ダンジョン イン 悪役令嬢
王族の娘を鍛える為、その国、ザスタリス王国では一風変わった政策が取られていた。
それは一人の少女へ悪役を演じさせ、王族の娘を虐め抜くと言う物。
そして一部の人間しか内情を知らぬ中、主人公クレアは断罪イベントで国外追放を言い渡される……筈だった。
クレアは元婚約者の言葉に唖然とする。
ダンジョン送り、それは事実上の処刑だった。
私の母国、ザスタリス王国には一風変わった風習……制度がある。
それは王族の娘の精神性を養い、次期女王としての基盤を作り上げる、という何とも綺麗な言葉で纏めてあるが、要は虐め抜いて鍛えろという物。
それは国王の娘が十五の歳になると開始される。ちょうど学院に入学する年齢だ。
そして私が十六歳、すでに学院で一年過ごした年に、王族の娘たるメリアンヌ・ザスタリスが入学してきた。
この度は私、クレア・アンジェリスが姫君を虐める役目に抜擢された。それは大変名誉な事。なにせ女王の推薦なのだから。だが私はこの制度自体に疑問を持っていた。精神性を鍛えるなら、他にもやりようはあるだろうに。何故一生に一度の学院生活を辛い思い出で埋める必要があるのか。
勿論、姫君はその事を知らない。親である女王公認で自分が虐められるなど。
可哀想だ、と素直に思った。しかしどうしようもない。私に拒否権など在る筈も無いのだから。
二年間、姫君を虐め抜いた私を待っていたのは、所謂断罪イベント。好きで虐めていたわけでも無いのに、私は学院卒業の記念式典で衆目に晒されながら、姫君を虐めていた罪で国外追放を言い渡される。
「クレア・アンジェリス、貴方を……国外追放とする」
元婚約者の言葉に、私は唖然とする。勿論演技だが。ちなみにその婚約者は次期王子となる人物。そう、私は国から追い出されるだけではなく、婚約者まで虐めていた姫君に奪われるという道筋が用意されていたのだ。全て分かっていた事だ。ちなみにその男も何も知らない。この制度は女王と貴族の女性陣、その中でも一握りしか知らないのだから。
だが私の役目は終わった。母国を離れるのは少し寂しいが、こんなふざけた制度の国などさっさと飛び出して、静かで平和な日々を別の土地で……
「そして……レイクジェンドのダンジョン送りとする!」
……ん?
今なんか……想定外な言葉が聞こえた気がしたんですけど。
ダンジョン……送り?
「連れて行け!」
こうして私は無事に国外追放……では無く、ダンジョン送りとなりました。
おい、ちょっと待てゴルァ。
▽
レイクジェンド公国。様々な種族が共存する他に類を見ない国。国と言ってもかなり狭い。まだ私の母国の王都の方が広いだろう。この国の基盤を作り上げたのは、守護者と呼ばれる英雄の一人。この世界に伝わる御伽噺の登場人物だが、ちゃんと実在した人物だ。
その昔、七人の守護者と呼ばれる英雄達は、月から襲撃してくる悪魔達と戦い人々を守った。悪魔達は倒されたり月に追い返されたり……そして地上に封印されたりした。その封印された場所が……ダンジョンだ。まあ、勿論御伽噺なのでダンジョンの成り立ちには他にも諸説ある。
んで、この私……クレアもめでたく、そのダンジョン攻略要員となったわけだが……いや無茶が過ぎるだろ。剣は多少扱える。兄上に稽古を付けてもらった事もあるし、学院でも多少の講習はあった。だがその程度だ。それがダンジョンで通じると思えるほど、私は世間知らずではない。
溜息を吐きながらレイクジェンドの噴水広場のベンチに腰掛け、青空を見上げる。雲一つない晴天。この前まで高価な生地の制服に身を包み、中庭で優雅に紅茶を啜りながらこの空を見上げていたのに。今はその制服を売って買った質素な服にローブ。そして飾りのような細剣。
「なんで私が……」
こんな目に……という言葉を飲み込む。あの制度に疑問を持ちながらも、周りに流され姫君を虐めたのだ。私にも落ち度はある……と思う。だがこれは事実上の処刑に近い。こんな十八歳になったばかりの小娘一人、ダンジョンに放り出すなど死ねと言っているようなものだ。私だって、好きであんなことしたわけじゃ……
「好きでやったわけじゃ無い……! 僕だって必死に皆を守ろうとして……!」
その時、広場の一角から言い争う声が。思わず視線を向けると三人の子供が言い争っていた。
「何が守ろうとしてだ! 俺達の背中に魔法ぶっ放しというて良く言う! いい機会だから言うけどな、お前、とろくせえんだよ! いつまでも魔法の詠唱しやがって!」
「仕方ないじゃないか! 僕は魔法使いで、詠唱しないと……」
「俺達のスピードについてこらないなら意味無いだろ! もういい、お前の顔なんてもう見たくねえ!」
私はその様子をベンチに腰掛けながら眺めていた。
三人共、私より年下の……まだ子供だ。十歳になったか、ならないかくらいじゃないか? あんな子供までダンジョンに潜っているのか。
