プレゼントの危機
【親愛なるエドへ。心苦しいのだが、残念な話をしなくてはならなくなった】
年に一度のぬいぐるみの出荷も目前に迫ったある日、村に不穏な手紙が届いた。
手紙には今年は買い取れないと記されただけで、理由は書かれていなかった。
何としてでも売らないと、ぬいぐるみは村唯一の収入。厳しい氷の世界で、食事どころか暖をとることもできなくなってしまう。
村人が途方に暮れる中、一体の人形が立ち上がる。
「自分達の身の振り方くらい、自分達で決めても良いじゃない」
人形はぬいぐるみの猫と羊とロバを引き連れ、手紙の主に会うべく旅に出た。
今収穫した所なのに。
そう言ってエドヴァルドは手紙を握りつぶし、腹立たしげに部屋を飛び出していった。
足音は徐々に遠退いて行き、しばらくすると窓の外にエドヴァルドの姿が見えた。
エドヴァルドは肩を怒らせ積み上がった出荷用の箱に近づくや、そのまま思いきり蹴飛ばす。
氷を割り裂き辺り一面を覆い尽くす蔓と葉の中に、蹴飛ばされた箱が散り散りに飛んでいく。
すでに収穫され箱の中に収まっていたぬいぐるみ達も、天高く舞い上がり元居た蔓の合間に消えていった。
その手紙を受け取ったのは、ぬいぐるの収穫も最盛期を迎えた初冬。
いつも通り収穫を始めた矢先の事だった。
【親愛なるエドへ。心苦しいのだが、残念な話をしなくてはならなくなった】
そんな一文で始まった手紙は、エドヴァルドはおろか村人全員を絶望のどん底に突き落とすには十分過ぎる内容だった。
【今年はぬいぐるみを諦めなくてはならなくなった。本当に残念だ】
手紙の相手は、毎年村のぬいぐるみを全て買い取り、各街へと出荷している昔馴染みの大店の店主。
手紙には、洗脳するように何度も残念だという言葉が繰り返されていた。
しかし、付き合いの長さから、彼が本当に残念がっている事は分かっている。
分かってはいる。
分かってはいるが、何度残念だと言われようとも、どれ程説得されようとも、はいそうですかと諦められる問題ではない。
エドヴァルドを横目に、オズワルドとミランダが、窓枠にもたれ掛かりため息混じりにこぼす。
一年を通して氷に覆われた村。
育つものと言えばぬいぐるみのみで、食べ物はおろか木も生えない不毛な凍てついた大地。
この時期に出荷するぬいぐるのが、村唯一の収入だった。
箱を蹴飛ばし頭をかきむしり、その場に座り込んでしまったエドヴァルドを窓越しに眺めながら、ミランダは暖炉に薪を放り込む。
「おい、あまり薪を使いすぎるなよ。このままだと丸一年収入無しだぞ」
「バカ言ってんじゃないよ。薪をケチったら死んじまうじゃないか」
窓の外では、エドヴァルドが蹴飛ばした箱やぬいぐるみを、エドヴァルドの妻リリアンが片付けていた。
リリアンは、一つずつ丁寧に貼り付いた氷の欠片を手で払い除け、箱にしまい直していく。
なにかエドヴァルドがリリアンに言っているようだが、リリアンは一瞥したのみで作業の手を止める事はない。
「荒れてるねぇ」
「当たり前だろ、なに呑気な事を言ってるんだ」
「途方に暮れてるって言うんだよ」
ミランダの言葉に、オズワルドは黙ってしまった。
しばらくの沈黙の後、リリアンが箱を抱え戻ってきた。
「売れもしないのに、どうするんだよ」
「じゃあ散らかした箱とぬいぐるみは誰がいつ片付けるのかしら? 売れないからって、あのまま放っておいてもしょうがないでしょ。いつまでもグズグズ文句ばっかり。エドと同じ事言ってないで、少しはどうするか考えても良いのよ?」
どうやらエドヴァルドは、オズワルドと同じ事を先程リリアンに言っていたようだ。
テーブルに箱をどさりと乗せたリリアンは、不満そうに目を細めオズワルドを睨み付ける。
切り替えの早いリリアンは、何かある度にこうして村長であるエドヴァルドの尻を叩いている。
しかし、いつもならリリアンに一喝され気持ちを切り換えれるエドヴァルドだが、今回ばかりは重症らしい。
エドヴァルドは未だに蔓の中に座り込んだまま、うなだれて動きそうにない。
「そう言えばさ、結局理由はなんなんだい? あちらさんの都合って訳じゃないんだろ?」
手紙を全て読んだわけではないミランダは、ふと疑問に思った事を口にする。
丁寧にぬいぐるみを箱に詰め直していたリリアンは、ふうっと腰を伸ばしながら、握りつぶされた手紙に視線を落とした。
「詳しくは書かれてなかったけど、王都からそんな御触れが出たって話だよ。さすがにそんな説明じゃ納得出来ないからね、今急いで確認してるよ。……あぁほら、噂をすれば」
ぱっと顔を上げたリリアンが、窓の外を指差す。
つられてオズワルドとミランダが窓の外に目を向けると、配達員がエドヴァルドに手紙を渡していた。
いてもたってもいられないと言った形相で、手紙を慌ただしく開けたエドヴァルドは、食い入るように手紙に顔を埋める。
