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004「保育園は知っている」

「じゃ、よろしくお願いします」


 翌朝、陸はいつものように保育園を訪れる。

 連れてきた匠に散々まとわり付かれながら準備を済ませ、保育士といくつかのやりとりをする。そして匠を預ける段になると、彼はベッタリと陸にしがみ付く。

 いつものことである。が、その都度離すのに困ってしまうのだった。


「はい、お預かりします。たくみくん、おとうさんに行ってらっしゃいしよっか」

「やー……」

「そういうなよ。とーちゃんお仕事だからさ。帰ったらいっぱい遊ぼうぜ?」

「……やーもん。たくちゃん、とーちゃんといっちょがいいの!」

「後ろ髪ひっぱるようなこと言いやがって……」


 困ったように頭をかく陸に、半べそをかきながらしがみ付く匠。

 そんな様子に、陸よりも少し年上に見える保育士が、苦笑にも似た笑みを浮かべていた。


「たくみくんは本当にお父さんが大好きなのねぇ」

「うん、たくちゃん、とーちゃんだいしゅきもんねー」

「だったら、お父さん困らせること言わないのよー?」

「……とーちゃんこまるの?」

「そうだな。お仕事行けないととーちゃん、匠にお菓子も買ってあげられないし、遊びに連れてくのも出来なくなっちゃうんだ」

「むー……」

「そうよー、たくみくんのお父さんには、先生もすごくお世話になってるのよ。他にもいっぱい、お父さんを待ってる人がいるのよ?」


 その割には身入りは大したことねえんだけどな、と陸は心の中で呟いた。

 “野本接骨院院長”。

 それが陸の、表向きの肩書である。


 聞いていた匠が下を向き、眉を寄せる。やがて顔を上げると、しぶしぶといった表情で呟くように言った。


「……じゃあたくちゃんがまんする。かえったらあしょぶ?」

「ああ、いっぱい遊ぼうな」


 陸のゴツい手が匠の頭をやんわりと撫でる。

 それで機嫌が直ったのか、匠は陸から離れると右手を拳にして出してきた。

 “いってらっしゃいの合図”である。

 陸はその小さな拳に、自分の拳をそっと合わせてから立ち上がると、保育士に向かって挨拶をした。


「さて、じゃあお願いします。師しょ、……園長先生によろしく」

「はい、お預かりします。……いいお父さんしてますねぇ」

「からかわないでくださいよ」

「……昨日の話は伺ってます。匠くんはお任せを」


 そう言うと保育士は匠に向き直り、彼のお気に入りの積み木で遊び始めた。

 陸はそれを見届けつつ、匠に気づかれないよう、そっと入り口から出た。

 園の門をくぐり、自宅に足を向ける。


 違和感に気付いたのは、昨日清末と遭遇した公園の前まで歩いた時だった。


「……」


 まだ肌寒さの残る朝の空気に、かすかな異臭が漂ってくる。

 それは獣のにおいのような、しかしもっと生臭い何か。


――この臭い、獣の死体を使った人払いの結界か。

 陸はポケットからスマートフォンを出すと、忍に連絡を入れた。


『もしもし』

「俺だ。本日休業の札、出しといてくれ」

『え、どうしたんですか師匠?』

「匠の迎えは頼む。……縮地(しゅくち)を使っても構わん」

『し、師匠!?』

「……また連絡する」


 一方的に用件を伝え、スマートフォンをしまう。数歩進んだところで立ち止まり、前を向いたまま、10メートルほど離れた道脇に植えられた木に向かって声をかけた。


「さて、待たせたな」

「……ケヒッ」


 果たして木の陰からのそり、と現れたのは、昨日自宅付近で襲ってきた小太りの陰陽師だった。その後ろにはガリガリに痩せた長身の女が立っている。


「てめえは昨日のチビか。……そっちの女は新顔だな?」

「……」


 女は陸の声がまるで聞こえていないかのように黙って突っ立っている。

――こいつも式神か?

 陸がそう考えた時、女が口を開いた。


「……忌み子はどうした」

「忌み子ってなんだい」

「しらばっくれるな」

「もっとしゃがれてんのかと思ったら、中々の美声じゃねえか姐さん。ずっと黙ってるから式神かと思ったぜ」


 揶揄うように言葉を返す陸に苛ついたのか、女は小太りに向かって鋭く声を浴びせた。


「やれ、ギボシ」

「ケヒィッ!」


 ギボシと呼ばれた小太りの男は、陸に向かって弾かれた様に突進する。

 陸は脚をやや開いて前屈みになり、爪先に自分の80kgを超える体重を乗せた。

 そして。


(こう)

「ケェェェ……ベッ!?」


 自分の肉体を硬くし、鋼鉄と化した陸に、ギボシはまともにぶち当たっていた。

 ぐしゃ、と肉の潰れる音と共に、崩れ落ちたギボシが顔をおさえて転げまわる。

 鼻が潰れたのである。


「使えない……」

「そりゃひでぇな姐さん。その小デブ、子分だか奴隷だか知らねえが、お前さんの指示通りに突っ込んできたんだぜ?」


 そんなからかいの言葉に耳を貸さず、女は陸に向かって言い放った。


方士(ほうし)、野本陸。忌み子を手に入れるために死んでもらう」

「先に手を出しといてよく言いやがる。今のでやられてたら言う気もなかったろうよ」

「死体に言ったところで意味はないからな」

「あの程度で殺しに来たつもりかよ。あと俺は方士じゃねえ。仙術師だ。仙人になる気はねえんでな」

「どちらでも構わん。どうせ今ここで死ぬ身だ」

「……なんだ」


 陸は底意地の悪い笑みを見せた。


「随分と舌が回るじゃねえか。そっちの小デブとは大分様子が違うな」

「……」

「で? やるんだろ?」

「……」


 言いながら陸は、身体の左をやや前にして両腕をだらりと下げる。

 相手の出方を見る時の、陸の癖である。


「ギボシ」

「……ゲヒッ」


 呼ばれた小男が前に出た。姿勢を低く、地を這うように構える。

 その動きに陸が一瞬気を取られた。


「分身包囲。急急如律令」

「……ッ」


 陸の気がギボシに向かった瞬間、女は式神を展開した。

 十体はいるだろうか、ギボシと全く同じ姿形をした式神が、陸を取り囲む。

 これだけの大規模な式神を展開しているにも関わらず、女の表情は変わらない。

 陰陽師の術は、規模が大きくなればなるほど、心身ともに負担が大きくなる。それを涼しい顔で受け流す様は、彼女の術師としての能力が非常に高いことを意味していた。


「こいつぁめんどくせぇ……」


 うんざりした口調で陸が呟く。


「面倒で済むと思うてか」

「だいぶ自信があるようだがよ」


 式神たちには目もくれず、陸の眼は女陰陽師だけを捉えていた。


「仙術師をあんまり嘗めない方がいいぜ?」

いつも応援ありがとうございます!


リアル事情により、これからは少しまったりペースになりますが、

今後ともよろしくお願いいたしますヽ(´▽`)/

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