第7話「東大路、死を選ぶ」
「・・・次に34番、西園寺紅葉」
名前と番号を呼ばれた者が次々に、戦地、いや地獄へと足を踏み出していく。
そこに向かう兵士は皆、死を覚悟する。だがしかし、ここで抵抗し、暴れた所で無意味と知る。
さきほどの惨殺劇を目の当たりにした彼らに、それをする勇気など毛頭湧いてこなかった。
それならば、これは夢だと信じ、事を荒立てないように目が覚めるを良しとした。
死神の先導が続く中、東大路の目はかすかな希望を残していた。
「百子さん、動けるか」
「え?」
「ここから逃げる。
合図をしたら、あの右側に見える光まで突っ走れ」
「で、でも、東大路君。
そんなことしたら」
「このまま思い通りに進んでも、生きれるとは思えねぇ。
何せ奴さんは俺達をおもちゃとしか思ってねぇみたいだからな。
分からないけど、直感だけど・・・このままじゃ、何したって俺達は殺される」
「でもっ」
「俺が囮になる。
あの壇上で御託を並べる奴らを襲う。
その隙に百子さんだけでも逃げるんだ」
「ひ、東大路君」
「・・・達者でな、百子さん」
中央に位置しているグリーングレイ伯爵とホワイトブラック女王から数十メートル先の両端。
そこに僅かに光が漏れる場所が存在した。距離的に近い左端を攻めたいが、
まだ番号が呼ばれるのを待つ人々で道が塞がれる。
狙うは右端。東大路は精一杯の筋肉を動かして、百子に笑顔を見せた。
自分が本当に笑みを浮かべているのかも、自身には分からない。
ただ、百子はその東大路の決意を読み取り、静かに頷いた。
ゆっくり、ゆっくりとすり足で移動を始める二人。中央線ギリギリまで、位置を持ってくる。
すると、番号を読み上げていたグリーングレイに、突如として女王が静止に入る。
「伯爵」
「は、はい」
「時間を見なさい。
私はそろそろ紅茶の時間だ」
「申し訳ございません!
では」
グリーングレイ伯爵は、机上を思い切り右手で叩く。
その次の瞬間だった。雷鳴が、地鳴りが、震動が炸裂したのは。
東大路はすぐさま、異変を、真上を見上げた。
「(な、何だ、天井が・・・!!)
百子さん、逃げろっ!!!」
一瞬の出来事だった。グリーングレイ伯爵が机上を叩いてから、数秒後。
まだ番号が呼ばれていなかった陣地の天井が、不思議にも崩れ落ちてきたのは。
番号が呼ばれた左陣地には、あまりに奇跡的に無傷でいる。
そう、ホワイトブラック女王は時間短縮のために人気投票対象の選出を途中で打ち切ったのだ。
自身のティータイムの時間を確保するために。
右側陣地にいた者を即死だった。
「はぁ、はぁ、はぁ。
百子さん・・・!」
この男、東大路松司を除いては。
逃走経路の確保のため、中央線ギリギリまで移動していた東大路は何とか落下物を避け、
左陣地に逃げられていた。
日頃体を鍛えている成果もあってか、体が本能的に動いた結果でもあった。
さきほどまで人が蠢いていた場所に、天井の鉄くずだけがそびえ立つ。
もうそこに、人はいなかった。まだ粉塵立ち込め、視界も明瞭でない中、
東大路は必死に百子の姿を探した。
咄嗟に彼女の服の裾を引っ張った所までは覚えている。
だが、記憶はそこまで。いつも、東大路は肝心な所を覚えていなかった。
煙を腕で振り払い、大声を出して百子を探す。
「も、百子さん!!」
煙の中に百子を発見した。倒れ込んでいる。
すぐさまうつ伏せになっている体を仰向けにして、表情を確かめる。
特に流血などはしていない。ただ目を瞑って、意識が飛んでいるだけのように見える。
それを確認して、東大路は安堵共に、感動の涙すらわずかに目に浮かぶ。
「良かった、何とか無事か。
あ・・・
・・・あぁ・・・あ・・・」
そして気づく。
百子は無事であったと。
百子の上半身は無事であったと。
吹き飛んで、何処かに消えた下半身以外は、無事だったと。