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第16話 食事と歌

 一階の広く暗い部屋へ戻るとテーブルがたくさん出されていて料理が配膳され、皆が私達を待っていたようだった。配膳された料理はスープとパンだけだったが私達が買ってきた食材が追加されているようだし、アップルパイも添えてある。全員に届いたようでよかった。私とケンが手を繋いでいる子供達の顔を見たアルス神父は微笑んで涙ぐんでいる。子供達に手を引かれるままにテーブルにつくと、向かいに座っていた騎士さんが話しかけてきた。


「タケ殿、食前のお祈りとご挨拶をお願いされております。是非タケ殿にお願いしたいと」

「私?無神論者なのでお祈りとかできないんですが」

「でしたらご挨拶だけでもお願いします」


 見渡すと50人以上の人々がこちらに注目している。緊張してきた。ケンに代わってもらおうかと隣を見てみたが目を逸らされた。役に立たないやつめ。


「では…えー…昼食を食べる場所がなかったので、こちらの場所をお借りする事になりました。なぜか食材を買いすぎてしまって食べ切れないので、処分するのをみなさんに手伝ってもらえたら助かります。横に添えてあるパイは試作品を作っていたら作りすぎてしまったので、こちらも処分を手伝ってもらえたら嬉しいです。……ではいただきましょう!」


「食べていいの?」「どういうこと?」「しさくって何?」「きこえん」「なんていったの?」「はやくたべたい」


 くっ…子供は正直だ。しかも伝わらなかった。ケンよ、笑いをこらえるでない。騎士さん達も苦笑いしないでくれ。結局神父様の言葉で食事が始まった。


 食事は賑やかだった。シスターによるといつもは食事量の少なさなどから皆が黙々とパンを口に運び、すぐ食べ終わる作業のような時間だったという。しかし今日はいつもの倍くらいの量でアップルパイもある。量についてはケンの交渉術様々です。別の日に食材を回してもらっても良かったのだけど、不正がないかをチェックされた時に多すぎる食材が見つかると次回から寄付額が減らされる可能性があるとか。どんだけ虐めたいんだ。パイは甘くて初めて食べる食感だったらしく、泣き出す子もいた。喜んでもらえたならよかった。


 毎日来れるわけではないけれど、今日のこの食事で助かる命がもしかしたらあるかもしれない。



 食事が終わりテーブルが片付けられると、中央に椅子が置かれて周りを子供達と騎士さんが囲うように座った。ワクワクとした顔をしている。主役は椅子の前で優雅に礼をすると低くてよく通る声で話し出した。さっきまで泣いていた赤ちゃんも、何故かケンの声を聞くと泣き止んで眠り出した。


『赤い服を着た女の子は、おばあさんにお菓子とぶどう酒を届けるため、森へと歩いて行きました』


 この世界向けにアレンジが加えながらも物語が進んでいく。声色を変えながらテンポよく話すので全員が釘付けになっている。狼が口を開けて女の子を飲み込むシーンでは子供達のキャーという声が聞こえた。騎士さんたちも両頬をおさえてキャーと言っている。かわいくないからやめて。私も端っこの入口ドア近くで聞いていたけれど、知っている物語なのに惹き込まれるなんて、その才能はなんなんだ。



 もうすぐ終わりかと思う頃孤児院の入口の扉が開き、マーガレットさんが静かに入ってきた。今日は薄い水色の簡素なドレスを着ている。彼女はケンが物語を話しているのを確認すると、傍目に見ても分かるほどガッカリしていた。前も楽しそうに聞いてたものね。マーガレットさんの近くへ寄り小声で話しかける。


「こんにちは、タケです。マーガレットさん、覚えておられますか?」

「ごきげんよう。もちろんですわ。あの様な素敵な出会い、忘れられるはずがありませんもの。なぜ私はもう少し早く家を出なかったのかしら」

「まあまあ、次も会えたらまた聞けますよ」


 そうこうしているうちに物語が終了し、ケンが立ち上がりお辞儀をすると拍手が巻き起こった。拍手の音にびっくりして赤ちゃんがまた泣きだしたりして賑やかだ。ケンが私たちのほうへ目線を動かせてマーガレットさんを確認すると、円の中心からまっすぐこちらへ歩いてきた。


