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CUNNON  作者: \(^0^)/EX
8/9

第七話

『ま、これからよろしくな。』


そう言って差し出された手と、底抜けに明るい笑顔。


どんな言葉より、それが一番嬉しかったなんて、絶対に言ってやらない。





***************





「さて、どうするか…」


色々といたたまれないスタートを切った共同生活だが、とりあえずだ。

先ほどまで目の前にいた白木はといえば大学に行った。

今日は出来るだけ早く帰るだとか新婚みたいな台詞をのたまって。



「じゃあ夕食の準備しておかないと…」

何がいいだろうか。

そういえばどたばたしていて彼の好物やらを聞くのを忘れていた。

嫌いなものを出して機嫌を悪くされてはたまらない。


あとは自分の荷物の整理…といっても申し訳程度の着替えと、

ラボを出る前に渡された『餞別』(雪乃談)くらいしかないが。

夕食にはまだ大分時間がある。先にやってしまうか。

紙袋の中に入った洋服を軽く分けて、助手から受け取った籠に入れていく。

量が少なかったのですぐに終わった。

「さて」

大きくマジックで『餞別』と書かれた紙袋。

渡されたときの雪乃の顔がちらつくが、そっと袋を開く。


即閉じる。


妙だな錯覚だろうか、変なのが見えた気がする。

意を決してもう一度開くと、ヤッパリそこに鎮座しているソレら。

コレを俺にどうしろと。あの女は俺に何を求めているのか。


見なかったことにしよう。

少し早いが夕食の準備だ。そうだそうしよう。

といっても白木の好物も分からないしどうするか。

仕方ないので頼みの綱の助手に連絡を入れることにする。


目を閉じて、記憶していた11文字の数字を暗証する。

僅かなコール音の後、機械越しの掠れた声が聞こえた。

『どうしたレノン。何かあったか』

「あ、その…」

事情を説明して白木の趣向を聞いてみると、電話の向こうでため息を吐かれる。

集中してみれば、何処か忙しそうな声が聞こえてくる。

ひょっとして仕事中だったのだろうか。

「め、迷惑…だったよな。悪かっ」

『あー、いいからいいから気にすんな。アイツの好物…ねぇ?

そうだな、砂肝とかイカの五臓六腑とかおっさん臭ぇの好きだな。』

「ご、五臓六腑…?」

五臓六腑とはまた随分と渋いのが好きだな…。

『あとは…あんま脂っこいのは得意じゃないって言ってたな確か。』

「そうか、助かった。悪かったなこんなことで連絡して。」

『だからいいって。用件はそれだけか?』

そう言われてふと視線が件の紙袋に行く。

ひょっとしたらアレにも意味があるのかもしれない。一応聞いてみる。


「あ、あともう一つだけ…」



****************


「あー酷い目にあった…」

結局あの後、オカマと悪魔少年にフルボッコされて、体中が痛む。

詠美は詠美でさっさと帰っちまうし本当に薄情なやつだ。


アパートが見えてくると、自分の部屋に明かりが点っている。

あぁそうか、あいつがいるんだっけ。

ふと思い出して息をつく。

先輩曰く優秀なアンドロイドらしいから、ひょっとしたらご飯が待ってるかもしれない。

そう思うと心が躍り、重かった足取りが少しだけ軽くなった。


階段を一段一段上って、本日の夕食を妄想する。

家事がまったく出来ないので、ほとんど毎日レトルトだったっけ。

外食…と言っても飲みに行くだけだから、焼き鳥とかつまみばっかりだし

たまにはちゃんとした食事があってもいいよな。

家に帰ったら飯が出来てるなんて一年ぶりだ。鼻歌交じりに家の鍵を通して回す。



がちゃり。



ドアを開いた瞬間目に飛び込んだ、電灯の光と、綺麗になった部屋。


そして


「お、おかえり…」

「…なさいませご主人様…ってか?」


そう続けたくなっても仕方ない、白いフリル、黒いエプロンドレス。

頭にはしっかりカチューシャが乗った所詮メイド服の、アンドロイド。


「そ、そう呼んで欲しいなら…そうする。」

「え、あ、な、はぁ!?」

必死な、真面目な顔でそんなぶっ飛んだことを言うレノン。

意味が分からない。つーかこいつ男性型じゃなかったっけ!??


