからのお菓子をかじりながら食事の風景を眺めているだけだった。私は優しいから貴族の方々にもちょっとだけパイを分けてあげた。マーガレットさんはパイを楽しみにしていたようで、カルロスさんと嬉しそうに分け合って食べていた。
テーブルに並ぶ食事は今まで何度か見た食事量よりもかなり増えているように思う。メニューはパンとスープという同じものだけれど、パンの個数は増えているしスープも具沢山で大盛になっている。これが続くなら一安心かな。もう差し入れしなくても大丈夫だろう。
ケンがリュックの中にパイとお菓子を突っ込んでいるのを見てしまった。銀太は我慢するって言ってたじゃないか。ケンは過保護なんだと思う。
「おねえちゃんおうたうたって」「おにいちゃんおひめさまの話して」
「はやくうたって」「まえのつづきを」「おうじさまのはなしして」
食事が終わると子供たちがまとわりついてきた。貴族の方々も早く帰ればいいのに何が始まるのかとなかなか帰ってくれない。今まではここには寄らずに帰っていたじゃないか。ヨハネスさんとアレックスさんに幼児が登り始めた。細いケンよりもがっしりした騎士さんの方が登りやすいんだと思う。
「お前らに作ってもらった楽器、今日持ってきたから演奏してやろう。良いと思ったらまた違うの作ってくれ」
「ききたい」「おやすいごようだ」「よくばりめ」「はやくきかせて」
ケンに手を引っ張られ、部屋の中央に立つ。私たちを子供たちとマーガレットさん達が取り囲んだ。シスターたちも遠巻きに見ている。貴族の方々も帰らずに遠巻きに見ている。だから早く帰ればいいのに。ここでスマホを出すのはまずい気がしたのでケンのベースだけで歌うことにする。ほとんどアカペラじゃないだろうか。
ケンと共にお辞儀をし、ベースを弾くためにケンが椅子に腰かける。私は立ったまま。このままカントリーロードとか歌うと、あのアニメになってしまう……!腹をくくろう、私はあの女の子になるのだ。ケンはバイオリンの男の子だ。
練習してきた数曲を立て続けに演奏し歌う。何度も練習させられたので貴族の方々の値踏みをするような視線にもひるまない。演奏が終わると子供たちが拍手してくれてもう一回と騒ぎ出す。カルロスさんとマーガレットさんもキラキラした瞳で拍手をしてくれた。貴族の方々も拍手してくれたが目線が怖い。損得勘定が含まれている気がする。
アンコールがあったので、渋々前回歌ったウサギを追いかけるやつとか即興で赤とんぼとか歌った。歌詞が全部一番の歌詞になってしまったけど。すぐ演奏できるケンもすごいよね。
「いい歌だった」「もういっかいききたい」「心にしみわたる」「オレも歌いたい」
「お二人の歌はいつも素晴らしいですわ。この曲はお二人の故郷の曲なのでしょうか?」
「ああ、俺とタケの国の曲だ。楽器が揃えばもっと最先端のカッコいいのができるんだけどな」
「初めてお聴きしましたが今のままでも素晴らしい演奏でしたよ。辺境に帰ると聴けなくなるのは残念です」
遠巻きに見ている貴族の人達が近寄ってこない。なぜかとカルロスさんに聞くと、自分より位の高い貴族が話している時に割り込むのは失礼に値するんだとか。カルロスさんより高い位はここにはいないらしく、防波堤になってくれているようだった。
「ねえみんな、さっきの痺れるお花見せてくれる?」
「うらにわにある」「いっしょにいこう」「こっち!」「きれいなおねえちゃんもいこう」
私はきれいなお姉ちゃんじゃないのかな。無邪気な子供の言葉に傷ついているとケンが苦笑いしながら頭を撫でてくれた。心を読むな、同情するな。