1話 神さま、ようやくの釈放ですか?
―――当たった。その確証を持ちながら放った生涯最高の一撃はしかし、奴の右手でカスダメすら発生することなく軽く受け流される。
油断していた!
ただのまぐれ、運だけで勝ってきたと思っていたそのふらふらとした連撃は、しかし相対して見るとその実、積み上げられた合理の剣を、狡猾にも不合理、偶然といった素振りを装い放って来ている。
恐らく、最初からこれが狙いだったのだろう。あくまで偶然、そう思っていた時点で奴はもうこちらの詰みを確信していたに違いない。
恐ろしいほどの焦りと重圧に耐えきれなくなった躰が、卑怯故に使わないと決めていた、大会規定でもグレーゾーンであろうバグ技を無意識に繰り出す。
が、当たらない。恐らくこちらのキャラをも研究していたのだろう。知り合いのプロゲーマーですらこれは初見じゃあ回避は無理だろうと断言した、エフェクト無しの範囲技、その大技すら悠々と回避しつつ、奴はついに攻撃の構えを取る。
待て、よく見ると今までと構えが違う?まさか此奴は、運ゲーだよりの一発芸屋じゃあなく、コンボ狙いの…
操作視点はそこで暗転した。
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―――セカンダリー・コンバット・ライフというゲームがある。
操作可能なキャラクターは三桁を優に超え、そのそれぞれに深いバックストーリーやイベント、キャンペーンシナリオなどが設定された挙げ句、世界観そのものにすら考察が必要な深みを有する、エンジョイ勢やガチ勢はもちろんのこと、ロールプレイ勢や果てはシミュゲー勢やら考察勢までいける、長大規模なオープンワールド制格闘ゲームとして業界の新時代を切り開いたそれは、当然のごとく、オンラインにて世界大会が開かれる運びとなった。
己の腕を信じ、勝つためにただひたむきに技術を磨き上げる者。ネットや現実から情報を集め、対戦相手を予測してメタを張りに動く者。はたまた大会だろうがお構い無し、己の推しキャラの超かっこいいコンボを観衆へと魅せることに情熱を燃やす者。
しかして、大会が開かれた中で勝ち上がった者は、運だけ、相手のいるガチャなどと評されるキャラを使った、「ミクジ」なんて名前のプレイヤーであった。
0.01なんてふざけた確率で発動する一撃必殺、「ラッキーパンチ」を22回、比喩でも何でもなく、運だけで世界の頂きをもぎ取ったそのプレイヤーは今、
「……え?これは許されたっぽい?今までの積み重ねで信用出来ないんですけどどうなんですか?」
不運からの脱却に困惑していた。
苦節3年、だいたいジャストでそのぐらい。99パーセントのドロップすらをもその間1度も引けない、もし小説が如く神様がうっかりで人を殺すのであれば間違いなく己が死んでいたと確信できるほどの不運を、賞金を食いつぶしながらオフラインゲームで耐えしのいだ彼女の名前は、都雲 ミクジ。
「と、取り敢えず朝ごはん食べて落ち着こう」
本日2度目の朝飯。動揺しすぎた中、落ち着きを装う様は中々に滑稽であるが、無理もない。既に神に見限られたようなレベルの悪運をその身に受けた彼女からすれば、天地がひっくり返るが如き事象であるし、そもそもその滑稽な醜態を眺める人間はこの部屋の中には居ない。現実ぼっち勢が故の幸運である。
「大丈夫…かな?本当に??オケぽい?神さま帰ってきた?」
遅れましてその正常な確率を再認識。長すぎて未だに神さまからの悪辣なプレゼントかなにかにしか見えてこないが、疑り深く何度も乱数ジェネレーターなどで試し続けること切り良く100回目。100回中53回的中といった確率に、完全に己の運が普通に機能していることを確信する。
「いやったぁぁあ!漸く普通にドロップ品集めたりして遊べる!」
そうして彼女は、狂喜乱舞に手を震わせながら、一本のソフトを手に取る。
ファイナル・エクステンド・ライフ。
あの栄誉と伝説を刻んだ続編、数ヶ月前にリリースされた、運営曰く『やりたかった本来の形』とされる、新たな伝説のオンラインゲーム。
永きの反動故か、このオンゲ特有の規約だのなんだのの面倒な手続きすらも、この後の祭りのスパイスにすら思えてくる。
うきうきの心で個人用のvrセットを起動しつつ、こんな長い期間でもゲームは捨てられなかったな、と1人ごちる。これ以外することがなかったと言うのもあるが、結局、優勝したのも賞金も関係ない、彼女はただ、楽しく遊びたかったのだ。確かに、1人で遊ぶのもまぁ、楽しい。でも、昔馴染みのオンゲの楽しかった的報告を聞いていると、怨嗟ましまし、嫉妬少々と言う塩梅の心の淀みが…。
「…これは考えないようにしよう。メンタルにくるし」
それに―――
「それに今から私もそっち側に戻るし!」
そんなネットゲーム特有の嫉妬を、迫る期待で振り払いつつ。
―――彼女は再び、オンラインゲームへと舞い戻る。
初投稿になります。よろしくお願いします!