偽りの恋人
「ねぇ、いったいどうしたの?この部屋、何もなくなってるじゃない」
今日は私達が付き合ってちょうど1年。
彼に呼び出されて行ったいつものマンションの部屋は空っぽだった。
「ああ、ここは今日で引き払うんだ」
「え・・・そんなこと全然聞いてないんだけど?どこかへ引っ越しちゃうの?」
「1年前に戻るだけだ・・・悪いけど今日で別れよう」
彼から発せられた信じられない言葉。
「いや・・・いやよ、ねぇ、どうしてなの?!
私、貴方に嫌われるようなことしてしまってた?それとも誰か好きな人ができたの?」
詰め寄る私に彼は視線をそらす。
「どちらでもない。君とは最初から1年間だけと決まってたんだ」
「・・・それ、どういうことなの?」
彼は空っぽの部屋の窓辺に近寄っていく。私もそれについていく。
「君はお父さんの会社の状況を知っているかい?」
「・・・とても厳しいということは知っているわ」
父はこのところずっと帰宅も遅いし、最近は顔色もよくない。
無理してるのは知っている。
「とても高い技術力と開発力はあるが、景気悪化や災害などの不運が続いていて、はっきりいって崖っぷちだ。だが支援に手を上げたところがある。その条件は君との結婚だ」
「・・・え、私?」
そんなこと、お父様からは聞いてないわ。
「君のお父さんは1年間だけ待ってくれと言った。その間に年頃の娘らしいことをさせてやりたいと恋人役として決まったのが僕だ」
「恋人役・・・?」
「そう、引っ込み思案な君にわずかな間でも青春を謳歌させてやりたいと頼まれた。だから名前も出身も仕事もすべて架空。君の好きだった男はこの世に実在しない」
それじゃあ、この1年間のすべてが嘘だったというの?
幾度となく抱きしめられたぬくもりも、あの熱い唇も・・・?
ああ、でも考えてみれば厳しかった父がやけにあっさり交際を認めてくれた。
そういう理由なら納得できるわね。
「1つだけ教えてあげよう。支援の条件は結婚だと言ったが、するかしないかは君が選ぶことができる」
「・・・どういうこと?」
「君が結婚するのなら、お父さんは会社の代表にそのまま留まることができる」
「もしも私が断ったら?」
「会社は買収され、君のお父さんは代表の座を追われるだけだ。さぁ、家に帰ってお父さんとよく話し合うといい」
私って知らないうちにもう後がない状況だったみたい。
彼に促されて玄関に向かう。
ドアノブに手をかけたけれど、ふと彼の方へ振り返る。
「ねぇ、それじゃ本当の貴方はいったい誰なの?」
「何者でもないさ。さようなら、お姫様」
そっと額にキスされて私は追い出された。
お父様と話し合った末に私はお相手の方に会うことにした。
誰だって一緒だもの・・・あの人でないのなら。
ホテルのラウンジには目つきの鋭い父と同年代くらいの男性が待っていた。
いまや企業再生の神様と呼ばれ、メディアでも頻繁に取り上げられるやり手な方。
「お写真は拝見しておりましたが、実物の方がはるかにお美しい」
「あ、あの、ありがとうございます」
手を差し出されて握手をする。大きくて温かい手。
「本日来ていただけたということは、こちらの要望に応じていただける、と考えてよろしいでしょうか?」
「・・・ええ、私でよろしければ」
「ありがとうございます・・・ああ、息子がやっと到着したようです」
振り返るとそこに立っていたのは1年間限定の恋人だった彼。
「え、どうして貴方が・・・?」
「だましてすまなかった。立場やしがらみに関係なく君と恋人気分を味わいたかっただけなんだ。それに君に悪い虫がつかないようにしたかったしな」
見つめあう私達を咳払いが止めた。
「オホン、私は亡き妻を今も心から愛しておりますので、再婚など考えてはおりません。つきましてはうちの息子と一緒になってやってはもらえませんかな?どうやら息子は貴方にぞっこんのようですので」
「おや、もしかして貴女は私の母親になりたかったですか?」
いたずらっぽい笑顔はとてもよく似ている親子だわ。
「今度は無期限でよろしくお願いしますわね」
現代恋愛ものは初投稿です。
思いつきと勢いだけで書いたので設定等はゆるめです。




