僕がエロゲーの救済ヒロインなんて!?
突如としてエロゲー世界にいた主人公、加藤 健一郎は、自分が救済ヒロインと呼ばれるキャラクター『友永ささえ』になっていることを知る。主人公が他のヒロインと結ばれなくては、いずれ自分が恋人になってしまうかも知れない。そんな危機感を持って行動を開始するささえだったが……
名作と呼ばれたエロゲーがあった。
『共に歩く並木道』という、キャラクター、シナリオ、音楽。どれを挙げても一級品とユーザーから絶賛を受けた作品だ。
だが、名作と称えられた最大の要因は別にある。それは、どこまでもユーザーに優しい仕様だった。
一般的なエロゲーは、フラグと呼ばれる攻略ヒロインの好感度を上げていかなければ、各ヒロインのルートに進むことが出来ない。主人公に優柔不断な行動をさせると、どのヒロインのルートにも行かず、ゲームオーバーになる作品も多かった。
せっかく買ったゲームでがっかりする。ユーザーにそのような気持ちになって欲しくない。そう考えられて生み出されたのがこのゲーム、そして真のヒロインとユーザーに謳われた救済ヒロイン、友永 ささえだった。
小柄な背丈に黒髪のショート、少し青みがかった二重の瞳。相手を包み込むような幼くも優しい声。主人公の幼なじみとして据えられた彼女は、各ヒロインとの親愛度を伝えてくれるサポートキャラだ。更には質問すれば、どのような行動をすれば良いのかも教えてくれる。彼女の存在によってユーザーは好みのヒロインと結ばれる事が出来た。「ボクに任せてよ!」という彼女の台詞は、偽りのないものだった。
それでも魅力的なヒロインの間でふらふらとして、フラグを立てられなかったユーザーは出てくる。そんな人々に対して救済となったのも彼女だった。
一定の期限でフラグを立てない場合、ささえから告白をしてくる。それを受けることでささえルート。受けなくとも親友エンドという、ユーザーへの思いやりに溢れた仕様は、作品のみならずささえの株をも上げることとなった。僕、加藤 健一郎もそうしてささえさんのファンになった一人だ。本気で一緒になりたいと願った事もあった。
「だけど、こういうことじゃないよ!」
甘い、良い香りのする布団の中で叫ぶ。その声は、以前の僕とは似ても似つかぬかわいらしい声だった。
◆
桜の舞い散る並木をふらふらとした足取りで歩く。その様子に、隣に並んでいた幼なじみが高い背を曲げ、整った顔を覗かせてきた。
「どうしたささえ? 身体の調子でも悪いのか?」
「ううん、ちょっと寝不足なだけ。ケンイチローは元気そうだね……」
「おう! なんてったって今日は入学式だからな。気合いも入るさ。気分が悪いなら少し休むか?」
「大丈夫、ありがとう。式には僕も出たいからね」
「そうだな! 寝不足になるほど楽しみにしてたんだしなっ」
「そんな子供じゃないよ」
紺の学ランの二の腕をポスリと叩く。拗ねたと思われたのか、幼なじみ、加藤 健一郎は少し長い髪を揺らしながら豪快な笑いを上げた。
このイケメンは『共に歩く並木道』の主人公だ。背が高く、鼻筋が通っている。髪が長いのはエロゲー的配慮だろう。僕と名前が一緒なのは、ゲーム内での名前設定が出来たからだと思われる。
そう、僕はなぜかゲームの世界にいる。自宅で『共に歩く並木道』の全ヒロインをクリアし、又ささえさんルートを遊んでいたのが男としての最後の記憶だ。気付いた時には(画面内で)よく見知ったささえさんの部屋にいた。その部屋の主として。
――スースーする
着慣れないセーラー服から感じる肌寒さに軽く身を震わす。それに気付いたのか、健一郎が心配そうに訊ねてきた。
「本当に大丈夫か。無理だけはするなよ」
「少し肌寒かっただけだよ。ちょっとスカートが短いからね」
そういってスカートの端を軽く摘まむと、健一郎は慌てて目をそらした。イケメンなだけで無く、気遣いも出来るようだ。さすがは主人公と感心しながら、僕も気分を入れ替え、健一郎の腕を引いて学園へと急かした。そろそろ彼女が現れる時間だ。
◆
――いた!
