第23話 再・再召喚
シモンさんが家を訪ねてきた。手には調理場から貰って来たらしいレモンパイを抱えていた。最近はシモンさんの砂糖提供により、色々なパイが食べられるようになった。いちごのパイと桃のパイは既に作ってもらった。ブルーベリーパイとか食べたいけど色が黒いからという理由であまり料理には実を使わないらしい。おいしいのに。そういえばチョコも黒いから嫌がられたのだった。
「再び召喚の準備が整ったから召喚の儀があるぞ!」
「前にも同じセリフ聞いた気がする」
「フラグは立てないと折れないからな」
レモンパイをお皿に分けて、ソルさんも交えて四人で頂く。生クリームとか乗せたらもっと美味しいのにと呟くと、シモンさんの意識が生クリームにいきそうになったので慌てて引き戻す。だから糖尿病になるよって。
「今回も魔法陣を改良したし、長い時間をかけて魔法陣を描いたからの!成功するぞぉ!」
「またこの家に人が増えるのね」
「ベッド狭くならんか?俺ソファで寝るとか嫌」
「成功すると言っておろうが」
二度あることは三度ある、だよおじいちゃん。
「それで召喚の儀に、タケとケン殿も参加せんか?帰還の参考になるやもしれん」
「えっいいの?!見たい見たい!」
「見たいけどマーガレットの事も片付いてないのに次々イベントが起きるな。いつやるんだ?」
「明日じゃ」
「「明日?!」」
石造りの壁に囲まれた部屋の床に魔法陣が線で引かれている。書物室で文献を読み漁ったから知っているけれど、この線は細かい文字で形成されている。文献で読むだけではその細かさや魔法陣の大きさも良く分からなかったが、実物を見ると本当に細かくびっしりと書かれていて、魔法陣も召喚された時の印象よりも大きくて少し感動する。こんな繊細な作業をした上で、私とケンは間違えて呼び出されたのだ。今回はどうなるのだろう。
シモンさんから渡された黒いローブを目深に着て部屋の隅にケンと並び立つ。部屋の入り口を見ると、扉の前に見覚えのある騎士さんが二人立っていた。ヨハネスさんとアレックスさんではないけれど私たちにお菓子を持って来てくれる騎士さんだ。目が合ってお互いに微笑みあう。黒いローブの人達も私たちを温かく迎えてくれた。数カ月前に召喚されて来た時と見えるものが全く違う。
「召喚の儀を執り行う。魔法陣を囲み魔力を流せ」
威厳のあるシモンさんの声に、部屋の中にいた黒いローブの人達が魔法陣を囲うように立つ。私とケンは隅で待機していていいと言われているのでそのままの位置で眺める。黒いローブを着たシモンさんとその他大勢が魔法陣に向かって手をかざし、何やら力を注いでいるようだった。それに応えるように魔法陣が光り輝きだす。
その光が最高潮に達したと思われた頃、魔法陣の中央に人影が見えた。光がおさまるにつれて人影がハッキリとしてくる。小柄な男性のようだった。貴族が着る様な豪華な衣装に身を包んだ彼は、魔法陣の中央に立ち尽くしている。やがて光が完全に消え、男性の容貌が遠目からでも分かるようになった。
銀色のサラリとした髪、透き通った白い肌、鋭い目つき。年齢は15歳くらいに見えるが異世界の人の年齢は見た目通りじゃない事もあるらしいから分からない。でもあの銀色の髪は地球出身ではないだろう。彼の美しさに、黒ローブの人達が息をのむ。男性同士でも見とれてしまうほどに美しく、迫力があった。
「召喚に成功した!聖女様にご報告を!」
黒いローブを着たシモンさんがそういうと歓声が上がった。私の召喚の時にあのセリフを言ったのはシモンさんだったのか。扉の前にいた騎士さんは扉を開けて外へと出て行った。聖女様を呼びに行くのだろう。
あの時の様に、黒いローブの人々は互いにねぎらうように肩を叩き合って喜んでいた。やはり今回もぐったりとへたり込んでいる人がいた。召喚には相当な魔力とやらを使うのだろうか。聖女様が来るらしいので、ケンと私はフードをさらに深く被りなおして部屋の奥へ移動した。聖女様に見つかったら厄介だし。
