第4話「ホワイトブラック女王」
『開廷まで残り3分です』
突如として聞こえてくるアナウンスに、一同ざわつき始める。
東大路と共に集まる人間達、そしてその周辺に陣取る2次元の絵達もまた。
ここが何処かも分からないまま、『何か』が始まろうとしている。
東大路はかすかに震える百子の両肩を掴み、話し掛ける。
「百子さん、何か手掛かりはないかっ。
キャラクター達の共通点が掴めれば、ここが何処なのか分かるハズ!
リンゴ農家とか、コンバインの所有者とか!」
「ご、ごめんなさい。
私の知らないキャラクターも多くて。
でも・・・」
「?」
「見て、東大路君。
あそこにいる2次元の人達は、皆女の子ばかりだよ」
百子が指摘した通り、四方を囲むように居座る2次元は全てが女性。
目は丸く大きく、奇抜な髪の色、整った容姿等の共通性もある。
先程まで崩した姿勢・態度を示していた2次元達も、開廷のアナウンスを聞いて表情が一変する。
東大路はすぐさま直感した。何か大きな事がこれから起こるのだと。
そしてそれはきっと、自分達に不利なことが起きると。
「(これは異常だ、何か空気が変わっている!)
も、百子さん、逃げようっ。
何かマズいことが起きる!」
「でも、何処へ?」
「何処って、あっちの方さ!」
「あそこ?
け、けど、東大路君。
私怖いの」
「何が?」
「だって、だってやっぱり。
私達って・・・死んじゃってるんだよ」
「し・・・死んでる・・・?」
何処か避けようとしていた事実。その言葉を百子は勇気を振り絞って発した。
東大路がこの異常空間の謎を盾として、ずっと無意識に目を背けていた事柄。
そう、自分たちは今ここにいる。それは死んでいるから。
記憶が途切れた、あの落下地点から。
東大路は一歩、後退りした。急に立っていることさえ、辛くなってきた。
手の感覚が無くなっていく、視界がどんどん狭くなっていく。
恐怖が訪れる。
目の前にいる百子すら姿形がぶれていく。百子の顔、目、口、鼻、頬、手、全てが歪んでいく。
いや、違う。東大路は気づく。手は歪んでいない、震えているだけ。
寒くもないこの空間の中で、百子の手は小さく、助けを求めるかのように震えていた。
次の瞬間、東大路は自分の両手で力の限り、自分の頬を平手打ちした。
そして、呆気に取られる百子の右袖を掴む。
「えっ」
「死ぬとか、怖いとか、そんなの都会の奴らの発想だ!
俺には、この快男児には通用しねぇ!
だから・・・その、百子さん、好きだっ!!」
「!
・・・ありがとう、快男児さん」
東大路は口から出る勇気に身を任せた。その痩せ我慢の言葉に、
百子はこの空間に来て初めて微笑んだ。
百子もまた、そっと東大路の左袖を手で掴み返した。
そしてついに、アナウンスから3分が経過する。
この空間を覆っていた光が一斉に消える。
戸惑う群衆の声が東大路を、百子を一斉に包み込む。
ここにいる誰もが、この後に何が起きるのか予見することができない。
この光の消えた闇の先に、何が待ち受けているのか想像できない。
東大路も自然と、群衆に汚染されて困惑の言葉を発しそうになる。
さきほどより強く、百子の袖を掴み、堪える。
そして、その混乱を真っ二つにするが如く、再びアナウンスが流れる。
「これよりホワイトブラック女王がお見えになります。
一同、起立せよ」
アナウンスの内容は、この騒然となっている場をさらに搔き乱す怪奇な内容。
「ホワイトブラック女王」「起立」この全ての意味不明なワードが、恐怖を駆り立てる。
そして人々はさらに確信するのである。「常識外のことが起きる」のだと。
自分達を見下ろしていた、周りの2次元達が指示通りに次々と立ち上がる音が聞こえる。
東大路の周りを飛び交う雑音のトーンが一段と上がる。
畏怖から、人々は声を発せねば息すらできぬ場。
その混乱の中、一つの光が何処からともなく突き刺さる。
皆、自然とその光の先に目を向ける。
光が指し示す場所は、この空間の最前列。もしこの空間を法廷に例えるならば、議長席。
そして、やって来る。
その席の主が、足音立てて、やって来る。
さきほどまで騒がしかった人々は、一瞬にして言葉を失った。
そこに現れたのは、人間の形をした、何か。
顔は真っ白に塗りたくられ、その他全身は真っ黒のドレスを身に纏う。
異様なほどの長身、そして吐き気を催すほどの体、腕、足の細さ。
そして当然のように、彼女もまた「絵」なのである。
「着席せよ」
周りを取り囲む2次元達が一斉に着席する音が聞こえる。
この異常事態に、誰もが言葉を発せず、動くことさえできない。
それはまた、東大路も、百子も同様のこと。
ホワイトブラック女王なる『何か』は、手元にある資料を骨のように細い指で捲り始める。
手に持った筆らしき物で何か書き始めたと思いきや、
急に手を止めて、東大路ら人間達に目を向ける。
その奇妙な動作を、何度も、何度も、何度も、繰り返す。
そして、女王が現れてから20分経過した後。
筆をそっと置く。
「ごきげんよう、3次元生命体の諸君。
まず諸君らは選ばれし、3次元生命体であることを認識せよ。
諸君らは何億、何兆という可能性の中で、この空間に選出されたのである。
これは奇跡に他ならない。
そしてその奇跡は、我々の愉悦なのである。
存分に挫折し、喜び、笑い、恐怖し、狂い、悲しみ、殴り、斬られ、犯され、
この女王を、ここにいる2次元生命体を楽しませよ。
あらためて宣言する。
これより、諸君らを人気投票の対象と処す」