異種族恋愛スレチガイ
好きになったあの人は異種族って、それほんと!?
様々な種族が集ままれば、異種族同士の恋愛も当然ありえる。
それでも、それが結婚まで漕ぎつけられるのは、稀も稀。ほぼあり得ないと言ってもいいぐらい。
そんなことはわかりきっているはずなのに……。
それでも、好きになってしまった人は異種族で。
どうしよう。異種族のふり、とかしてみる…?
いろんな種族が集まる街で起きる、一組の男女の異種族勘違いラブコメ。
「じゃあ、相手の種族の振りをしてみるっていうのは?」
そんな、少し無責任なセリフから私の恋は転がり始めた。
◆◇◆◇◆◇
「あー、もうどうしよう……」
「どうしました? アイネさん。いや、言わなくても分かりますが」
べしゃ、とカウンター席に突っ伏すようにしてダレている私に、そんな声が返ってきた。
ここ喫茶店のマスターさんだ。……そういえばここ最近はこの喫茶店に入り浸りのような気もする。
「つまり、『また』ということですか。なんというか、あなたも難儀な人ですね」
「そんなこと言ったって無理ですよぉ……」
きゅ、きゅとカップを磨き、苦笑しながら私の愚痴を聞き流すマスターさん。そのまま流れるようにお湯を沸かし始めるのを横目に見ながら、ため息を一つ落とした。
「ここはそういう相談をする場所じゃないのですが……。まぁいいです。それで?」
そんな私に、何度も同じことで相談に来る面倒な客に折れたのか、マスターさんが続きを促してくれる。その優しさに甘えるように、今回も私は彼のことを相談し始める。
『彼』。
ヒューマンの青年で、名前はカイさん。
初めて見たのは町中にある市場。そこですれ違うようにして顔を見てからというもの、寝ても覚めても顔が浮かぶようになってしまった。
もちろん、それが恋なんだということは気が付いている。というか、目の前のマスターに気づかされた。
けれど、そこで一つの壁が立ちふさがってしまう。それが、カイさんがヒューマンで、私がハーフエルフという、種族の違い。
とはいっても、別に異種族同士の恋愛がタブーということはない。実際に私が生まれているし、今平和に生きられていることがその証拠だ。
それでも、『異種族同士』の結婚は間違いなく困難と言われる部分がある。
なにせ寿命、価値観、タブー等々、色んなことが違ってくる。それを気にしながらの生活というのはどうしてもストレスに感じてしまうことがあるからだ。
そのせいあって、実際に異種族同士で結婚まで行くのは多くなく、その後が長続きするのも滅多にない。平たく言えば、私のようなハーフの存在は滅多にいない。
「それでどうしても、うまく声がかけられなくて」
「なるほど、つまりは進展なし、ということですね」
「うう……」
コーヒーここに置きますね、と目の前にカップが一つ置かれる。
もぞもぞと起き上がりながら、カップを掴む。そのまま中身を口に含むと、もはやなじんだ味が口に広がっていく。
「ああ、おいしい」
「ありがとうございます。それで、この前ここでご友人が言っていた作戦はどうです?」
「うっ」
じんわりと喉を流れ落ちていく温かい感覚に、今度は安堵のため息をつく。が、直後に来たマスターのセリフに、また動きを止めてしまう。
そのアドバイスこそ、この悩みごとの始まり。『相手の種族の振りをする』というものだ。
私の種族はハーフエルフだけど、見た目はヒューマンに近い。というかほとんどヒューマンにしか見えない。
数少ないハーフ種族、その見た目は、両親の特徴を半分ずつ受け継ぐのがほとんど。どちらかの特徴だけをもつ見た目の子供は、数百年に一度ぐらいしか生まれない、と聞いている。まぁその実例がここにいるけれど、私以外の話を聞いたこともない。
であればいっそのこと、ヒューマンのふりをして近づいてはどうか、というのが友人の意見だった。
確かにそれであれば、見た目上ヒューマン同士ということになるし、カイさんから見れば異種族同士ということもなくなる。あくまで見た目の上では、だけど。
「それは……」
「それすらやってない、と?」
「……はい」
「それは、もったいないですね。いつまでも今のまま、というわけにもいかないんでしょう?」
ずばずばと言われてしまえば、返す言葉もなくなる。
マスターの言うことはもっともだ。こうしてうだうだしている間にも、カイさんと誰かが……と思わなくもない。
だけど、嘘をついてまでこの気持ちを伝えてしまって、本当にいいのだろうか、とも思う。
でも、他のいい方法が思いつくこともない。
でもでも、嘘をついて近づいて、後からばれて距離ができるかもしれない。いや、間違いなくできる。
でもでもでも、このままでは他の人、それこそ本物のヒューマンが彼の魅力に気が付くかもしれない……。そうなってしまえば私に勝ち目はほぼなくなるだろう。
からんころんーー。
などと、あれこれぐるぐる考えていると、喫茶店の入り口から音。入口につけられた小さめの鐘が、新しい来店者を知らせるための音。
その音にマスターが入り口の方を向き。
「いらっしゃ……おや、カイさん」
ぴくりと体が跳ねた。マスターが口にしたのは、私の好きな人の、ある意味で今最も聞きたくなかった名前。
ぎぎぎ、と錆びて動きづらくなった道具のように入口の方を振り向いてみればーー。
(かかか、カイ……さん……)
口を動かしても、パクパクと小さく動くだけで声は出ない。
「あ……」
そんな挙動不審な私に少し驚いたのか、一瞬動きを止めるも、マスターに招かれてカイさんもカウンターの席に着く。そう、ちょうど私の隣に。
(近い近い近い……!!)
