3話 初めまして、マイマスター
あの奇跡は、未だに己に不運を強いるらしい。
このゲーム内に入って最初に起こること。それはイベントムービーである。それは例えば魔王を倒す勇者の、旅の始まりなんかのムービー。これによって、ほー、自分は勇者なんだね、といったふうにロールプレイのお題を理解する様な形らしい。
らしい、のだが…。
えぇ…?
実際に起こりえた事を端的に紹介しよう。
『真っ暗な闇の中で、頭の中に声が響く。取り戻せ、と』
以上である。
いや、分かってはいる。記憶がない的なキャラを引いたのだと。
ただ、問題点として、こちとらロールプレイ目的で始めた訳で。これでは最初にやることがロールプレイのお題を探す考察勢となる訳で。何より、記憶喪失から始まるストーリーって何すれば良いのかさっぱり分からないわけで…!
「取り敢えず、目を開けてみよう。そこから考えてみようか」
下調べをしなかった事が仇になったのだろう事象に困惑しつつ、取り敢えず起き上がる。
暗がり。上の光と壁を見やるに、どうやら崖の底だろうか。そして纏うはいかにもな感じの黒色のドレス。不思議と神秘さを感じるそれは、どうやら破れてはいないらしい。
困った。いよいよもって、全くキャラが掴めないかもしれない。崖の底にいるドレスキャラだから、てっきり裏切りで落とされたなんて話かとも思ったが、どう見たってこのドレスは新品だ。
「うむむ…。ここで考えるには情報が足りない?落ちてきた訳で無いなら、周辺に足跡なんかのヒントがあるかも?」
服装だけでバックストーリーが分かるのなら、某狩人ゲーなんかは初手でストーリー全理解する上位者のゲームになる。考えても仕方ないとして、今はとりあえず露骨に延びる、前に広がる道を見やる。
「行くしかない、か」
手持ちに糸があれば、それで登る事も考えていたが、無いものは仕方がない。メタ的に言えば、この先にアイテムが有るのだろう。と、楽観視。
道なりに進んでゆけば、やはりこれがフラグだったらしく、なにか影が見えてくる。
「魔物じゃん。」
小声でツッコミ、アイテムどうした?
間違えて素手を選んだかもしれないと不安になるが、ステータス画面によるとちゃんと糸と書いてある。
今、確信した。これ、戦闘チュートリアル飛ばしたせいでは?
「私のバカっ!3年も経てばそりゃ戦闘方法も変わるに決まってるじゃん!?」
―――あっ。やば。
大声に反応したのか、魔物が此方に気づく。遠吠えを上げた後に突撃してくる、瘴気ましましの狼みたいな奴を辛くも避ける。
―――意識を切り換える。頂点に立った時のあのキャラは拳だった。如何に戦闘スタイルが変わっても、システムの根幹が同じなのは歩き回っている時に確認済み。あの頃と同じように躰が動くなら、このくらい跳ね除けてみせる!
「主にイヌ系の攻撃方法は、2つ。牙による噛み付きと、爪による引っ掻き。あの瘴気っぽいのもその辺に重点的に纏わりついてるからほぼ確定」
それに、飛びかかりによって緩急をつけてくるタイプ。
2、3度手番を繰り返し、相手の手札に辺りはついた。なら、あとは次の飛びかかりに併せて一気に叩く!
「今!」
引っ掻きのモーションを躱しつつ、その前足にかかと落とし。3年のブランクを感じる動きではあったが、下に弾くという目的はなんとか達成。所詮は始めたての火力、ダメージなんて期待できないが、このタイミングなら!
「作戦通り!その速さで体勢が崩れれば、骨折判定くらいは出ると思った!」
計画通りに推移してくれた、このゲームの物理演算に感謝しつつ、一先ずの窮地の脱却を悟る。
あとは消化試合だ。己の初期体力は100。先程の戦闘のテンポだと、攻撃力いかんによっては押されるかもしれなかったが、今のひょこひょことした動きでは、それも叶うまい。
念には念を。
油断無く構えつつ、踏み出したその背中を、
―――狂爪が襲う。
「!?」
なんで…?そうか、遠吠え!
現れた三体の狼に、己の初手のミスに勘づくが、もう遅い。戦況は最悪だ。
何やら数で思考パターンが変わったらしく、連携の様なモーションを見せ始める狼達に諦念と絶望を感じつつ、それでもなお拳を構えるとする。
―――契約許可を上げますので、早く契約を!
「え?」
―――え?ではなく!あなたの右隣の壁側です!糸を繋げば契約を完了させますから、早く!
何事だろうか、そこに在ったのは人形であった。大丈夫だろうか、このストーリー。何が起こっているのか今のところさっぱりだ。そもそも糸を持っていない。やっぱりチュートリアルを受けないと貰えなかったのではないだろうか、糸。
―――何をやっているのですか?糸スキルを繋いで、急がないと貴方死んでしまいますよ!?
走馬灯に近い思考が頭を流れつつ、遅れて違和感に気付く。
糸…スキル?
「あぁ!そういう事か!漸く分かったけど、でもスキルの使い方がさっぱり分からないからやっぱり無理っぽい!」
遂に始まった連携地獄を前に、じわじわと体力を削られていきつつ、さっきの推定人形に言葉を返す。
―――使い方が分からない?今時そんな人が…。と、そうではないでしょう、私!スキルの使用方法は、最も確実な方法だと、○○スキル発動、との宣言でも起動します!
「ありがとう!ついでに契約ってどうやるのっ!?」
やばい!今また遠吠えしなかった!?いよいよもってして詰みっぽい!?
―――先の後に、目的、契約とつけてください!急いで!
「ありがとう、推定たぶん人形様!『糸スキル発動!目的、契約!』」
宣言と共に起こった突然の極光に、暗がりで暮らしていたためなのか、狼達が怯む。これで楽になった、と思う暇もなく、状況は次に推移する。
「漸く、発声器官を使用して話せます…。えーと、おほん、こんにちは。初めまして、マイマスター。手助けが必要です…ね」
振り向きざまにこちらの体力(残り3)を視認したのか、確認の声は途中で確定へと変わる。
「えっと…グダリ倒しちゃってごめんなさい。お願いしますね、人形さん。」
ただ、もう1つ質問。
「でも貴方も割りとボロボロだけど大丈夫?」
人形の残り耐久値は30くらいである。
「「………。」」
…………。
「「2人で、やりましょうか。」」