しばらくすると先ほど騎士さんが出て行った扉が開き、数人の人間が部屋に入ってきた。先頭に聖女様が立っていて、周りを囲うように騎士さんを引き連れている。さすが一軍の騎士さん、超絶イケメンである。聖女様は前回と同じく足首までの白いドレスワンピースを着ていてアクセサリーをジャラジャラつけている。マーガレットさんの衣装を改造した時に宝石の値段も見たが、あのアクセサリーについている宝石一つで孤児院の何カ月分もの食費になると思うと悔しい。
そんな不敬ともいえる事を考えていると、聖女様は床の大理石に描かれた線の外側まで近づきふわりと微笑むと首を傾げる。肩にかかっていた長い金髪がさらりと零れ落ちる。周りの人達からほぅとため息が漏れた。
「少し幼いようですが……あなたが、勇者様でしょうか?」
「…………」
女同士だからか分かってしまうけど、聖女様の目の奥が肉食獣のように獰猛に光っている。幼いと言いながらロックオンしましたよね。ケンの時もこうだったのだろうか。ちらりとケンを見上げると、小さく震えてドン引きしていた。
そして召喚された銀髪の彼は、聖女様の問いに答えない。というか微動だにしていない。目の動きはここからでは見えないが、聖女様の事は見えているのだろうか。
「あら?聞こえていないのでしょうか」
聖女様の困ったような声に、周りにいた騎士さんが銀髪の彼に近づく。騎士さんがその肩に手を触れようとした瞬間、キンという音とともに手が弾かれた。銀髪の彼は全く動いていないのに、騎士さんは大きく弾かれていた。部屋の中に動揺が走る。
「私どもに悪意はありませんのよ?どうか、お名前をお聞かせ頂けないでしょうか」
「…………」
それでも聖女様は懸命に話しかける。美女を妬んでいるわけではないのだけど、これが狙った獲物は逃がさないってやつかと思ってしまった。妬んでない。
「困ってしまいましたわ。きっと彼なら私に力を貸してくださると思いましたのに」
「聖女様、能力の鑑定だけでも致しましょうか」
シモンさんが提案した。そうか、勇者というのは剣聖の能力がある者だとされている。彼が剣聖の能力を持っていなければ、聖女様が喋れない彼にこだわる必要もないだろう。持ってたら厄介だけど。聖女様がシモンさんを見て優雅に頷くと、シモンさんは部屋の隅から水晶を持ってきた。
銀髪の彼の前に水晶を差し出し、力を注いでいるようだった。たしか鑑定される側が水晶に手をかざしたら視えたはずだけど大丈夫かな。でも水晶なしでも視えたとか言ってたから手をかざしてもらわなくても視えるのだろうか。微動だにしない銀髪の彼の前で、無機質な丸い石の塊がふわっと光った。よかったねシモンさん!
「視えました。『剣聖』と『聖界』……なんと二つもある!それに聖界とは初めて見ますが、先程弾かれたものでしょうか?」
「剣聖。彼は『剣聖』なのですね?やはり、彼でしたのね!」
シモンさんは尚もぶつぶつ言っているが聖女様は嬉しそうにふわりと微笑む。周りの騎士さんはその微笑みを見てデレっとしているけど、私の横に立っている人は喉の奥でヒィと鳴いた。
「勇者様、私と共にこの国を救っていただけませんか?」
「…………」
「呪いか何かで言葉を失っているのでしょうか?」
「…………」
聖女様が懸命に話しかけるが、何も答えないし微動だにしない。黒いローブの人達もイケメン騎士さん達も途方に暮れたような顔をしていた。
「聖女様、呪いでしたら状態異常の分類に入るやもしれません。ひとまず先に召喚されたベニテング・タケに治させてみてはいかがでしょう」
シモンさんやめて。もし先天的に声が出ないとかなら治せないから。それに聖女様の為に治すのとかやだ。そもそも聖女様が治癒能力使って治したらいいのではないかい?
「そうですわね。意思疎通が出来ないのは困りますものね。ではそのように。あの者に治せるかは存じませんが……治りましたら私の元へ必ず送り届けてください」
聖女様はそう言うと名残惜し気に銀髪の彼を眺めていたが、やがてイケメン騎士さんを引き連れて歩いて行ってしまった。聖女様は治せないんかいっ。心の中でツッコミを入れながらも、残された私とケンと黒いローブの人々は呆然としたままその場に取り残された。触ると弾く彼をどうやって動かすつもりなのだろう。