ゴースト・コレクターズ 【ノーウェア・ノーウルフ】
ヒトを販売したら犯罪。当たり前だよね。
人身売買なんて許されない。ご遺体を壊すだけで犯罪なんだ。
でも死んだヒトの魂や妖怪は売り払っても犯罪にならない。
なぜならば、それらは“存在しない”のだから。
幽霊とは架空の存在……そうしておけば、それを切り売りしたとしても何の罪にもならない。
だから――誰も守ってはくれない。
商品として売られようとしたとき、僕はひとりの人狼さんと出会った。
透き通った黄金の瞳との出会い。獣と人、理性と本能、誰も守……あ、はい。行きますか。そうですね。行きましょう。
反撃ですか? ちょっと手加減してあげてくださいよ?
「さあ! 次の商品は美しき人魚! 近年珍しくなって参りました一品です! 剥製に食用、不可能とされる繁殖に挑戦するのも良いでしょう!」
――司会の男の声が響き、狂気が会場の静けさの中に息遣いとして染み出していた。
百数十人の脂ぎった視線が、水槽の中にいる人魚を舐めるようになぞり、彼女の心を削る。
オークション会場は、とあるホテルの一室――というのは間違っていないが不適切だろう。
そもそもこのホテルは都心に狂気の舞台を作るために建てられた覆いであり、イミテーションなのだから。
ただ金持ちたちの欲望を覆い隠すためのカーテン、そのためだけにこのホテルは存在しているのだ。
「桁が繰り上がりまして千万単位は切り捨てられ十億! お次、十一億円ございませんか!」
その狂気を少年は、倉庫のモニターで見ていた。
倉庫には少年以外にも常に濡れた妖刀、揺らぐように動く女性の絵、角の生えた人骨標本。多くの商品が置かれていた。
モニターも“商品”を運び出す運搬員のためで、少年のために置かれたものではない。
少年が着せられているのは大きすぎるジャケットとスラックス、二重に付いた手錠にはバーコードがシールで貼り付けられている。
運搬員たちは次なる“商品”を運ぶために出ていった。モノ扱い、そのものだ。
「こんなの……なんで」
「腹立たしいな」
少年のいる位置とは部屋の対角線から独り言に応えた静かな声。
光り輝く銀の毛皮と黄金の瞳、四足獣にはないはずの鎖骨に支えられた剛腕は鎖で壁面に縛り付けられている。
隆々とした筋量、狼の頭で流暢に言葉を操っていた。
「幻獣、幽霊、妖怪といった“商品”を扱う連中……不愉快以外の何物でもないな」
「ふ、ゆ、かい?」
「人格ある何者かが誰かの小銭稼ぎにされるというのは、な」
「そう、ですね。ありがとうございます」
「……ん?」
「僕は自分の気持ちがわからなかったんです。不愉快、そうですね。僕は不愉快だ!」
人狼が笑い、少年もコミカルなまでに大声で応えた。
恐怖も悲しみも不安も、整理すらできない感情を言葉にまとめて吐き捨てるように。
「運が良かったな少年。私は月の満ち欠けで人と狼を変化する。今は理性があって会話ができるからな」
「それは良かった。ところで質問してもいいですか?」
「快く応諾しよう。君との会話は楽しいからね」
「それでは……あなたは、人と狼、どちらが強くなると理性が強くなるんですか?」
目を丸くした。元々狼の目は丸いのだが、きょとんと更に丸くした。
そして先ほどの少年のように大きな口を広げ、繋ぎとめる鎖を震わせながらは笑った。
「……失礼でしたか?」
「いいや? 大概は狼が強くなると理性がなくなると早合点するからな。キミは……気持ちの良い男だ。私はシオン。名を聞かせてくれ」
「ぼくは……ぼくにもシオンさんみたいな名前があると、良いでしょうね」
「ほう? 失ったのか? それとも名無しで生活して来たのか?」
「わかりません、持っていたかもしれませんが、記憶がないんです」
「それなら……何か覚えていることはあるのか?」
うつむいた少年の姿に、人狼はそれが返答であると察した。記憶喪失。
拉致されたか売られたか、寄る辺が記憶の中にすらない少年に人狼は自分が彼のためにできることを選んだ。
「――差し支えなければ、私に名前を付けさせてくれないか?」
「いいんですか?」
「キミが良ければな。本当の名前が見付かるまで、な」
「嬉しいです。シオンさんに呼んで欲しいです」
「そうか、ならば……ユウというのはどうだろう。二人称のユー、狼の私に隔たりなく接する優しさの優、そして友人のユウだ」
「ありがとう! シオンさん! 僕、はじめて名前を貰いました!」
「私もはじめて友人に名前を付けたよ。しかもその友人は私に狼と人間、どっちの姿が理性的かと聞いた子だ」
質問したのは、妖怪や幽霊を売買する人間が理性的である、そうは思えなかっただけかも知れない。
それでも先入観無く質問されたことはシオンにとっては嬉しいことだった。
「ユウと出会えて良かった。ここを出たら家を探すのを手伝わせてくれ」
「え? シオンさん……ここを、出られるんですか?」
「私は狼と人を行き来する。この鎖は千切れないが、人の姿になれば隙間から抜けられそうだ」
「なるほど!……あ、でも、どうしましょう」