そのままトンガリ帽子を被ったショタを残して、二人のショタは行ってしまう。その内一人は、トンガリショタを気にするように一度振り返りながら……。
なんか思い出すな。私もああして姫君に罵声を浴びせて虐めていた。姫君は本当にいい娘で、あんな役目でなければ普通に友達として過ごしたかった。一緒に服を選んだり、中庭でお茶をしたり。
私が追放される時も、姫君は私の事を涙目でオロオロしながら見ていた。きっとあの子は私の事を今でも心配してくれているだろう。あれが演技だとしたら大した物だ。私の役目も無駄では無かったと誇れる。
「なんで……僕だって必死なのに……」
残されたトンガリショタは、その場で蹲って泣いてしまう。
ショタと姫君が重なる。まるで私は贖罪を乞うかのように……その小さな背中へと声をかけた。
▽
「僕が……悪いんです」
ショタと共に昼間からやっている酒場へと入り、とりあえずお互いに自己紹介をして話を聞いてあげる事に。トンガリショタの名前はリュカ。
なんか見れば見る程……姫君と重なってしまう。自分を必要以上に責める所とか。
「リュカはダンジョンに潜って……どのくらいなの?」
「一年……経つか経たないかくらいです。クレアさんは……?」
「私はこれからって所。色々あって強制的にね。完璧なぺーぺーよ」
リュカは驚いたように目を見開き私を見てくる。
そして私の腰にある細剣を見ると、なんか途端に苦い物を食べてしまったかのように顔を顰めた。
「し、死ぬ気ですか?」
「あー、死ぬ気はないんだけど……今までダンジョンどころか、魔物を見た事すら無いから……」
「えぇー……」
そういえば私、自分で言ってて思ったけど、魔物って見た事ないな。
王都から外に出る事なんて稀だったし、自分ではそんなに思ってないけどやはり箱入りなのだろうか。
「それならとりあえず……武器変えた方が……」
「なんで?」
「いやだって……剣で魔物、殺せるんですか?」
むむ、そう言われてみると……やっぱり血とか出るよな。
魚を裁いた事すら無いし。あぁ、やっぱり私、箱入りだ。
「じゃあさ、私に向いてる武器ってなんだと思う?」
「……うーん、ちゃんとした鑑定士の人に見てもらうのが一番ですけど……。僕も少しは鑑定できるので、見てみてもいいですか?」
うむ、と頷く私。
リュカは「失礼します……」と席から立って私のオデコに指を当ててくる。
ほんのりとリュカの指先が光っているのが分かった。おぉ、これが魔法か。魔法も初めてかも。
「……? リュカ?」
なんかリュカが震えながら指を引っ込める。
そのまま顔を真っ青にして、席に座り直した。
「どったの? あ、私が扱える武器って……」
「……ま、魔法です、たぶん……」
ふむ、魔法ね。今まで縁もゆかりも無かったけど。
「じゃあ、リュカも魔法使いだよね、私にちょっと教えてよ」
「……いいですけど、一つだけ約束して……ください」
うん? なんじゃ。
「僕以外に……絶対に鑑定させないでください……」
▽
クレアが追放された数日後、ザスタリス王国の貴族達は不気味な静けさを保っていた。例年ならば、学院から我が子が卒業したと連日式典を開催している。だがその気配は一切ない。代わりにと、妙な噂話が国中に広まっていた。
王族に逆らえばダンジョンへと送られる。それは事実上の処刑。些細な意見すらも反逆だと捉えられかねないと、貴族を始めとした国民は不気味な程に沈黙していた。普段多くの人々が行き交う商店前広場も閑散とする程に。
そしてこの男、ロラン・バッセリカ。彼はクレアに追放を言い渡し、ダンジョン送りにすると言い渡した張本人。しかし彼は思い悩んでいた。ダンジョン送りにしろと言ったのは女王の指示。
彼は知らない。この国の制度にクレアが縛られていた事など。彼とクレアは幼馴染。長年共に過ごしてきた彼にとって、クレアが姫君を虐めるなど信じ難い事だった。それ故に、式典の際は怒りのままにクレアへと国外追放、そしてダンジョン送りを言い渡した。
だが冷静になって考えれば疑問だらけだった。女王直々に自分の娘が虐めに遭っていると聞かされ、その元凶がクレアと知った彼は怒りに我を支配されてしまったのだ。
彼は今、正式に次期女王の婿として認められ王宮に入っていた。その一室で頭を悩ませている。
すると部屋の外から侍女の話声が聞こえてきた。
「クレア様も不憫な……。あの制度さえ無ければ……」
「こら、こんな所でそんな事言っちゃダメッ」
「でも、いくらなんでもダンジョン送りなんて……いくら守護者の血を引いてるからと言って」
守護者? 制度?
ロランは部屋の外へと飛び出し、侍女へと詰め寄る。
「その話……詳しくお聞かせ下さい!」
部屋から飛び出してきたロランに、二人の侍女は不気味な笑みを浮かべた。