「いや、別に呼んで欲しいわけじゃ…てか、え、何これ」

「じ、助手に、何をしたらアンタが喜ぶかって聞いたら

『アイツはめいどもえだから、メイド服でも着れば』って言った。

メイド服は雪乃の餞別の中に入ってたからすぐ用意できたし。」



アホかああああああああああああああああああ!!!!!!!!!



「う、うん。気持ちだけありがたく受け取っとくわ。」

「気、気持ち悪かったか…やっぱり…」

そう言ってしょんぼりするレノンのつむじを眺める。

いや…ごめんなさいレノンさん。正直たまりません。情熱を持て余

「ってイカンイカンイカン。」

待て待て落ち着け俺…。こいつにトキメいたら人間終わりだぜ陽宥。

「じ、自分でも変だとは思ってたんだ…すぐ着替えてくるから。」

叱られた子犬みたいな顔でしゅんとしながらお風呂場に消えるレノン。

何この空気。え、俺が悪いの?

レノンのいなくなった玄関に残されて、次に来るのはもちろん罪悪感だ。


よーし、今度会ったらあのグラサンかち割ろう!

復讐に燃える俺は履き潰したスニーカーを脱いで玄関を上がったのだった。



「うぉすげぇ」

廊下を進んでガチャとドアを開けばすっかり片付いたリビング。

試しに棚に指を走らせて見ても塵一つ付いてない。

たった一日でここまでしてしまうとは大したものだ。

流石時価50万。と妙なところで感心してると、着替えたレノンがひょこりと顔を出した。

「その…風呂も出来てるから…どうする?」

食事にするか?それとも先に入浴?と小首を傾げて伝説の台詞を吐く。

あぁコイツがもし女性型だったら迷わず「お・ま・え☆」と答えたろうに。

「め、飯で。」

頬を掻きながら答えるとほっとしたように肩から力を抜くレノン。

「分かった。準備をするから少しそこで楽にしててくれ。」

そう言っててきぱきと食器を出し始めた。

うぅむ。何だろうか。微妙にツボを突いてくるんだよな…。

何だこの感じは。あれか。コレが巷で流行のギャップ萌か。

あほなこと考えてる間に出されてた食事のメニューは、ええええええ。


「砂肝のもやし炒めにイカの五臓六腑…。魚の煮付けと蜆の吸物、

それから、炊き込みご飯にほうれん草のおひたし…か。」

ず、随分渋いな。俺的にはもうちょっと可愛らしい物を想像してた訳だが。

ポカンとした顔でソレを眺めていると、不安そうな顔で尋ねられる。

「あの…気に入らなかった…か?」

「あ、いやいや」

「好物を聞くのを忘れていたから、趣向が分からなくて…助手に聞いたら

脂っぽいものは苦手と聞いた…それで…。い、いらないなら作り直すし…」

一杯一杯な顔で必死にそう言い募る顔に、思わずきゅんとくる。

あー…なんだかなぁ…健気っつーか…一生懸命っつーか…。

何でそこまで後ろ向きになっちゃうかな。まぁ仕方ないんだろうけど。

「わざわざ俺のために聞いてくれたんだ。」

「え?」

「俺ここ最近ずっとレトルトだったから、嬉しいな。あんがとレノン。」

そう言って安心させるように微笑めば、真っ赤になって俯く。あらら。

「食べていい?」

「ど、どうぞ…」

じゃあ遠慮なく…と手を箸に伸ばしたとき、ふと気付く。

「レノンは?」

俺の斜め後ろで、行儀良く突っ立ってるレノンを振り向く。

「いや、俺は…」

「いいじゃん。食べられるんだろ?一緒に食おうぜ。」

そう言えばおずおずと頷いて、ちょこんと端っこに座る。う〜ん。

「何でそんなに離れてんの」

「だ、だって、邪魔になると悪いし」

「だー!もういいからこっち来いって!」

ぐちぐち煩いレノンをひっぱって隣に座らせる。まったくこいつは。

