第8話「第二十三回3次元生命体人気投票、開始」
「こんなのって、嘘か。
これが現実なのが本当じゃないかよっ」
粉塵立ち込める空間で、東大路は膝を付き、肩を落とし、四つん這いになり固まる。
現実が飲み込めず、悲しいという感情すら、涙という意識すら認識できない。
真っ二つに分かれた百子の体がなぜ、微動だに動かないのかという常識すら、
彼の頭で整理はできなかった。
そんな彼の惨めな姿が、突如として起きた大量虐殺劇の現場が、
傍から見ていた2次元の美少女達にはどうにも可笑しくてたまらなかった。
思わず身を震わせて笑う者もいれば、手を叩いて興奮を表現する者すら現れる。
「これは愉快、愉快。
さすがは女王様」
「こんな意外な展開がたまらない。
もっと笑いたい、わくわくしたいよ」
「早く次を見せて、もっと見せて。
この虫けら共の先が気になるよ」
不気味な笑い声が辺りを包み込む。人間の笑い声とは思えぬ、奇怪な女達の声。
これほどまでに奇妙な光景は無かった。絶望に打ちひしがれる東大路に、
それを喜ぶ美少女達の健気な笑い声が温かく突き刺す。
しだいに、笑い声と共に、漂ってくる無数の血の匂いによって他の3次元の人間も我に返る。
この鉄くずの瓦礫に押しつぶされた肉片こそが、自分達が歩む行く末ということに。
人間達は再び、息を吞む。やけに早くなる鼓動だけが、脳みそに響き渡る。
ただ慌てているのは人間だけではなかった。壇上の伯爵も左右をしきりに見渡しては、
動揺を隠しきれない。
「女王様、2点ほど問題が発生致しました」
「何か」
「さきほどの落下物から逃げたあの3次元生命体です。
一匹が不完全な状態で致死状態に陥ったため、精神体が抜け出たままに。
このままですと・・・」
「ZM-L06書物に空きがあったな。
そこに押し込めば良い」
「はい。
最後にもう一人の男の処遇です。
奴は人気投票の対象にまだカウントしておりません」
「そうか、消せ」
「かしこまりました。
では」
ホワイトブラック女王とグリーングレイ伯爵が会談していたのは、
まさに東大路と百子に関して。
この二人がさきほどの『偶然』な事故から生き残ったのは、かなりの誤算であったらしい。
紅茶の時間がさらに気になるのか、
手に持った懐中時計を気にしながら女王は淡々を伯爵に指示を出す。
再び伯爵は手をゆっくりと持ち上げる。あの女王に意見し、
串刺しになった男と同様の手順を踏んで。
そして、何のためらいもなく机上に叩きつけるのであった。
「待て、伯爵」
「は、はい」
「人気投票の対象人数を数えよ」
「・・・40、41。
現在41人でございます」
「一人加えれば42、死に番だ。
縁起が良い、奴を対象に含めよ」
「かしこまりました」
伯爵が机上を叩いた直後、女王の気まぐれで対象枠は拡大される。
それはすなわち、東大路の行く末が確定したことを告げる出来事。
未だに立つことすらできない東大路に向かって、壇上より、
グリーングレイ伯爵は声高らかに宣言する。
「42番、東大路松司」
最後の参加者、42番(死に番)背負う男の名前が響き渡る。
この闇の洞穴、2次元領域下と呼ばれる場所で初めて自分の名前が呼ばれたことに、
体が反応する。
今まで触れることができなかった百子の右手を握り締め、声の主の方へ顔を向ける。
グリーングレイ伯爵が、ホワイトブラック女王が東大路のみを見る。
まさに蛇に睨まれた蛙の状態。それでも歯を食いしばり、目線は逃げず、声を発した。
それが快男児・東大路松司。百子を笑顔にさせた、その言葉が全て。
「俺なんかどうでもいい!
百子さんを、百子さんをどうにかしてやってくれ!」
「その女の処遇はすでに結論がついておる。
今決定したのは君の・・・」
「伯爵、よい」
グリーングレイ伯爵の言葉を、ホワイトブラック女王が遮る。
怯えたように伯爵は頭を軽く下げて、後ろに引き下がる。
初めて、東大路はホワイトブラック女王と目線を交わした。
この時、東大路は死ぬことを覚悟した。
「42番、ならば人気投票に勝ってみせろ。
その女が寝取られんうちにな」
「な、何・・・!?」
ホワイトブラックは不適な笑みを浮かべて、また視線を手元の資料に移す。
「寝取られる」の意味に、困惑するしかない東大路。
だが彼にその思考を許さず、女王と伯爵は顔を見合わせ、言葉も発せず、
互いに意図を理解し頷き合う。
両者が立ち上がる。それと同時に、脇で傍観していた2次元美少女達も一斉に立ち上がる。
女王が両手をゆっくりと天に向けて突き出し、声高らかに宣言を行う。
「皆の者、長らくお待たせした。
このホワイトブラックが、第二十三回3次元生命体人気投票の開催をここに宣言する。
さぁ、踊れよ、ゴキブリが如く3次元生命体共。
我ら2次元生命体の手の平で。
死にたくなければ、我らが人気投票で生き残ってみせろ」
目の前に広がる、2次元の美少女達。
今俺は、まさに絶望の渦の中。この空間を何かに例えるなら、そう、まさに法廷だ。
証言台のような所に、多くの人間達と共に俺は立ち尽くしている。
皆が口を開け、目を見開き、動揺を隠せない。
膝をつきうな垂れる者もいれば、気が狂って笑いだす者もいる。
それも分かる話だ。
この証言席を囲うように設置されている、いわば傍聴人席・弁護席・検察席、そして裁判長席。
そこに居座るは、何処かで見たことのある、2次元美少女の群衆。
軽蔑する視線を向ける者、腹を抱えて笑う者、鼻で笑う者、
その全てが俺たち人間に対して「憎しみ」を突き刺す。
駆除される害虫かの如く、俺達は2次元美少女に見下されている。
奴らは言う、人気投票を実行すると。
俺達が生き残るには、奴らが実施する人気投票で勝ち残らなければならないと。
ここにいる人間達の命は、2次元美少女達の人気投票で消し飛ぶ。
だけど、俺は生き残る。
俺の右手に確かに残る、彼女の手の感触がそう奮い立たせる。
俺は、百子さんと共に、必ずこの絶望から抜け出してみせる。