愛、哀、藍、逢、相、合!
20××年。世界には騒乱あれども、大局が変ずる事はなく。日々の暮らしが移り変わる事はなかった。それは東京某所、幾億何千万円の夜景を眺める二人の女性にも同じ事で。今夜も二人は夜を明かすのだった。
「今日も月が綺麗ね」
地にも空にも星々が輝いて幻想的。地上約200mのこの部屋はまるで宇宙船のよう。私達の暮らすこの部屋が、下とは異なる世界に思える。
「ふふっ、いつもスパチャありがとうリリーさん。さ、もう夜も遅いから配信はここまで。次のラヴィの部屋は……」
私の仕事を終了して普段着を着直す。マナミが私に対して初めて作ってくれたとても大切な服だから、マナミの前ではきちんと着こなしていたい。
LDKへと足を向けると、丁度テーブルに料理が並べられているところだった。
「マナミ、ディナーは出来たのかしら」
「うん、出来たよ姉様〜♪」
抱きついてきた年上の妹を撫でる。サラサラの黒髪の手触りが心地よい。
「甘えたがりね」
「姉様だってベットのう…」
「さっさぁ早く食べましょう冷めてしまったらいけないし!」
「はぁ〜い♪」
話を遮り席に着く。今日のディナーはワインとスパゲッティのセット。雰囲気がよく出ている。味も…上々。
「レストランでも開けそうな出来よね」
「姉様はウェイトレスですね、姉妹で看板娘をしてみたり!」
「マナミのお仕事が落ち着いたら、やってみるのもいいかもしれないわね」
「やった♪早速M&Aで…」
「……お金を無駄にしちゃ駄目よ?」
「わかってますよ〜♪」
こうしている私達の談笑は本当の姉妹のよう。だけれど、私は(私の主観にはなるけれど)マナミの弱みに付け込んでしまっている。
彼女は、私の事を死んでしまったはずの姉だと思い込んで好いてくれているし、沢山貢いでもくれていて、さらに尽してもくれている。それも彼女の仕事(某有名アパレル会社の代表取締役)の傍でだ。
正直、この膨れ上がり続けている利息は返し切る事は不可能だと思う。例え真実を明かしたとしても、この奇妙な同居生活が良くなるとは考えられない。そんな何も返せない私に出来るせめてもの償いは──
「姉様?思い詰めた表情をしていますが…」
「あ、え、ええ大丈夫よ。何も問題無いわ」
── 肉親のいないマナミの事を支えてあげる事だけだから。
「ご馳走様でした。今日も美味しかったわ。ありがとう」
「姉様に褒められた〜♪」
「さ、明日からは出張なのでしょう。早く寝なさい」
「むむむ…一緒に寝ましょうよー!」
「二人で寝たら中々眠れないじゃない」
「…しませんから!」
「わかったわよ…けど、本当に寝るだけよ」
「やった♪早速ベットへ行きましょう〜♪」
彼女に強請られると断れない私の弱さ。彼女に見放されてしまえば私はどう生きていけばいいのか、わからないから断れない。それは、この関係が始まってしまった時から私に掛けてしまった罪禍の呪いのせいだ。初めて出会った時、マナミは──
-数年前,出会いの日-
大学にどうも馴染めなかった私は、勉学の進度についていけなかった事もあって大学を中退し、近所のアルバイトでなんとか食い繋いでいた。大見得を張って上京してきた手前、どうしても小っ恥ずかしかったからまだ帰れていない。
そうしていつも通り働いていると、少し俯き気味の女の子が店へとやってきた。ここは花屋だったから、もしかしたら誰かのお悔やみの事かと思い少し優しげに接した。
「いらっしゃいませ。どのような花をお求めですか?」
すると、女の子は急に様子を変え、
「…ふぇ…姉様の声…?」
「あ、姉?」
私の事を姉だと呼び、
「姉様、姉様ぁっ……!」
抱きつき泣き弱ってしまった。店主のおばあさんにはアイコンタクトで少し抜けますと伝えて店の裏へと抱き上げて向かった(痩せ細っていたので軽かった)。
後で分かった事だけれど、この子…マナミは突然死したお姉さんを墓に埋めた帰りに私の所へ来たらしい。写真に残っていたマナミのお姉さんと私は本当にそっくりで、唯一違う点は私の瞳の色が微かに藍色混じりな所だけ。今も心神喪失気味のマナミには見間違えてしまっても仕方ないのかもしれない。
なんとか女の子を落ち着かせたが、認識と記憶の齟齬が大きく混乱気味だった。
「姉様は、ここにいて、でも、お墓に、埋めて、けど、生きてて、あれ、あれ?あれ??」
「落ち着きなさい、私はここに居るわ……マナミ」
私は、ウソをついた。優しい心を侵す毒のような嘘。彼女はテレビにも出ていたから、名前を知っていたのだけど、これが良い事だったのか悪い事だったのかは今になってもわからない。少なくともマナミを絶望の淵から救う結果にはなったとは思っている。