「あのさ、お前のこと煩わしいなんて思ってないから、普通にしてろ。」

出来るだけ優しく、でも真面目な声でそう諭せば、きょとんとした顔。

次の瞬間くしゃりと泣き笑いみたいな顔するもんだから、一瞬こいつがアンドロイドだって

コトが忘却の彼方に行っちまった。

「じゃ、食おうぜ。」

さらさら指通りのいい髪を撫でれば、子供みたいにコトンと頷く頭。

ソレを確認して、手を合わせる。





「「いただきます」」






******************




「やぁ陽宥くんこんな時間に何の御用で」

電話越しの顔はきっとむかつく位ニヤニヤしてるのだろう。

あの後目ん玉ひん剥きそうになるくらい舌を捕らえてきたレノンの居酒屋御前を堪能し、

これまた程よい熱さの風呂を上がったあと。

レノンの「充電してもいいか」という言葉から、レノンを充電している真っ最中。

すやすや眠るレノンから繋がれてるコードの先の小型電話で通話中である。

先輩…と思わず顔を引きつらせながらノンブレスで言い放つ。

「アンタアイツに何吹き込んでんスか止めてくださいアンタと違って穢れてないんだから

あとよくも俺がメイド萌だなんていう大法螺のたまってくれましたねグラサンかち割るぞ。」

俺の言葉にくくっと喉を鳴らして低く笑う声が聞こえる。何笑ってんだこのヤロー。

『まぁそう怒るな。で?用件は?』

文句言うためだけにかけてきたわけじゃねぇだろ。と続けられ、ひるむ。

この人はこういうところがひどく鋭い。一言われて百理解する人間だ。

そういう事だから俺も一度だけ深呼吸をすると、切り出す。


「アンタ確か言ってましたよね、知り合いにものすごく機械が強い人がいるって」

『あ?あぁいるな。』

「レノンが今日言ってたんっス『雪乃』って名前を。」

『それで?』

「ひょっとして、その雪乃って人のことっスか。その機械に強い人って。」

機械の向こうでタバコに火をつける音がする。

『だったらなんだよ。大体読めたけど言ってみろ。』


「その、雪乃って人と話してみたいんスけど掛け合ってもらえま」

『無理』

「早っ!!もう少し悩んでください!」

『あの人超人見知りだから無理。以上。じゃあな。』

「待ったーーーーーー!!!んなこと言うと希にあんたの住所教えますよ!?」

『よし分かった。お兄さんが何とかしてやろうじゃないか』

「むかつく位に潔いっスね!!」


それから二、三言会話すると、通話を終える。

ソレと同時に起動音がしてレノンが目を覚ます。

「もういいのか。」

「あぁ。ありがとなレノン。」


時計を見ればもう1時過ぎだ。明日は早いしそろそろ寝るか。

「明日は何時に起きるんだ。」

「ん〜8時くらいか。用事あるし」

「分かった。帰りはどれくらいになる。」

そう言われて、帰り間際に言われた言葉を思い出す。

「あ〜…そうだ明日合コンだ。かなり遅くなるから先寝ててくれ。」

そう言うと、少しだけ考える素振りを見せて、頷いた。

「…分かった。」

「朝帰りになりそうだったら友達通して連絡するから。」

「分かった。」

「じゃあもう寝るわ。お休み。」

やってきた睡魔に欠伸をかみ殺しながら寝室に向かう。


「…おやすみ。」


背中にかけられた言葉にあーいとか気の抜けた返事をすると、整えられたシーツの海に

ダイブする。スプリングがギシリと鳴って一気に眠気に包まれる。




寝室のドアが、音もたてず、そっと閉められたあたりで、俺は意識を手放した。


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