「なんの話だ?」
「いえ、今は毛皮があるから良いんですけど、でも、人の姿になったら、どうしましょうと」
「だから、なんの話だ」
「女の方が裸になるのは、好きな人の前だけでしょう?」
「……キミと出会えて本当に良かった。はじめてだよ。この姿で……人間に女だと気付かれたのは」
「だってシオンさん、目がとてもキレイだし、美人さんだってわかりますから」
シオンは自分でもよくわからない高揚感に気付いた。
不愉快ではないのは確かだが、初対面の少年の素直な感想に、自分が何を感じているのか分からなかった。
そのとき、ちょうど姿が変わりはじめた。
人狼の屈強な姿から、体格が小さくなり、毛皮がちじみ、そして、拘束から抜け出してた。
腹の底から出るような叫びは、先ほどまでの理性的な人狼とは打って変わって、衝動的な野性を放つ放埓な姿。
変わらず長い銀髪と美しい黄金の瞳を備えて、人狼から変転した美女が、そこにいた。
「さぁて行くかァぁー……ユウ! 不愉快をブッ壊しになァッ!」
「次なる商品は、獰猛な狼男! そう! 先日の襲撃事件の狼男です! 我々ギルドに戦いを挑んだ………え、あれ? え?」
司会の男がその襲撃を知ったのは、警護員たちが薙ぎ倒され、銃声とシオンの大声が自分の声を掻き消し、そして奇妙な風体の美女と少年が押し入ったときだった。
「みんなァー! 今日は俺様のショーに集まってくれてありがとー☆ 今日はオークションから、俺様によるお前ら虐殺ワンマンショーだ!」
「殺しちゃダメですよ!」
「なら半殺しの五割増しサービスだァ!」
「七五パーセント殺しですね!」
ユウから借りたジャケットをボタンをひとつだけ止め、警備担当からはぎ取ったスラックスをベルトで雑に留めているワイルドなもの。
シオン自身は全裸だろうと気にしないのだろうが、ユウの力説に辛うじて豊満なバストを抑え込んでいる。
その登場に戸惑う客たちを鎮めるように司会の男はジャケットから拳銃を抜き放った……が。
「銃でもステゴロでも叩いてかぶってジャンケンポンでも、俺様には通じない」
挑発的で確信的な黄金の瞳が、司会の男を射抜いた。
ただの人間は、攻撃すべきか逃げるべきか、本能的な打算が起こる。
そのとき、シオンと目を合わせたならば、誰にもシオンを止めることはできなくなる。
野生の視線にさらされ、本能が逃げようとしてしまう。その本能に従うにしろ抗うにしろ数秒の逡巡が襲う。
すなわち、一発の弾丸を放つより早く、シオンのウエスタンラリアットが司会者を仕留めた。
「人間って首を軸にしてあんなにクルクル回れるんですね」
「お前にもやってやろうかマイフレンド!」
「遠慮します!」
人の姿になって理性を失ってもユウを攻撃していない。友情とは理性ではなく本能だからだ。
殴り倒した段階でオークション参加者たちが既に逃げ出しているが、意に介さずシオンは襟を持って司会者を叩き起こした。
「働きすぎの兄さんよ。チョコパフェとバナナパフェってあんじゃん」
「は……?」
「けど、チョコパフェにバナナ入っててバナナパフェにもチョコソース掛かってんの。これどっちがどっちかわかんねー。どう見分ければ良いと思う?」
「知りませ……がっ!?」
シオンは無造作に司会者の左耳をつかみ、お菓子の袋でも開けるように引きちぎった。絶叫するより早く、シオンは残る右耳を掴む。
「じゃあ次の質問。チョコとバナナくらい相性がいい俺の友達。名前とか住所とか教えてくれるよな?」
「チョコとバナナって相性良いんですか?」
「チョコバナナ食ったことねぇの? 食いたいからあとで作ってくれよユウ」
「できるかなぁ」
「お前が作らなくちゃ食えないだろ。作らざる者食うべからずだ。俺様以外は」
理性のないシオンは人間そのものだが、その言動を優しく見守る少年、ユウの姿に司会の男は戦慄していた。シャツの襟元が血と冷や汗でビタビタだ。
だが、それほどまでに追い詰められていながら、なにひとつ答えようとしない姿に、シオンの方がキレた。
「右耳もちぎったらせっかくのアシンメトリーが台無しににして欲しいのか? 知らないわけないだろ」
「本当に知らないんです! そのガキ……その子は! ホムンクルスなんです!」
「こっちの反応を待つんじゃねえよ。オウムか政治家みたいにベラベラ喋れ」
「ホムンクルスは錬金術で作るクローンで……誰のクローンなのかは聞いてない!」
「福袋かよ! 有名人のクローンか想像しながらオークションってよぉ!」
「成功例がある! ギルド最強の戦士……あの女がいたから! ホムンクルスはDNA式のクローンとは違って性格や記憶も受け継げるから……」
そのとき、逃げ惑う客をかき分けるように、その少女は現れた。
大槍を担いだ無表情の美少女。静かにシオンを見据えている。
「はっはァ! あいつは発掘された塩漬け首の細胞で作った関羽雲長のホムンクルス! さあ、これでお前も……!」
シオンは既に司会者には視線も向けず、右耳をむしってから床に叩きつけた。
「あー……強いな。アレ」





