7話 それが出来れば苦労はしない
誘饗塔とは、いわばプレイヤーがつけた俗称らしい。
元々は、貸工房が近くにあるからという理由で、数人の生産系プレイヤーが合同で土地を購入したのが始まりだそうだ。
最初こそ、ただ単にお金の節約程度の目的だった彼等はしかし、話し合うことで気付いたのだ。
通常のゲームであれば、スキルのテーブルは同じだし、そこで競うのはせいぜいがデザイン程度だが、ここでこのゲームの特徴を思い返して欲しい。
そう、キャラストーリーである。
プレイヤー1人ひとりが違う報酬を得る、というシステム上、生産はお互いの腕をぶつけ合い、しのぎを削る従来の形ではなく、お互いのスキルやアイテム、情報などを共有した合作の方が遥かに自由度が高いのである。
ゲームを始めた生産系プレイヤーは、まず己の腕を信じ、振るい、そして壁に至ってこの塔へと来たる。日々、各々が作りたい物を延々と作り続け、そして空腹度がきれると、饗宴の時間に近くの仲間と情報を交わす。
その有り様と、装備を求めて来る戦闘系のプレイヤーがふらふらと寄り付く様から、誘蛾灯をもじって誘饗塔となったそうだ。表のランタンなんかはその名前がついた後に、有志の悪ノリで設置されたらしい。
なんで知ってるかって?
それは目の前にいるこの人が丁寧に説明してくれたからだね。
「ってことで、何故かここの創始者をやらされる事になった、鍛冶師の安綱だ、以後よろしくな。」
―――話は少し前に立ち返る。
――――――
「やあやあ、励んでるかね、プレイヤー諸君」
扉を開けるや否や、師匠がそんな呼びかけをする。
「やっぱりアスタさんですか。相変わらず変な挨拶ですね。貴方となると、用件は安綱さんですか?」
中から出てきたのは『今日の受付当番』と書かれた木板を首から下げたプレイヤーだった。とは言っても、直ぐに首を引っ込めると、壁掛けの電話のような何かで、いづこかへ連絡をとる。
「凄いよねー、あれ、電話だよ。」
訂正、電話だったようだ。
「彼等、このゲームのNPC達の文明レベルを数世紀は引き上げたって聞いたことあるけど、噂は本当なのかもねぇ。」
と、いうか。
「師匠、今回はアスタって名前なんですね。意外と普通でびっくりしましたよ。」
「まぁね、リアルモジュール使うゲームで、『***名前をいれてね***』とか、流石の私もハードル高すぎて止めたよ。」
なお、先程のが前作での彼女のユーザーネーム、よくあるネタネームの1つではあるが、流石の彼女も今作では付けられなかったらしい。
リアルモジュールでネタネームを付けるハードルの高さは、例えば通勤途中の見知らぬ人が乗った電車で、その名前で自己紹介する絵面を思い浮かべて貰えればればてっ取り早いだろう。
端的に言って地獄絵図である。私?私はもちろん嫌だよ。
というか、多分*かな?名前の由来。
「…っと、アポ取れましたよ。安綱さんは上で待ってます、どうぞ。」
阿呆話をしているうちに連絡を送ってくれたようで、2階の部屋に通され、
そして冒頭に繋がるという訳だね。
――――――
「安綱だ。以後よろしくな。」
差し出された手を握り、こちらも挨拶を返す。
「こんにちは、ツクモです。以後よろしくお願いします。…ただ、あまり接点がなさそうな気もしますが、どうでしょう?」
「おや、どうしてそう思うんだ?」
簡単な話である。鍛冶師で、安綱。100%狙っているとしか思えないその名前は、日本刀の鍛冶師。いわゆる刀鍛治の名前だ。
私的、絶対ゲームだと強そうな名前ランキングでトップクラスの日本刀、鬼切や童子切なんかを打った人として、私のゲーム脳にしっかりと保存されている。
…ただ、今回私の武器は糸。やっぱり縁はなさそうな気もする。
「やっぱり、名前にあやかってですか?」
「その若さで知ってるとは珍しいな。それもある。あとはゲームの中ならば、例えばエンチャントなんかで妖刀や名刀も打てるだろうから、ここでなら、寧ろ越えられるのかもしれない、とも思ってな」
「ハードル上げていきますね、エンドコンテンツでは?それ」
頑張って繋げたが、これ以上はにわかにはきつい。
謎に話が広がるも、所詮私はゲーム脳。そろそろ話題がつらいと言ったところで、師匠からの催促がとぶ。
「さてと、そろそろ本題なんだけどさ、生産系のトップに立ってる安綱的にさ、彼女、直せると思う?取り敢えず鑑定してみてよ」
手で示されて、胡乱げにアサギリへと視線を向けた彼の目は、その後驚愕で開かれる。
「人形!?正気か?こんな13歳くらいの子供にか!?止めさせるべきだ、トラウマになるぞ!?」
「大丈夫、きっと考えがあっての事だろうから。それに彼女、確か年齢は18歳くらいだったはずだよ。ほぼ合法って感じだよね。」
飄々と流すのは、私への信頼の証だろうか。
ただごめんなさい、師匠。実は完全に偶然なんです…。
なれど、その大変気遣って貰っている空気感の中で言うのは流石にはばかられたので大人しくしておく。
「…まぁいい、わかったよ。直すだけなら簡単だろう。実際、流行ってた時期にスキルだけは生やせたやつも結構いたしな。要するに斡旋って訳だろう?一応便宜上の確認だ、着いてきな、アスタ。」
そう言って彼は、アスタを連れて部屋を出て行く。
静謐を取り戻した部屋で、必然、アサギリと二人きりになる。
「…へい相棒。なんか大事になってるね?」
「そうですね、マスター。ただ、どうやら直るようで、そこは一安心ですね。」
と、そこでアサギリは咳払いを1つ。
「…ところで、あの、アスタさんと何かあったのですか?口調もやけに丁寧ですし」
やっぱり聞かれるだろうとは思った。ただ、これ自体は別に話しずらくはあるが秘密でもなんでもない。
「なんのことは無いよ。…昔、一緒にクエストをやったんだ。色々と面倒なギミックが盛りだくさん、その中でも特殊だったのは、1人では入れないってところだね。」
そして、私が失敗したんだ。
普通なら、もう一度やり直せばいいわけだけど、これは違った。
所謂コラボクエストたるそれは、しかしコラボ先からの無茶な要望の結果、期間中1度のみしか挑戦できない、紛うことなき理不尽として、2度目の挑戦を阻んだのだ。
結果、そこのドロップ品が強力だったこともあって、師匠は、環境に大きく遅れをとる事になった。
オンラインゲーム特有の、闇の部分である。
「あの人は、気にしなくていいって言ってくれてたんだけど、どうにも私自身が気まずくてね。それでその時からずっと、私があんな口調なんだ。」
「…でも、アスタさんは寂しそうでしたよ?そろそろ寄り添って上げるべきなのではないですか?」
それが出来れば苦労はしないってね。
私が悪い事ということを知っているが故に、アサギリから気まずくて目を逸らす。私だって、やめたいがやめられないのだ。根深い問題である。
「やあやあ、アサギリちゃんの件、ちゃんと目処が着いたよ?幸いにしてなかなかの凄腕らしくてね、人形用の武装もある程度高度なものが作れるらしいよ。」
師匠だ、どうやら戻ってきたらしいね。
若干ナイーブな気持ちを内に抱えつつも、取り敢えずはアサギリの修理の話を進めるとしよう。
ようやく他のプレイヤーを出せた…。
ということで、ここからは話が広がっていく(はず)なので、よろしくお願いします。