第25話 パイ
翌日の朝食をケンとソルさんと銀太と私でとっていると銀太が喋った。
「昨日のパンはないのか」
「パン?オレンジパイの事かな?あれは料理人さんがこっそりくれるやつだから毎食は無いの。運が良ければ昼過ぎに騎士さんが持って来てくれるかな。あ、聖女様の所に行けば毎食もっと良いのが食べられるって聞いたよ」
「行かない。ここにいる」
「でもさ、たぶんシモンじいさんもだけど騎士達も銀太のこと連れ戻しに来るぞ」
「ここにいるにはどうしたらいい」
「どうしたらいいんだろう?でも行かなくていいの?美味しいもの食べれるし美男子がより取り見取りだよ?」
「行かない。ここにいる」
銀太が結構喋る。下手したらソルさんよりも喋る。何故かは分からないけど、本人がここに居たいというなら意思を尊重して協力しよう。
「うーん、とりあえずは無言を貫いて昨日の結界みたいなやつ張ってみるとか?」
「それか俺の中二病がうつった事にして近寄るとうつるぞーって言ってやるか」
「聖女様は呪いを解呪できないっぽかったから、ケンの中二病を呪いって事にしてみる?そして銀太は意思疎通が出来ない上に、呪いまでかかっちゃったとか。あ、そしたらケンのせいになるかな」
「一緒の家に押し込めたシモンじいさんのせいになるだろ」
「じゃあいいか」
「それでいこう」
方針は決まった。銀太には騎士さんの前ではだんまりを決め込んでもらう事にする。しばらくは凌げるだろうし、銀太の気持ちが変わるかもしれないし、聖女様が諦めるかもしれない。今日から数日は書物室を諦めて家から出ないで引きこもったほうが良さそう。ソルさんにも口裏合わせて貰わないとと見やると、こくこく頷いていた。かわいい。
予想通り昼過ぎには聖女様付きイケメン騎士さんとシモンさんが家に来た。シモンさんは騎士さんがいるならとダイニングテーブルについてお茶を飲んでいる。おやつのパイが目当てで来たのか。
イケメン騎士さんが話しかけてもやはり銀太は黙ったままだし、触ろうとするとキンと弾かれる。騎士さんを弾いた瞬間、銀太は私とケンを見て口の端をかすかに上げた。楽しんでやがる。ケンと私は神妙な顔を作り、騎士さんの背後に立ってから銀太に向かってサムズアップを送ってみた。
しばらく結界らしきものと格闘していたイケメン騎士さんは力尽きてトボトボと帰って行った。私たちが取り決めた言い訳とか言う暇もなく、問答無用で連れて行こうとして拒否られて帰って行った。それでいいのか?
入れ違いにヨハネスさんがアップルパイを持って来てくれた。当初のリンゴパイよりもさらに日本のアップルパイに近づいたので、敬意を持ってアップルシナモンパイと呼んであげる。一緒に食べたそうにしているヨハネスさんを追い返してから、お皿に分けて皆で頂くことにした。
この世界では男性のほうが甘味に目がないのかな。聖女様が女性をお城から追い出したせいで女性の統計がとれないけど。銀太はやはり味わうように一口ずつ丁寧に食べていた。その上品な仕草、どこかの世界の貴族だったりして。
「見る限り説得に失敗したのかのう?」
「ごめんねシモンさん。銀太がここに居たいって言うから、協力する事にしたの。聖女様から怒られてたりしない?」
「今回はまさに『剣聖』を召喚したから大丈夫じゃ。ワシの仕事は『剣聖』である勇者を召喚する事じゃから、あとは聖女様付き騎士の仕事じゃ」
シモンさんにお咎めがあるかと心配してたけど大丈夫そうだった。ならこのままでいいか。
「それといつもの外出許可がやっと下りたが、銀太は置いていくようにとの事じゃ。三日後じゃ。タケとケン殿の名で申請しておるから二人しか認められておらん」
「やっと許可がおりたんだ!前回から長かったよね?何かあったのかな?」
「そりゃ孤児院の規律が見直されたりタケ達がその孤児院に通っとる事が分かったからじゃろ。寄付金着服が発覚した城の重鎮も処分されたりと処理が滞っておった」
なるほど、孤児院の運営が正しく見直されることに喜んでいたけど、こんなところに影響があるとは。でも早めに外出許可が下りて良かった。
「久しぶりに子供達とマーガレットに会えるかもな。俺のベースを子供達に聴かせる時が来た!」
「料理人さんにパイたくさん焼いて貰わないとね!銀太もそのうち一緒に行けるようになるといいね」
「…………」
それから外出日までは、家の中で過ごした。書物室での調べものは一旦お休みする事にした。一日二回程、イケメン騎士さん達が入れ替わり立ち替わり家に来て銀太を連れ出そうとするが弾かれてトボトボと帰っていく。聖女様に何か言われたりするのだろうか。
「そうだタケ、スマホの曲流してくれないか?この前見た時カロミオベンのピアノのやつ入れてたろ。あれならベースと合わせられそうだ」
ケンに言われてスマホを操作する。気配を感じて顔を上げると私の体の左右にソルさんと銀太がへばりついていた。二人とも不思議そうな顔で画面を覗き込んでいる。両手に花ですか?緊張するのでやめてください。
「合唱コンクールの自由曲で歌った曲だ。懐かしいなあ。巻き舌がむずいんだよね」
「お、歌えるのか。だったら歌ってくれ」
「やだよ!恥ずかしいし!」
「次に孤児院行った時に歌う事になるんだから練習しとけよ」
歌う事が決定したらしい。拒否してもケンの交渉術で丸め込まれて結局歌う事になるんだろうな。しょうがない、練習しとくか。
スマホからピアノのメロディが流れ出すと、ケンもベースらしき楽器を鳴らす。子供達に細かい指示を出して作らせたからか、綺麗な音が鳴っている。そして私がメロディに合わせて歌い出すと、ケンは見事にハモってくる。ケンが歌うのは合唱の時に一部女子が歌っていたアルトパートだった。私はソプラノパートしか覚えてないけれど、ケンはこの曲のハモリ部分を知ってたのだろうか。それとも絶対音感のせいなのか。
歌い終わるとソルさんが拍手をしてくれた。嬉しい。銀太は私の肩をポンポンと叩いてくる。労いとかなのかな。よく分からない銀太に戸惑っているとケンにスマホを操作されて次の曲が流れ出す。カントリーロードのピアノ版だった。海外の曲だけどアニメで聞いて気になったからダウンロードしてた。
ケンのベースもピアノの音色に被せるように鳴り出す。三人の目が私に歌えと言ってくる。これも今度歌わされるんだろうな。観念して練習することにしよう。
「タケ案外綺麗な歌声してるな。銀太懐いてるじゃん」
「そ、そうかな。ありがと。銀太がさっきから私の肩を叩くんだけどこれ何か分かる?」
「称賛だろ?」
「……」
銀太を見るとコクリと頷いた。日本との文化の違いを感じた。そしておもむろに喋る。
「ついていく」
「え?外出する時にってこと?」
「孤児院が見たい」
「えぇー。銀太は許可出てないから連れて行けないよ。見張りに騎士さん付いてくるし。次に銀太の分も申請するから待っててよ」
「ついていく」
「私達も一緒に行きたいけど、今回だけは留守番しててよ」
「ついていく」
それから銀太はついていくしか言わなくなってしまった。いざとなったら当日ソルさんに押さえててもらおう。