ヒュバ、とさっきまでの錆び付きが嘘のような素早い動きで前を向く。それでも、何か落ち着かず、目の前にあるコーヒーのカップを睨みつけるようにしてしまう。
「カイさんはお久しぶりですね。注文は何にします?」
「ん、そうだな。二番のコーヒーで頼む」
「かしこまりました」
そうこうしているうちに、カイさんもコーヒーを注文し、マスターも作業に入ってしまう。こぽこぽとお湯が沸く音はするものの、それ以外に音がない。少し前まではいた他のお客さんもすでに退店し、はっきり言えば気まずい。けれど、その気まずさを打ち破るだけの勇気はない。
(何か……何か話さないと……)
わたわたと頭の中で慌てるが、一向に良いアイディアは出てこない。
(そ、そうだ! と、とりあえず挨拶を……)
それでも挨拶ぐらいはしたい、と決心しちらりとカイさんの方を向く。
ーーと。
ぱちっ!
「っ!!」
何の因果か、ちょうどカイさんもこちらを向いており、目がばっちりあってしまう。
それだけのことで、考えていたことが吹っ飛んだ。心なしか顔も熱い気がする。
「あの、その……えっと、私……」
手を振り回す勢いでなんとか言葉を出そうとする。それでもうまく言葉が出てこない。挨拶すら、まともに出てこない。
そうして限界を迎えてしまった私はーー。
「あ…わたわた、私!! きゅ、急用を思い出しました!! マスター、ごちそうさまですーー!!」
財布から取り出した硬貨数枚を、カップのすぐ横におき、脱兎のごとく駆け出す。もちろん、後ろなんて見れもしないし、それを気にしている余裕も、もうない。
さらに熱くなっている頬を抑えながら、店を出る。そのままの勢いで家路につくのだった。
◆◇◆◇◆◇
「あ、わた、私!! きゅ、急用を思い出しました!! マスター、ごちそうさまですーー!!」
「あ……っと」
せっかく隣に座れたアイネさんが突然立ち上がる。立ち上がった彼女はそのまま、店を飛び出していった。
後に残った俺は、その背中に声をかけることもできず、引き留めようと中途半端に伸ばした手を降ろすしかなかった。
「おや、また声かけられませんでしたか」
かちゃり、とカウンターにコーヒーを置きながら、マスターがそんなことを言ってくる。その表情は残念そうでいて、同時に呆れているようにも見えた。
「ぐ……仕方ないだろう。彼女は急用を思い出した、と言ってたじゃないか」
「その前にあいさつをするぐらいはできたでしょうに……」
今度は、ため息すら聞こえそうな勢いだ。
だが……だが、仕方ないだろう。店に入った直後、彼女を見つけて固まってしまったぐらいだ。
そんな俺が会話、それもこここ、恋仲になろうとするなんて、とてもできるものじゃない。
彼女はヒューマンで俺は……、俺はーー。
(俺は……ヒューマンに見えるだけの、『ハーフエルフ』なんだから……!!)
たまらずにぐい、と流し込むコーヒーは、いつにも増して苦く感じた。