「姉様ぁぁっ…!」
「よしよし……嘘をついて、ごめんなさい」
感極まったのか私を押し倒すかの勢いでマナミは私へと迫ってきたから、優しく頭を撫でながら彼女を諭す。すると安心したのか、すっかり眠ってしまった。最後の小声は、聞こえなかったらしい。
店主に今日はこの子がいるので早めに上がりますと伝え、マナミを負ぶって(顔認証で開いたスマホで確認した)彼女の家へと向かった。私の住むアパートの部屋よりは良いと思ったから。(タワーマンション最上階とは恐れ入ったけど)
そしてその日は、魘され気味の眠ったままのマナミが心配で結局お泊まりしてしまった。
-翌日-
朝起きると、横で寝ていたはずのマナミがいない。焦って部屋を出るといい匂いが鼻を擽る。
「おはようございます、姉様♪」
そこには、目に光の無いまま笑顔を灯したマナミが居た。
「お、おはよう、マナミ」
昨日は荒れていた髪の毛も今は病的にまで整っていて、何かを恐れているように見えた。それはある種の強迫観念のように。こちらまで少し恐ろしく感じてしまった。
「姉様は座っていてください、もうすぐトーストが焼けますから♪」
マナミに促されてテーブルにつく。
「目玉焼きも載せておきますね♪」
「ありがとう。ほら、一緒に食べましょう」
「はぁ〜いっ♪」
健気で献身的なマナミの行動が、まるで堕落を誘う悪魔のようで。刑務所で反省を促す獄司のようで。離れたくない、ずっとここにいてほしいという感情が彼女の態度から感じられた。
食べ終わった後、私がソファーでこの先の事を考えていたら、マナミが昨日と同じ勢いで抱き着き、耳元で誘いの言葉を紡いだ。
「姉様…やっぱり一緒に住みませんか?このお家は私一人じゃ広すぎますし…食費も安くなりますし…だから…」
受けたいか受けたくないで言えば、勿論受けたい。四畳一間のワンルームアパートから、優雅なタワーマンション最上階生活への昇華。けれど、それは、マナミを騙すいけないことなのに。
「お願いします…姉様……また、姉様が、何処かに行ってしまう気がして…お願いします…お願い…します…」
気づけば、マナミを抱き締め返していた。
-現在-
──結局、私には今すぐにも泣いて壊れてしまいそうな妹を放って元の生活へ戻るなんてできなかった。アルバイトは辞めたし、前の家は解約して、家財もほぼ全て売り払った。
お互いにもう離れられない。私はマナミを放ってはおけないし、財産も胃袋も全て掴まれている。そしてマナミも姉がいなければ、虚な目をして孤独死してしまうのだろう。
私達は愛しあい、哀を見ず、藍色の床で、逢引のように、相を曝け出し、合わさる。
「姉様、姉様ぁっ、大好きです姉様ぁぁっ!」
「ええ、ええ!私もよマナミぃっ!」
離れたいのか、離れたくないのか、それとも、離れられないのか。今日もまた、その結論を出せないまま、夜が明ける。
朝焼けに焼かれ、私達の引いた口の糸が、運命を結びつける赤い糸に、見えた。
傷口の舐め合いは終わり、蜜の夢から醒めた。小さな時計の針は真下を既に大きく過ぎている。甘えきった後は大変な寝坊助さんになる未だ夢中のマナミにはデコピンがよく効く。
「はぅぁっ!?」
「おはよう、マナミ。もう朝よ」
「ありがとうございます姉様早速朝食作ってきま…」
「今日はいいわよ、私が作るから。それより…出張、7時半には出なきゃいけないんじゃなかったかしら?」
「……姉様よろしくお願いしまーす!」
騒がしいけれど、出会った頃と比べるととても活発…いや、元に戻ってきたと思う(昔のことは知らないけど)。相も変わらず目だけは今にも泣きそうなままだけど。
グラノーラとミルクをボウルに入れると丁度マナミが部屋から出てきた。おめかしした姿が汚れないといいのだけど。
「いただきまーす!」
トレンチコートにシュシュで高く纏められた髪。可愛い。
「ごちそうさまでした〜!」
眺めていたらもう食べ終わってしまった。仕事モードのマナミは甘々なプライベートの状態とは打って変わってテキパキしている。荷物は……殆どあっちに送ってあるのね。
「いってきまーす!姉様、帰ってきたら一緒に温泉旅行行きましょうね!」
「ええ、いってらっしゃい。楽しみにしてるわ」
マナミを見送り、ドアに鍵を掛ける。自室へと帰った私はPCを起動してある準備を始めた。
マナミは月曜日の今朝に出かけて、金曜日の夜に帰ってくる予定と聞いている。つまり……丸々三日間は私しかいないということ。だから今日は、
「ラヴィの部屋、不定期企画!ゲーム耐久配信!始めるわよー!」
|私《"姉様"》が私でいられる、そんな時間。
「タイトルは…そうね、こんなのはいかがかしら──