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勇者育成所

『あなたも魔王を倒しませんか?』


 高校二年生の五島は街の外れのコンビニ跡地で一風変わった店を営んでいた。その名も、『勇者育成所』。自分の人生を変えたい人々に、勇気を与える店だ。

 目立たない立地のこの店だが、毎日のように客は来る。一人一人が、心に打ち克ちたい魔王を持つ、勇者の卵だ。


 彼らを勇者にするために、五島は時に犯罪すらも厭わない。


 今日も一人の客が、勇者育成所の扉を叩いた。

 復讐と謎解きの夏休みが始まる。

 この世界には二種類の高校生がいるな、と私は一学期最後のショートホームルームの最中に、プリントを後ろの席に回しながら思った。『夏休みの心得』を守らない生徒と、守らざるを得ない生徒だ。


 茹だるような暑さに耐えかねて窓を開けているせいで配布物が時々宙を舞う。


 『夏休みの心得』と題されたこのプリントには、小学校の頃からほとんど変わらない、過保護な生活の規則が並べ立てられている。


 一人でゲームセンター等アミューズメント施設に出入りしてはならない。バイトをする場合は新聞配達のみ。遠方への旅行は保護者、又はそれに準ずる年長者に同伴してもらうこと。友人宅での宿泊は禁止。等々。


「せんせー」


 二つ隣の席の五島君が戯けるように手を挙げた。彼はクラス一のお調子者で友達も多い。モテないけど。


「何でしょう、五島君?」


「このプリント、友達ん家に泊まるなって書いてますけど、友達じゃなくて彼女ん家ならいいんですか?」


「もっとダメです。……てか、彼女いたんですか」


「いえ、僕はいませんけどー」


 そう言いながら浜田君の方をチラチラと見る。


「なるほど、浜田君にはいるんですか」


「あ、こら、ゴトー、てめぇ」


 浜田君は慌てて立ち上がった。冗談ではなく、本当に彼女がいるらしい。これじゃ公開処刑じゃないか、と私は少し心配になったが、二人はいつも通りに小突き合っているだけだ。また教室が笑いに包まれ、私も笑った。


 前に向き直るとミッチーの耳が真っ赤になっていることに気がついた。


 ふうん、この二人が、ねえ。


 きっと夏休みの心得なんかほったらかして遊び呆けるのだろう。


 私は、夏休みの心得はもっと敬われるべき存在だと思っている、

 夏休みの心得は非リアの味方だからだ。リア充の自慢話から私たちを助けてくれる。


 遊ぶ友達がいないわけじゃないんだけどね、ほら、夏休みの心得に遊んじゃダメだって書いてあるからさ。


 あ、でも、今年の夏は人生で初めて『夏休みの心得』を無視するかもしれない。別に友達や彼氏ができたわけではない。


 隣県まで、母さんには内緒で旅をしようと思うのだ。


───


「ただいまー」


 母さんが働きに出ているため家に誰もいないことは分かっているが、つい口を突いて出てしまう。それに、誰もいなくても父さんはいるかもしれない。


「ただいま」


 仏壇の前で手を合わせ、改めて口にする。


 父さんは、私がまだ小学生だった頃に殺された。


 授業参観の日だった。普段は仕事で忙しい父さんもその日は休みをとってくれて、両親で参加してくれる予定だった。


 当時、クラスメイトからファザコンと笑われるほどのお父さん子だった私は前日からはしゃぎっぱなしだったし、父さんにかっこいい姿を見せるためにその日の予習は完璧にしていた。


 凶器は千枚通し。背中に三箇所、胸部に二箇所、計五箇所が致命傷になった。犯人は当時の私と何歳も変わらない、十三歳の少年。十歳上の先輩に唆されてやったそうで、その先輩は今も塀の中だ。


 少年法とかいうクソみたいな法律のせいで少年の名前も顔も明かされなかった。


 小学校から担任の車で連れてこられた病院で父さんの私を告げられ、訳もわからずに泣きじゃくったのを覚えている。


「父さん、私ちょっと歩いてくるね」


 インスタントコーヒーを仏壇に供えて、そう語りかける。制服を脱ぎ捨ててラフな格好に着替えると、私は「いってきます」と呟き、目的地も決めずに歩き始めた。

 ウォークマンの再生ボタンを押し、イヤホンを耳に突っ込む。『チェインギャング』が脳みそを埋めた。


 私の徘徊癖は昔からのものだ。親友が転校してしまうと聞いた時、翌日からテストがあるのに勉強に身が入らない時、いろんな時にあてもなくぶらぶらと歩いてきた。

 私にとって徘徊とは、問題解決のためのおまじない、雨乞いのようなものだ。歩いて歩いて、足が棒のようになる頃にはいつも、頭の中に明快な答えが降ってくるのだ。


 そんなに歩くならこれをつけるといい、と生前の父さんから万歩計を貰った。歩く距離なんか気にしちゃダメだよ、と生意気なことを言って一度も使わなかったが、その万歩計は今も形見として大切にとってある。


