10.雪時雨
【雪時雨】(ゆきしぐれ)
寒い日に降る、雪まじりの雨。
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「結婚しよう」
彼女の大きくなった瞳にピンク色が映り込んだ。それは桜雨と混ざり合ったのか、すこし潤んだ様に見えた。
「うん」
こくり、と頷いた彼女の頬はピンク色を描いて可愛い。大好きな人とまたこうして手を結びながら、桜雨の中を歩く。黒い傘には薄桃色の欠片が落ちては、張り付いて花模様を付けていく。僕たちは大切な場所で永遠の愛を誓い合った。
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窓の外は銀色に輝く雪玉が降る。
「来年もまた桜見ましょうね」
そう言って微笑んだ彼女は、もう隣には居ない。
2人掛けのソファーに寂しく座り込むと、わしは数枚の写真を眺めた。毎年増えていった桜並木の写真。2人の指に輝く指輪と、隣には小さな笑顔が煌めく。
その子がランドセルを背負って撮った写真。
黒い学ランを着た写真。
スーツをビシッと着た写真。
シワが増えていった2人の写真。
白髪が増えた2人の隣で笑う可愛い子供の写真。
その背景にはいつもの美しい桜並木。
その何枚もの思い出を胸に抱き締めると、涙雨が降り注いで胸が締め付けられた。
どうして、隣に、あの人は居ないのだろう。
桜の花が咲くように微笑んで、絹糸の髪を撫でると恥ずかしそうに頬を染め上げて。
わしも一緒に連れて行って欲しかったのに。
『修二さん』
桃子?
見上げた窓の外は、雪まじりの雨が降り注ぐ。
わしは、黒い傘を持って外へと飛び出した。
ぼろぼろになった傘を広げると、雪粒と雨粒が同時に音を鳴らした。寒くて体が凍りそうだ。キレイな雪道には1人分の足跡だけ。並んで歩いたあの人はもう、雪空の遥か上。
「今年もこうして相合傘をして、お前と一緒にあの桜を見たかった」
黒い傘が白い綿の中に落ちる。
「お前に会いたいから、迎えに来てくれないか?」
目を閉じると雪時雨が目蓋を冷やした。
頬を滑り落ちていく涙雨。
『修二さん、だめよ。まだ迎えに行けない』
「桃子に会いたい」
『今年の桜を私に見せてくれなきゃ』
「お前が居ないのに?」
『あなたは1人じゃない。可愛いあの子と一緒に撮った桜を私に見せて欲しい。毎年大きくなっていく姿を私に見せてちょうだいね。あの桜並木と一緒に。楽しみにしてるわ』
「分かったよ、桃子」
天空を見上げると、もう雪時雨は止んでいた。
雲間からは温かな日差しが降り注ぎ、微笑む様にわしの体を包み込んだ。
end
///後書き///
お付き合い頂きありがとうございました。
あなたはどの雨が好きでしたか?
雨が降ったから生まれる物語もあります。
好きな人と相合傘をしてみませんか?
好きな人と一緒だときっと雨の日も好きになるはず。