第5話「天使は今日も笑顔で道具になる」
「では、グリーングレイ伯爵。
頼むぞ」
ホワイトブラック女王の不可解な宣言に、まだ一同が唖然とし、思考停止の中、
事は着々と進行していく。
『グリーングレイ伯爵』と名を呼んだ矢先、女王の背後の壁に裂け目が生じる。
裂け目の中から、全身灰色で、緑色の目をした兎が飛び出す。
シルクハットを深々被り、正装したその兎は、慌てた様子で着席する。
一つ深呼吸をし、右斜めにズレたシルクハットを調節して、東大路ら人間達に目を向ける。
「ようこそ、2次元領域へ。
私の名前はグリーングレイ。
ここからは私が事の説明及び進行を務めさせて頂く」
次々と湧き出てくる聞きなれない単語に、一同は物事の整理が追い付かない。
この流れを止めようにも、何が止める正しさを持ち合わせているのか理解できぬから、
それができない。
どうにも不思議がこの空間の通常と折り合っている故に、
この場に身を預けるしかないのである。
それでも抵抗しようと、百子が小声で東大路に話しかける。
「東大路君。
今度はウサギさんが出てきたよ」
「あ、あぁ。
(だけど、これだけは分かる。
あのホワイトブラック女王っての、アイツだ。
奴がこの世界の親玉なんだ・・・!)」
東大路は静かに視線を女王にズラす。あの立ち振る舞い、雰囲気、言葉遣い、
そして周りの態度。
それは明らかに異様な存在感を示す、ホワイトブラック女王なる2次元。
誰に説明されねど、彼女こそがこの空間、いやこの世界の覇王であると悟る。
そんな東大路の身震いを構いもせず、グリーングレイは流暢に説明を続ける。
「簡単に事のあらましをご説明しましょう。
まずここは見ての通りの2次元領域、いわば2次元の世界と言えよう。
ご存じの通り、君たち3次元領域とここ2次元領域は共存し、繁栄を続ける。
だが、ここ最近異変が生じる。
2次元領域下の特定の対象が、無秩序に量産され、私利私欲に利用され、
あげくゴミの如く廃棄される。
そんな事案が多発するのである。
その対象とは、女であることに加え、容姿も整う輩・・・汝の名は美少女」
グリーングレイの言葉に耳を傾ける東大路。
彼が語る言葉は、この世界に来てようやく、
この仕組みと理由が紐解ける可能性を秘めたものだった。
息をするのも忘れるくらい、じっと目を凝らし、聞き入る。
「いやいや、誤解しないで頂きたい。
我々は君達3次元を含めた生命体各種から誕生し、ここに存在する。
子供なり、大人なり、老輩なり、その思想を存在たらしめたいという、
言わば情熱、愛、意思主張の元で我々は存在しているのである。
だが、ここ最近異常事態が起きる。
情熱も無ければ、愛も、主張も無き2次元美少女が、
今日もまた髪型を、目を、輪郭を、服装を、声質を変え、
道具として使い捨てられているのである」
東大路は感じた。いや、東大路だけではない。徐々に、この空間の空気が重くなっているのを。
ホワイトブラック女王が現れた、押しつぶされそうな威圧感、気味の悪さとは別の感覚。
これは紛れもなく、周囲から溢れ出る、確かな「殺意」。
「その原因は何か、それらは金か、それらは依存か、それらは煩悩か。
我々はそれらを君達の欲望と断定付ける。
まさしくこれは悪そのものであり、命の冒涜以外の何ものでもない。
2次元領域下のもと、如何に彼女らに支援策を、心のケアを、無念を公正に裁けば良いのか。
我々は検討し、結論に至った。
そして今ここに、第二十三回3次元生命体人気投票の幕を開けるのである。
いやはや。
存分に彼女らを癒し、楽しませ、使い捨ての駒となって頂きたい。
あらましは以上である」