 今日はいつもよりだいぶ長く歩くことになるだろうな、という予感がする。歩いて歩いて、足が棒のようになって、それでもまだ歩き続けるかもしれない。

 それでもいい。むしろそうしなければならない。

 雨乞いは、すれば雨が降るというものではなく、雨が降るまでし続けるものなのだから。


───


「あちゃ、降ってきたか」


 雨粒が頬を濡らしたのはウォークマンのプレイリストが一周し、再びチェインギャングが流れてきた頃だった。マーシーの静かな懺悔の歌が胸を締め付けるように響く。

 雨は小雨ではあったが、油断していると大降りになると長年の勘が告げていた。


「近くのコンビニを探して」


 スマホに話しかける。雨は降ってきたけど、答えはまだ降ってきていない。ビニール傘を買って徘徊は続けるつもりだ。


「およそ百メートル先、左方向です」


 幸い、コンビニはここからそれほど離れていないようだ。私は小走りでそこへ向かった。


「……」


 道案内はスマホの必須技能の一つだろう。当然、私がいつも使っているスマホも、できると思っていた。


「……スマホさん?」


 もちろん、返事はない。


「まさか、道案内もできないようなポンコツスマホだったとは」


 母さんに頼んで買い替えてもらおうか。流石にそろそろ最新型に機種変してもいい頃だとは思っていたのだ。

 そんなことを考えながら、私は目の前の明らかにコンビニエンスストアではない建物を見る。


 手作り感が溢れる、木造の小屋だ。プロが作ったとすればあまりに脆弱な、しかし素人が造ったにしてはあまりに頑丈な、中途半端な見た目だ。

 小屋の前には、手書きらしいフォントで、


『勇者育成所』

『あなたも魔王を倒しませんか』


 と書かれた幟が立っている。窓から中を見たが長机に椅子が二つあるだけだ。

 奥の椅子では誰かが読書に耽っている。


 こんなボロ小屋で何を読んでいるんだろう。


 少し気になって目を凝らすと、顔を上げた本の持ち主と目が合った。


「あ、え? 五島君?」


 本を読んでいたのは、クラスメイトだった。今日、浜田君とつつき合っていたお調子者だ。

 私もこんな場所で彼に会うとは思わず驚いたが、向こうも相当驚いているようだ。口をパクパクしたりオーバーリアクションなのはいつもと変わらない。ただ、どこか気恥ずかしげだ。


「こんなところで何やってるの、五島君?」


 私は思い切って入っていくことにした。ボロ小屋の扉は開くかどうか不安だったが、ギイとひどく軋むだけで意外とスムーズに動く。


「まあ、見逃してはくれないよねえ……」


 五島君は私がそのまま帰ってしまうことを期待していたのか、肩を落としている。私が構わず説明を求めると、渋々口を開いた。


「表に幟立ってたでしょ? 勇者育成所だよ」


「勇者? て魔王を倒すあの?」


 五島君が読んでいた本はライトノベルだったらしい。その勇者? と私は表紙を指さす。


「はは、異世界行ったりする、あの勇者じゃあ、ないよ」


「じゃあ、どういう……?」


「勇気のある者、のことだよ」


 勇気のある者。頭蓋骨を直接殴られたような、重い衝撃を感じた。

 勇気。それはまさに、私が数時間歩いて探し求めていたものじゃないか。今の私が、喉から手が出るほど欲しいものだ。


「勇者育成所の仕事は、勇気が欲しいのに、勇気を出せない人を応援すること」


 もちろん有料でね、と五島君は机の上をコツコツと叩く。ラミネートされた料金表がセロハンテープで貼り付けられていた。

 一月二千円。諸々のオプションの値段も細かく設定されている。


「ちゃんと実績もあるんだよ。同級生に告白したい小学生やYouTuberデビューしたい六十歳、リストラされた会社に火を着けたい中年男性も」


「待って、犯罪が混ざってる」


「もちろん、ただガンバレって言われただけじゃ勇気は湧いてこない。応援っていうのは、成功の確率を上げたり、上手いやり方を一緒に考えたり、そういうお手伝いも含めたもののことだよ」


「犯罪が」


「そのために必要な経費は別途でいただくけど」


「犯罪もいいの?」


「口止め料として更に余分な代金がかかるけど、お手伝いはするよ」


 くらりと視界が揺れた。立ちくらみのように眩暈がするのに、五島君の目から視線を外せない。


 こんなことに他人を巻き込んではいけない。


 私の中の、理性的な何かが叫ぶ声が聞こえる。この計画は、私とアイツだけで完結しなくてはいけない。


 しかし、その制止を振り切って、私の口は勝手に動いた。


「私も、勇者になりたいです」


「毎度あり……それで、お客さんは、どんな勇気をご所望ですか」


 五島君の雰囲気が切り替わる。おちゃらけた同級生はどこかへ行ってしまい、一人のプロフェッショナルが顔を覗かせる。


 私は、踏み出してはいけない一歩を、踏み出そうとしていることに気がついていた。自分から、絞首台への第一歩を。


「ええと、私が欲しいのは」


 唇がカサカサに乾いている。一呼吸おいて、舌で濡らした。心臓が変な風に脈打っている。


 もう一度、ゆっくり息を吸う。

 それから、私を取り巻く世界が音を立てて変わっていくような錯覚を覚えながら、言い切った。




「────私が欲しいのは、人を殺すための勇気です」

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― 新着の感想 ―
[良い点] え? すごい。プロの方ですよね? すごい。 なんかすごいしか言葉が出て来ない……。すごい。 面白いです。 良いところで終わった! というのが率直な感想です。 お調子者だった五島君の裏の…
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