僕らがこの春から通う名門私立、光輝学園の校門を抜けたところで、目的の人物は見つかった。構内にも続く桜並木の一角。ひときわ大きな木を見上げる、桜色の髪を下ろした美少女。このゲームのメインヒロイン、姫宮 櫻子だ。
常人離れした美しさを持つ彼女の周りには誰もいない。畏れ多くて誰も近づけないのだ。そんな境遇に寂しさを感じていた時、櫻子とも隔たり無く話す主人公と出会い、互いに惹かれていく。
美しさに吸い込まれるように見つめる僕と健一郎。その視線に気付いたのか、櫻子さんがこちらを一瞥するも、少し悲しそうにうつむいて去って行った。
「凄く綺麗な人だったね」
ああ、とほうけた口調で健一郎が頷く。僕は、櫻子さんとの第一のフラグが立ったことを実感した。
――これでいい
安堵の息を漏らしながら、僅かに赤面した健一郎の顔を盗み見る。これが本当にゲームの世界なら、もしかしたらエンディングを迎える事で元の世界に戻れるかもしれない。そう考えた僕は、健一郎と櫻子さんを結ばせようという考えに至ったのだ。
◆
それから一週間が経った。
「なんで動かないのっ!?」
「な、なんだよ。ささえ」
思わず声に出してしまっていた。昼休みの教室。隣の席の健一郎だけでなく、クラスメイト達もぎょっとしている。「ごめん」と皆に謝った後、僕は健一郎に向き直った。
「入学式の時、姫宮さん見たよね」
「お、おう」
「とっても可愛かったよね」
「おう」
「じゃあなんで声を掛けに行かないのっ」
「!?」
乗り出す僕に驚いて仰け反る健一郎。だが驚いているのはこっちも同じだった。本来ならば櫻子さんの悲しげな顔が気になった健一郎は、彼女と一度声を交わしているはずだったのだ。
それが全く進展していない。最初の会話はメインシナリオ内に組み込まれているはずだ。思わぬ展開に焦る僕に、健一郎がいぶかしげに訊ねてきた。
「なんでそんなに姫宮さんに話しかけて欲しいんだよ」
「何でって……それは」
――僕のルートに入っちゃったらどうするのさ!
ゲームでヒロインと親しくならなかった場合、ささえルートに一直線だ。今は自分の意思で動くことが出来ているが、もしその時が来たら、この不可思議な世界がどのような働きをするか分からない。健一郎の腕に抱かれている自分を想像し、ぶるりと震える。ノンケの我が身からすれば、相手がいくらイケメンといえ、ぞっとする未来だった。しかし本当の理由を話すわけにもいかないので、ゲームのシナリオを思い出しながらもっともらしい理由を口にする。
「ほ、ほら、前にケンイチローが言ってたじゃないか! 学園に入ったら彼女を作るって。姫宮さんみたいな美人とつきあえたら最高でしょ?」
「確かに言ったけどさ……彼女と俺は釣り合わないよ。いくら何でも高望みだ」
「最初の計画は大体下方修正するんだよ、ケンイチロー。可愛い彼女が欲しいなら、最初から妥協してちゃ駄目だ」
「下方修正って。ささえ、なんかサラリーマンみたいだな」
「気のせいだよ」
いつの間にか会社員時代の苦労がにじみ出ていたらしい。適当に誤魔化しながら熱心に健一郎にはっぱを掛ける。妥協して僕でもいいか等と思われてはしゃれにならないので必死だった。その甲斐あってか、健一郎はやっと櫻子さんに声を掛けることに頷き、無事交友関係を結ぶことが出来た。健一郎の紹介で、僕も櫻子さんと友達になれた。
◆
櫻子さんと知り合え、一緒にお昼を食べる程に仲良くなったが、これだけで安心するわけにはいかない。彼女の攻略は最もフラグ管理が容易いはずだが、それを盲信するのは危険過ぎる。僕は、ヒロイン同時攻略の計画を立て始めた。
「ケンイチロー。図書委員の仕事を手伝ってくれないかな。ちょっと二人だけだと大変なんだ」
図書委員に立候補し、同じく委員のヒロイン文さんを紹介した。さりげなくケンイチローの推理小説好きを口にし、二人が楽しそうに話すのを見守った。
「ケンイチローっ。駅前においしい洋菓子屋さんが出来たんだって! イートインもあるみたいだから食べに行こうよ!」
甘党の健一郎を連れ出し、洋菓子屋の一人娘、香椎さんが作ったガレットを本人の前で絶賛させた。
「ごめんケンイチロー。僕、今日は委員の仕事があるから櫻子さんと二人で食べてね」
櫻子さんとの仲を深めることも怠らない。密かな努力は報われ、健一郎は彼女達から深く好意を寄せられるまでになった。
◆
様々なイベントをこなし、秋。遂にその時がやってきた。文化祭最終日、健一郎がヒロインに告白する日だ。夕焼けに染まる教室で僕と健一郎は片付けをしていた。
「これで終わりっ、と……ケンイチロー。そろそろ時間だよね」
「ああ……」
文化祭は、グラウンドを利用したダンスパーティーで締めくくられる。そこで踊った男女は幸せな恋人同士になるという、懐かしいジンクスがあるイベントだ。そこで好きな相手をダンスに誘うという約束を、僕達は行っていた。
「きっと、キミの事を待っているよ。櫻子さんも、文さんも、香椎さんだって。決めたなら、はっきりとするべきだ。それが、選ばれなかった子に対する誠意だと僕は思う」
「分かった。ありがとう」
その言葉に背中を押されたのか、健一郎はようやく意を決した様だった。彼に道を空けるように、僕は教室のドアを開く。しかし、そこから健一郎は動こうとしなかった。
「ケンイチロー?」
「……ささえ。俺と、踊ってくれないか?」
「……え?、ええっ!?」
突然の告白に驚愕すると同時に、僕はようやく気付いた。今まで行ってきた甲斐甲斐しいサポートは、多くのファンを魅了したささえさんの姿そのものだった事に。
この時から、僕がボクに変わるまでの物語が始まった。