しばらくし顔を上げたエドヴァルドだったが、手紙を手にしたままどさりとその場に座り込み放心してしまった。
手紙を読まずとも、エドヴァルドを見れば察しはつく。
理由を聞かせて貰えなかったか、頼み込んでも買い取りは無理だったか。
なんにせよ、絶望的な状況は変わらないと、三人は溜め息をついた。
オズワルドがテーブルに突っ伏した拍子に、箱がテーブルから落ちぬいぐるみが散らばってしまった。
さすがのリリアンもすぐに気持ちを切り替える事が出来ず、床を滑るぬいぐるみ達をぼんやりと目で追っていた。
すると、猫のぬいぐるみが、壁にぶつかった拍子に目を覚ましてしまった。
猫はもじもじとのびをすると、近くに居た羊とロバのぬいぐるみをつついて起こす。
ゆっくりと目を覚ました羊とロバも、猫に習うようにのんびりのびをした後、不思議そうな顔で三人の顔を見上げた。
「生きてるぬいぐるみなんて、やっぱり気持ち悪いって御触れだったりしてね」
ミランダがそう言い捨てると、猫がむっと顔を怒らせる。
オズワルドがたしなめるも、ミランダは自棄になったように小さくははっと笑うだけ。
うつ向いてしまったロバを慰めるように羊が寄り添い、猫が不満げに一歩前に出る。
「散々ひとを投げたり落としたりした挙げ句、気持ち悪いって何よ。こんな可愛いあちしを前に、失礼しちゃうわ。綺麗な服を着てるからって何よ。服で隠したって分かるんだから。毛のないつるつるのあんた達のがよっぽど気持ち悪いんだから」
ふんっと鼻を鳴らし、一息に抗議した猫は、ぐずぐずと泣き出してしまったロバをとんとんとさすってやる。
「猫さん猫さん、気持ち悪いなんて言っちゃ駄目だよ。箱の中に、人形さんも居るんだから」
羊がもふりと猫を包み込みながら、転がった箱の中に視線を向ける。
そこには、綺麗なドレスをまとった人形が横たわっていた。
猫はもう一度ふんっと鼻を鳴らすと、のしのしと箱の中へ入っていく。
少しすると、人形と猫が揃って箱から出て来た。
人形は少し眩しそうに目を細めた後、スカートの端を持ち挨拶し、ミランダに向き直る。
「ごきげんよう、皆々様。確かに私どもは氷の大地に咲き誇る、ただのぬいぐると人形でございます。でも、ご存じのようにこうして意思もありますし、話も致しますの。私はこの身に大変な価値があるのを、十分に知っておりましてよ」
チクチクとトゲのある言葉に、ミランダはふいっと顔を背けてしまった。
人形自身が言った通り、他のぬいぐるみとは違い、人形達はそれこそ蝶よ花よと特別手間隙かけて育てられる。
単純に人形の苗が気むずかしく、育てるのに苦労すると言う事もあるが、人形はぬいぐるみの三倍近い高値で取引される。
勿論、ミランダはその事を知っている。
虫の居所は悪いが、村の為に文字通り身売りをしている人形に、反論など出来るはずもなかった。
黙り混んだミランダににっこりと笑いかけると、人形は隣に居た猫をひと撫でする。
「あなたはシャミーで、羊さんはメメ。ロバさんはぱかぽこさんね」
突然ぬいぐるみ達に名前をつけ始めた人形は、満足そうに腰に手を当てると、意を決したようにリリアンを見上げた。
「畑で話は聞いておりましたの。ええ、事情は分かっているわ。私たちが話を聞きに行きますわ」
えっと言葉を失ったリリアンに代わり、オズワルドがぐいっと身を乗り出した。
「話を聞きに行くって、お前達、街に行くつもりか? 途中で汚れたり壊れたりしたらどうするんだ」
「気を付けていれば、四つ同時に壊れるなんて無いでしょう。あなた達がこの村を出れないのは知ってます。どうせこのままじゃ処分されるか、良くても来年まで箱の中でしょう? ううん、来年も売れないかも知れないわ。なら、自分達の身の振り方くらい、自分達で決めても良いじゃない。壊れても……このまま全部売れ残るより、多少の犠牲を払ってでも売りたいでしょう?」
今度はオズワルドがぐっと言葉を詰まらせた。
極寒の地に住まう村人達は、極端に免疫の無い。
この村から一歩でも外に出ればたちまち体調を崩し、最悪の場合死んでしまう。
そんな事まで知っているのかと、その場の誰もが驚き言葉を無くした。
誰も何も言ってこない事を確認すると、人形はそっと扉に向かい歩き出す。
「ま、待ってよ! えっと……スノードロップさん!」
ロバーーぱかぽこが人形に駆け寄っていく。
「スノードロップ? 私の事?」
「うん。冬に咲く真っ白で綺麗な花。髪が白くてきらきらだったから」
ぱかぽこは説明しながら、何故か申し訳なさそうに一、二歩後ずさる。
スノードロップ、スノードロップと口の中で数回転がすように言うと、人形は満面の笑みで振り返った。
「ありがとう! 気に入ったわ。私はドロップ、スノードロップ。気軽にドロシーって呼んでね」