「また会えたなマーガレット」

「ええ、お会いできて光栄ですわ。ケン様はお変わりないようで何よりです」

「タイミングが悪かったな。そうだタケ、スマホに入ってる曲流してさ、二人で歌おうか」

「えっ私歌うの苦手なんだけど。それに古い歌しかないよ?」

「歌をうたわれるのですか?わたくし、屋敷に稀に来られる旅芸人の方からしか聞いたことがありませんの。ぜひ聴かせていただきたいですわ!」


 美人にイイ格好をしたいのか。そのために私は犠牲になるのだ。マーガレットさんに爽やかな笑顔を向けたケンは嫌がる私の手を引きずって椅子の前まで来てしまった。


「このウサギ追いかけたりフナ釣ったりするやつなら歌えるだろ?三番まであるけど歌詞画面に出てくるし。俺ハモリやるから上やって」

「うーん、合唱コンクールでやったからたぶんできるけど……」


 渋っていたけど、子供たちとマーガレットさんが期待を込めた目で見てくるので押し切られてしまった。スマホの音量を最大にして再生ボタンを押すと、前奏が始まる。後には引けない。なぜ私はインストゥルメンタル版をダウンロードしてしまったのか。歌が入っていたら流すだけでよかったのに。


 日本の古き良き曲を歌い出す。ケンが完璧なハモリで重ねてくる。即興でハモれるのは絶対音感が関係しているのか?ケンがぴたっとハモってくるのでまるで自分が上手くなったような気持ちになり、のびやかに歌うことができた。


 三番まで歌い終わりお辞儀をすると、一瞬の間を置いてからまたもや拍手の嵐が巻き起こった。自分でも顔が赤くなっているのがわかるから、そんなに見てこないでほしい。隣のケンを見ると満足そうな笑顔とサムズアップが返ってきた。イイ格好ができてご満悦らしい。次に来る時にも歌わされそうになったら全力で辞退しよう。



 アルス神父とシスターの計らいで私たちとマーガレットさんの椅子が用意された。子供たちは薬草の分類や赤ちゃんの世話へと戻っていく。手が空いているらしい幼児寄りの子たちは私たちの周りをウロチョロしてるけど、害はないから放っておこう。


「先ほどの歌、とても素晴らしかったですわ。どこかから音が鳴っているのも不思議でしたが、心が洗われるようでした。あなた方は毎週こちらに来ておられるのですか?今までお会いできなかったのが残念です」

「私たちは最近ここを知って、今日で二回目なんです。マーガレットさんは毎週来られてるんですか?貴族の方って義務でたまに来るって聞いたんですけど」

「わたくしは先月頃からこちらへお邪魔しております。それ以前は体調の優れない日が多かったもので、屋敷から出ることを許されていなかったのです」


 体調の優れない日が続くのは何かの病気だろうかと思って聞いてみると、朝起きて立とうとするとめまいがしたり、時には気を失ってしまうことがあったとのこと。朝起きるのも眠気がありなかなか起きれず、その代わり夜は目が冴えて寝付けない。ご家族の方々は心配してくれたそうだが、外部の人からすると怠け者に見えてしまいかねないとのことで、屋敷の中でそれはそれは大切に箱に入れて育てられていたと。


 その話を聞いて驚いた。私も高校生の頃に同じ症状があったからだ。学校の先生やクラスメイトはそんな私をまさに怠け者と認識していたようだが、母の入院先の看護師さんに話したところ、それが十代に起こりやすい病気の一つだと知った。卒業後は次第に症状が治まってきて二十歳になった今では完全に消えている。マーガレットさんが同じ病気かどうかは分からないけれど、最近おさまっているということはその病気の可能性が高い。


「最近は体調が良くなりましたので、父に連れられてこちらを訪問するようになりました。お恥ずかしながら友人もおりませんでして。体調が戻ったことで、先延ばしになっておりました婚約者も決まりましたのよ」

「その割には嬉しそうじゃないな。婚約者がいるならここじゃなくて婚約者の所へ行ったらいいだろう」


 ケンよ。美人を他の男性にとられたからといっても言い方があるだろう。しかしマーガレットさんはケンの言葉に寂しそうに微笑み、俯いてしまった。儚げな美人が、さらに儚げになってしまった。この儚さが私にもあったらよかったのに。



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