4話 寝れないことを覚悟しとくといいよ
なんだかんだ1体倒してたから、状況は2対3。1人辺り1.5体担当と聞くと、さっきの3体の2分の1。断然勝ち目はありそうだけど、その前提を確定するにはもう1つ質問が必要だ。
「どのくらいやれる!?」
「今現在の耐久値だと、1匹程度でしょうか。ただ…」
彼女の右腕に刻印の様なものが浮かび上がる。何それめっちゃ浪漫あるじゃん、等と場違いにも考えていると、それは収まり、その手には小瓶が握られていた。
「これを使ってください。品質は悪いですが、所謂ポーション。回復薬です。」
ありがたい…!さっきまでの無い無い尽くしの戦闘が嘘みたいに此方側に有利になっていく戦況に、感謝と既視感を覚える。そう、これは…
「チュートリアルさん…!」
「チュート…?よく分かりませんが、来ますよ!」
怪訝な顔をしたのも束の間、飛びかかって来た狼に、またしても何処からか取り出した、今度はナイフで応戦する、推定人形さん。如何程の代物かは知らないが、少なくとも私の素手(ダメージ2)の十数倍かは火力が出ているあたり、やはり人は武器に頼ってこそらしい。人形を見て人の何たるかを悟るとは、なかなかの皮肉な話である。
「『糸スキル、発動。』…ふむふむ、まじで糸だね」
改めて糸を見る。どう見たって魔力から作りました!みたいな光り方をしているが、手触り的には普通の糸といった感じだ。
もっとファンタジックな感じの、糸を振り回して相手を斬る様な性能は期待できそうもないが、最低限糸ならなんとでもなる。
「へいかもーん、犬っころ!」
避けるのは簡単だ。
既に幾度となく繰り返された攻防をなぞる様に、斜め後ろに、そして前に。腕だけは先とは違い、首元に置き土産を置いてゆく。
そう、狙いはサスペンスでよく見るアレである。
「そーれ!…っ!?」
全力で引っ張った数瞬後、やけに軽いと思った己の耳に、ゴトリ、となにかが落ちた様な音が届くと、後ろでゲーム的演出で消えてゆくご遺体が見える。
いや、めっちゃ切れるじゃん!?あぶなっ!?
明らかに斬り飛ばしたっぽい感じの性能に、先程まで適当に触っていたことにビビりつつも、ようやく見えた反撃の光明に、体は次の獲物を狙う。
「もう、いっかーい!せい!」
こっちは結構削っていた方、ただ、それでも半分くらいあった体力を消し飛ばす。素晴らしい…!やはり武器だよ、時代は…!
前作では拳しか使っていなかったとは思えない、妙なテンションに染まりつつ。
宣言通り一体を人形が軽くあしらう所を見て、戦闘終了。
「スキルを初めて知ったとは思えない、素晴らしい腕前でした。マスター。」
「皮肉やめて、多分暫く私だけでも勝手に引きずるから」
それは置いていくとして、
「私はツクモです。特徴はスキルの使い方も分からない残念系?あなたはどなたですか?」
「そう、ですね。名前…ですか」
私の飛ばした皮肉を華麗にスルーしつつ、思案する様子を見せる彼女。
「分からないのです。特徴はどうにも、主要な出来事に関する記憶が無くて、信じていただけないかもしれませんが」
おっと、行く先不安のご同胞かな?
「全然信じるよ!ところで、私も記憶喪失って言ったら、信じる?」
「あなたも、ですか?」
「そうそう!お互い、自己紹介が楽でいいね!」
…コミュニケーションミスった?めっちゃ困惑しておられる。
まぁ、確かにちょっとさっきの戦闘でテンションバグってたとはいえ、ロールプレイ勢として見ると、私ちょっと楽観的すぎる気はする。
「えっと、こほん。取り敢えず、私も、いつまでも名前が人形だと誤認が起こりそうなので名前を頂けるとありがたいのですが」
この子、困った時は咳払いする癖があるらしい。ともあれ、せっかく戻して貰ったテンポに茶々を入れると、今度は収拾がつかなくなりそうなので、真面目に考える。
取り敢えず、こういうのは見た目から入ろうか。
先の戦闘中は流石に余裕が無かったが、いい機会なのでじっくりと眺める。
肩まで延びる白髪。先端を見るにどうやら元は緑色だったのだろうか、だとしたらだいぶ年月が経っている。ただ、その過ぎ去った時を感じるのはその部位だけで、端正な顔立ちや延びる肢体には傷なんかの類はない。纏う服装はこれまた不思議な格好をしていて、なんというか近未来のメイド服といった体だ。見た目年齢はざっくりと言えば十七か、八くらいだろうか、なんかちょっとコンプレックスに触れられた気がする。それはそれとして、彼女も大概謎が多い。
「名前…名前ねぇ。」
白色、緑色…。なんだろう、植物とかかな?
「チグ…。いや、アサギリなんてどうかな?」
「由来は?」
「えっと、植物の名前なんだけれど、葉っぱが白いっていう特徴があるんだよね。1つ目の理由はそれ。あと…」
「あと…?」
「植物のサイズがね、小さい」
流石に、あなたもスレンダーだし、と続ける勇気は無かった。
「…喧嘩を売っています?マスター?…まぁいいでしょう。由来は兎も角として響きは好きですし。」
言葉とは裏腹に、口調はそこまで気にしていないと言ったふうである。自分で命名したものなど、今までで二種類程度しかない私からすれば、1回目で通ってくれたのはありがたい限りだ。
さてと…。
「それじゃあ行こっか。」
道がひらけ、この谷底も遂に抜けるのか、光が近くなってゆく。
「ここが合戦場ならば、まだ残っているならば恐らく街が見えるはずです。もう少しですよ、マスター。」
「場所に時間に、随分と曖昧だね?」
「私みたいな人形は、契約、若しくは魔力由来で動きますからね。1度意識が落ちれば、最低でも数時間、長ければ何十年と経っていることも覚悟しているのです。起きた直後の正確性などあてには出来ないのですよ。」
「だったら、今回は当分寝れない事を覚悟しとくといいよ。何せこれから一緒に行くんだからね、相棒!」
開けた先、広々とした平野の向こうに街を見つけつつ、新しい相棒へと声をかける。
「これからよろしくね?」
「こちらこそよろしくお願いしますね?」
2人してくすりと笑い、お互い、照れ隠しのように街へと駆ける。
まずは、ロールプレイの為にも自分探しの旅からかな。
新たな出会い、その小さな1歩を眺めていた空は、これからを祝福するかのように、青く晴れ渡っていた。
よろしくお願いします。